第38話 地獄での再会

 アリスは、大木の傍にうつ伏せで倒れていて。

 目を閉じていた。




「アリス!」

 俺は、急いで彼女に駆け寄る。


「し……ししょー……?」

 彼女は、薄く目を開いた。

「アリス……」

 俺は、体を起こそうとするアリスの、肩を支えた。

 全身は、汗でぐっしょり。

 血で滲んだ浴衣は、ボロボロ。

 あの夜、着けていた髪留めは、どこへ行ったのか無くなってしまっていた。




「アリス、ごめん……」

「ししょー、来てくれたんだ……嬉しい」


 アリスは、うっすらと笑みを零した。

 目元のくまが酷い。ほとんど眠れていないのかもしれない。




「うっ!」

 突然、彼女は苦悶の表情を見せる。

「アリス!」

 全身が震えている。俺は、彼女を抱き寄せた。

 アリスは、俺の胸に顔をうずめ、ハァハァと荒い呼吸を続ける。




 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』を撃たれたとき、撃たれた人間の記憶がアリスに流れ込んでくる。

 今も、明日野あすのが『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』を使っているのかもしれない。


 そうでなくても、『支配反撃エクスカウンター』の”縛り”で、誰かの記憶を否応なしに見させられている。


 そうして集めた魔力が……明日野の『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』に使われている。




 許せない。




「アリス……」

 俺は、彼女を励ますように、頭を撫でた。

「すぐ、機械から外してやるから……」




 首に巻き付けられた、白い糸。

 表面が棘状になっていて、アリスの首の皮膚に刺さっている。


 これがアリスと『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』を繋ぐ、接続ケーブル。

 おそらく、これさえ外せば……


 だが、触れれば電磁バリアに弾かれる。

 それだけなら、まだしも。

 地下の”配信”で見た様子だと、触れようとした物を弾くと同時に、アリスの方にも何らかのダメージが行っている。

 迂闊には、触れることもできない。


 バールが別行動をしている理由。

 実は、ここにもある。




 どこかの空気がプシュー、と抜ける音が聞こえた。

 見ると研究室の、俺が入ってきた方とは反対側の扉が、開いている。


桜坂さくらざかさん」

 そこから、白衣の男を連れたバールが、入ってきた。

「この男は、『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』開発主任の一人です」


 バールは、白衣の男の後頭部に、拳銃を突きつけている。男は、白髪混じりで口元に髭を蓄えており、見た雰囲気は60くらいの年齢。


天音あまねアリスを、この機器から外せ」

 バールは、男を脅した。




「『ダイン・スレイヴ』の完全停止、私は賛成だ。明日野のような使い方は、想定していなかった」

 男は言う。

「本来、これは他国の核戦力に対抗するための、抑止力だった。このような運用をすべき物ではない」


「御託はいい。さっさと動け」

 バールは男を急かす。


 バールの挙動にも焦りが見える。

 無理もない。明日野や公安が、いつここへ戻ってくるか分からないのだから。




「一つ、質問していいか?」

 男は、なぜか怪訝そうな顔をしている。


「ダメだ、先にアリスを解放しろ。俺達は、接続ケーブルの安全な外し方を知らないんだ」

「それだ。君達は、なぜ知らない?」

「指示に従え」

「君達は、地下から来たんじゃないのかね?」




「いい加減にしろ!」

 バールは、苛立ちを露わにした。

「今すぐ殺して、他の奴を連れてこようか!?」


「待て!君達は、淡嶋あわしまじんという男に会っていないのか?」




 淡嶋仁。

 俺が地下で会った権力者フィクサーの一人。

 俺に、ここへ攻め込む指示をしたのは彼だ。

 なぜこの男は、彼の名を知っている?




「お前の質問には答えない。動くか死ぬか、どちらか選べ」

 バールは、銃口を男の後頭部に押しつける。

「淡嶋は知っている、間違いなく。彼も開発主任の一人だったからだ……なのになぜ、彼は君達に教えなかった?」

「選べ!」


「分かった!分かったから、待ってくれ!」

 銃口を強く押しつけられた男は、ようやくを上げた。




 アリスは、俺の肩に頭を乗せ、腕の中でぐったりとしている。

 俺は、首から伸びる接続ケーブルに触れないよう気をつけながら、アリスを抱く。


 もどかしい。早く外して、ここから連れ出したい。




 明日野は、まだエントランスで足止めされているだろうか?

 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』を撃てる奴が今、ここに来られたら手の打ちようが無い。


 ヒカリは、伴羅との戦いに苦戦しているのか?

 まさか、負けた?考えたくないが、もしそうなら、じきに伴羅もここへ来てしまう。


 解放しても、アリスはまだ戦える状態じゃない。

 魔王によれば、研究所周辺は転移魔法対策もされている。だから、転移魔法でここへ攻め込むことはできなかったし、転移魔法でここから脱出することもできない。




 考えろ。この状況を脱するには、どうすればいいか……










「殺すしかない」

 研究者の男は、言った。




「『ダイン・スレイヴ』と天音アリスは、もはや一体となっている。接続を絶つ、絶たないという問題ではない」




 男は、言った。




「天音アリスを救う唯一の方法は、彼女を殺すことだ」

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