第37話 努力とチート

 赤い閃光が視界を覆い、爆音が鼓膜を叩く。




 瓦礫が宙を舞い、塵屑のように人が吹き飛ぶ。




「ホラホラ!雑魚どもには、威力を加減してやったぞ!」

 明日野あすのさらが、腹を抱えて笑いながら、俺達を見下ろして叫ぶ。

「死ななかった奴は、実験体にしてやろう!アッハッハッハ!」




 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』の効力。

 砲撃を喰らった、誰かの苦しみの記憶が、頭の中に流れてくる。

 痛み。

 苦痛。

 この任務を与えた上司への、懐疑。




「ちくしょう!こんなのどうにもならねぇよ!」


 誰かの悲痛な叫びが聞こえてくる。


「こんなの、反則じゃねぇか!」




「”反則”?」

 明日野は、ニヤニヤしながら言った。

「そうか、おぬしらは、そう感じるか」


 明日野は飛翔し、ユウアが守る奥へ続く扉の、真上に静止した。


 奥へ進む隙を窺う俺達の、注目を浴びるため?

 それとも、牽制するため?




「おぬしらにとって、強さの”規則”とは何じゃ?努力の量か?才能か?武器の強さか?何が気に食わねば、おぬしらにとって”反則”になる?」




 明日野の仰々しい大きな声が、崩壊しかけたエントランス内に響く。




「わしは研究の末、ある装置を開発した」




『また余計なことを』

 声は聞こえないが、ユウアの口が、そう動いたように見えた。




「脳に埋め込むことで、脳の機能を拡張し、『通常の100倍の速度で思考を回す』ことが可能になる。何が起こると思う?100倍で回せば、体は脳についてこれず、何もできん。かと言って、速度を落とす調節もできぬ。戦うことしか考えぬ貴様らは”使えぬ道具”と思うか?」


 明日野は、白衣のポケットに手を入れ、悠然とした姿で俺達に演説する。


「脳だけで完結する技術と言えば、人の記憶を覗く『記憶視きおくし』!わしはこれを修得し、あらゆる学問と”憶力おくりょく”の知識を学んだ!わしは得た知識を使い……通常は1000年かかる量の研究を、10年でこなしたのだ!その研究成果の結晶が『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』じゃ!」




「”憶力”っていうのは、地下の”魔の国”で名付けられた”魔力”の正式名称」

 ヒカリが俺に耳打ちした。

「さっきから明日野アイツに『記憶視』してるけど、うまくできない。記憶視を邪魔する何かを、してるみたい」




「おぬしらが、わしに勝てぬ理由など明白。努力の差じゃ」




 記憶視が通じないなら、何でもいい……明日野の演説、佇まい。ユウアの表情、様子。エントランスの構造。

 何かから、今の状況を打開するヒントを得なければ……!




「迂闊?隙がある?SSダブルエス級!?そんなもの、1000年の努力の前では誤差に過ぎぬ!わしに敵う要素など、欠片一つも無いのじゃ!」







「”戦い”を分かってないね」

 背後から、声が聞こえた。

「戦いの結果は、努力も才能も関係無いよ」




「……おぬしは殺すつもりで撃ったんじゃがのう、”シャーロット”」




 明日野の視線は、俺の後ろ……瓦礫に塗れ、倒れているはずの魔王の方へ、向いていた。

 ”シャーロット”は確か……”魔の国”で、権力者フィクサーの一人である淡嶋あわしまが使っていた、呼び名だ。




「出力調整が甘いようじゃな。『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』にもまだ改善の余地が……」

「キミができる『記憶視の阻害』、”魔の国”ができないとでも思うかい?」




 明日野が、目の色を変えた。

 焦りを見せた、というよりは、興味深い事実を発見した、という表情だ。




「……何?」

「キミは1000年の努力に陶酔して、全てを知ったと錯覚している。だから”魔の国”にいた時も、致命的な情報を得られなかった」




「おい、今すぐ『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』で魔王を殺せ!」

 ユウアが叫ぶ。




「『記憶視』でできるのは、人の記憶を覗き見ることだけじゃない。モンスターの”記憶”を見て魔力を共有すれば、モンスターを操れる。ここまでは、キミも知ってるね?」




 俺は、機を窺う。




 おそらく、次の魔王の行動が、先へ進む最後のチャンスだ。




「ダンジョンにいるのは、モンスターだけじゃない。もっと恐ろしい生き物がいる」

「……知らんぞ、そんな情報は」

「”魔の国”が秘匿しているんだよ。4層……一般に”最深層”と呼ばれる階層の下には”魔の国”が、その下には”5層”がある。そして、そのさらに下……”6層”以降にしかいない『魔獣まじゅう』。体の8割以上が魔力で構成された、異形。魔力を使えない人間は、視認すら困難」




