第39話 〇害配信
アリスと一緒に、帰るんだ。
一緒に配信の打ち合わせをしたり、一緒にダンジョン探索したり。
それだけじゃない。もっと他にも、色んな楽しいことを見つけよう。
アリスが、今まで無理矢理見せられてきた辛い記憶を、全部忘れられるように……
「バカなことを言うな!」
バールが、叫ぶ。
「首をケーブルで繋がれてるだけだ!外せないわけがあるか!」
「あれはただのケーブルではない。生体融合化ケーブルだ」
と、白衣を着た研究者の男。
「君達は、アリスを殺せ、と言われてきたんじゃないのか?」
「
俺に、視線が向く。
「やっぱり、
「え?」
「無駄だ。何より、明日野は人の命など顧みない。人を救う方法など、考えも……」
なんだよ。
「明日野がどういう人間だろうと関係無い。死ぬかアリスを助けるか、二択にすればいい」
「明日野を止めるために、ここに来たんじゃないですか」
「だから、助ける方法など存在しない。明日野の千年の研究ですら、ケーブルを他者へ付け替える方法を、編み出せなかったんだ」
こいつらは、何をごちゃごちゃ言ってるんだ?
「他に方法が無いだろ」
俺は、正論を、正論を言う。
「アリスを助ける方法があるとしたら、それしか無い。明日野を探そう」
「無理でしょう、どう考えても!
「だから、そんな問題ではない!助ける方法など無いと言っているんだ!研究者をバカにしているのか!?」
「バカにしているのはお前らだ!」
俺は大きな声を出した。
苛立ち?そう、苛立ちだ、これは。
「さっきから、ごちゃごちゃとワケわかんねぇことしか言わない。それとも、何だ?」
こんなことは、俺も言いたくないんだ。言わせるなよ。
「お前ら、まさかアリスを殺したいとでも思ってるのか?」
「そ、そういう問題じゃ……」
「状況は!?」
ヒカリの声。
「あ……」
「いい。
無事だったのか。
「桜坂くん」
ヒカリが、俺の傍に来た。
ナイフの切っ先を、アリスに向ける。
「どいて」
俺は、アリスを抱いたまま横へ跳んだ。
ヒカリの斬撃が床を切り裂く。
「おい!」
俺は怒号を吐く。
「何やってんだ!」
「事情は、わかった」
ヒカリは血まみれの顔で、白く光る刃のナイフを、右手に携える。
「アリスをそこに置いて。キミがやらないなら、私がやる」
「正気に戻れよ!」
「正気じゃないのは、どっち?」
ヒカリは、『
奥の壁に斬撃の亀裂が生じるが、大木と、機器は無傷。
「無駄だ。本体の強度は『
研究者の声。
「唯一の弱点は、出力を上げるため、嫌な記憶を見せるため、生身のままにされた接続先の人間だ」
「でしょうね。だから嫌いよ、研究者は」
ヒカリがナイフを握り直し、こちらを向いた。
「アリスをそこに置いて」
「ふざけるな」
「ふざけてるのはキミでしょ?」
「そのナイフを、なんで明日野に向けない?」
「キミは、どうしてアリスの顔を見ないの?」
「は?」
見てるんだが?見てるよ、たまに。ちゃんと。
「アリスの言葉は聞いたの?」
アリスの顔を、改めて見る。
真っ青な顔で。
汗と涙まみれで。
もう、やめてくれ。
こんなのを見て、どうしろって言うんだ。
早く、助けなきゃいけないだろ。
言い争ってる場合じゃないだろ。
「し……ししょー……」
アリスが、唇を少し、動かした。
「アリス!」
アリス。
アリス。
どうした?大丈夫か?
「大丈夫だよ」
アリスは、にっこりと。
笑おうとした。
たぶん。
口の端を動かしたから。
「私を殺して」
胸が痛い。
心臓が潰れそうだ。
聞きたくない。
そんな言葉、言わないでくれ。
「もう私のせいで人が死ぬのは耐えられない。だから……」
そんなことを言うために、口を、喉を動かさないで。
「わかった?アリスを置いて」
「何がわかったんだ!!!」
怒号。
「アリスは、死にたがってなんかいない!!!」
「言葉もわからなくなったの!?」
「本当は助かりたいに決まってるだろ!!」
「じゃあ、助けてみろよ!できるものなら!!」
「言われなくても助けるさ!」
「どうやって!?」
「明日野を倒して……」
「どうやって!?」
「倒すもんは、倒すんだよ!」
「分かってるでしょ!?無理だって!!現実から逃げてるだけでしょ!?」
「違う!違う……」
もう、どうすればいいんだよ。
「助けるんだ……」
「少年の言う通りだ!」
研究室の出入り口から、男の声。
顔中血だらけの
「
「黙れ……」
ヒカリの唇が、極小の音量で言葉を紡ぐ。
「キミ達も!国民達も!すべての人間が苦しむだけだ!」
「黙れ!!」
ヒカリが叫ぶ。
「『記憶視』を使える私達に、お前らがした仕打ちを忘れたのか!?」
ナイフを握る右手に、怒りと力を篭める。
「お前ら警察が守るのは何だ!?国民とは何だ!?国に都合の悪い人間は、守る気なんて無いだろ!!」
その瞬間。
赤い閃光。
黒焦げになったバールが、ゆっくりと床に倒れた。
「おぬしは便利そうじゃ。生かして捕まえよう」
倒れたバールの近くで、マントが翻った。
明日野!
「きゃあああああああ!!」
俺の腕の中で、アリスが悲鳴を上げた。
腕の中で、暴れ回る。
「アリス!」
「あああ……」
アリスの
アリスは目を閉じたまま、動かなくなった。
「アリス……?」
「疲れただけじゃ。また、目を覚ます」
明日野。
「まあ、また撃てば起きるじゃろ」
「明日野!!!」
俺は明日野に迫る。
赤い閃光。
俺の体が吹っ飛ぶ。
熱い。痛い。
自分の痛みと同時に、誰かの苦しみの悲鳴が頭の奥で聞こえてくる。
絶命寸前の人間の悲鳴が聞こえる。
死にそうな恩人の前で、何もできない人の苦しみが伝わる。
倒れてたまるか。
俺は着地し、前を見据えた。
明日野は、まだ俺の前にいる。
「しぶといのう」
また、赤い閃光。
熱い。痛い。
体がちぎれそうだ。
永遠に体が動かず、痛みしか感じない苦渋。
動かなくなった親の前で泣く子ども。
様々な記憶が脳をガンガンと叩く。
だから、何だ?
アリスの苦しみは、きっとこんなもんじゃない。
「な……なんなんじゃ、こいつは?」
目の前の明日野の顔に、焦りが見える。
「どうして、倒れない?」
俺は、足を踏み出した。
「も……もういい!死んでも仕方ない!出力を上げて……」
そのとき、視界の端で、確かに見えた。
視界の端で、倒れているアリスを。
アリスに向かって、ナイフを振るうヒカリを。
飛び散る、鮮血を。
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