「魔王を殺せ、明日野!」

 ユウアが叫んだ、次の瞬間。




 足下の瓦礫を突き破って、何匹もの”異形の怪物”が、姿を現した。

 血の色の目をした一角獣。

 悪魔のような翼を生やした輝く幼児。

 つぎはぎの機械から成る、全身に針を生やした獣畜。




 それらは一斉に、明日野へ向かっていく。




「何じゃ!?何か来ておるのか!?」




 一角獣が角から光線を放つ。

 明日野の皮膚に当たった光線が、ヂリヂリと火花を上げる。


あつっ!?」

 明日野は光線を喰らいながらも、飛んで逃れる。

「皮膚の電磁バリアを突破してくるぞ!?」


 機械の獣が、爪代わりの5本の刀で明日野に斬り掛かる。


いたぁ!『断罪の魔砲』の照準にも入らぬ!どうなっとるんじゃ!?」


「『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』を撃て、明日野!」

「クソ!殺されてたまるか!」

「魔王に『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』を撃て!」

「それどころじゃない!わしを助けろ!」




 明日野の姿が消えた。姿を消すマントを羽織ったようだ。


 


「チッ……姿を現すから、こんなことになるんだ」

 舌打ちするユウアの足下の瓦礫が吹き飛ぶ。

 下から現れた異形が、ユウアに襲いかかる。




 見れば、ソウゲキも魔獣の攻撃に晒されている。

 SSダブルエス級でも、対処に苦労している。攻撃を受けつつ、一匹ずつ、少しずつ斬って敵を削っている。




 魔王は、瓦礫で倒れたまま。

 だが、何とか顔を上げ、空中を見据えている。

 『魔獣』を操っているのだ。




「行くよ!」

 ヒカリが、俺の腕を引いた。

「『魔獣』は見えない人間も気配で追い続けるの!だから、このフロアの敵は全員、しばらくは何もできない!」




 魔獣の拳を受け止めるユウアの脇を通り過ぎ。


 俺とヒカリを先頭に、5人が奥の通路へ進んだ。







 明日野あいつが、断罪の魔砲ダイン・スレイヴが強い理由は、努力でもチートでも無い。

 『支配反撃エクスカウンター』の”縛り”……

 アリスの苦しみで集められた、魔力だ。


 アリスを機械から引き離せば、全てが終わる。







 純白の壁に囲まれた、長い通路を進む。


 通路を抜けると、天井も床も無く、上下に真っ黒な闇が広がるスペースに出た。


 この光景は、事前情報で知っている。

 アリスのいる、『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』本体の場所は、下だ。




桜坂さくらざかさん!いぬいさん!」

 先行して闇へ飛び込んだ俺とヒカリの上から、バールの声。


「私は、研究所の制御室コントロール・ルームを探します!」

 俺達の前に、大きな翼を広げた怪鳥に跨がるバールが出る。


 バールの役割は、アリスのいる研究室へのルート確保だ。




「どれくらいかかる!?」

「10分は掛からないつもりです!」


 バールは、背中のリュックのジッパーを開けた。

 中から、無数の小さなネズミのような生き物が飛び出した。


「探ってこい!」

 それらは、俺達よりさらに先に、下へ落ちていった。


天音あまねアリスの居場所は、分かり次第お伝えします!」


 怪鳥が羽ばたき、バールは先に下へ降りていった。







 闇の底が見えたところで。


「風魔法!」

 ヒカリが口にすると、地面から強い風が巻き起こり、落下速度が減衰した。


 俺とヒカリ、そして2人の仲間が、地面に足から着地した。


 ここで、耳に着けたイヤホン型通信機に、バールから伝達。


『赤の通路に公安がいます。おそらく、その先が”例の部屋”です』




 赤の通路。

 その先に、アリスがいる。




「俺といぬいさんは、赤の通路へ!あとのお二方はバールさんの補助をお願いします!」


 指示を出すと、俺は走った。

 ここから行ける通路はざっと見回して、10ある。

 しかし、血のように赤い照明の通路は、1つだけ。

 そこへまっすぐ向かう。


 ヒカリは、俺の後ろをついて走る。




「5人も突破されたのか」




 通路の正面から、スーツの男が一人、こちらへ向かってくる。




「呆れて物も言えんな」


 アリスが攫われた夜。

 最初に俺達を襲った、2人の公安のうちの一人。

 伴羅ばんらだ。




 構築魔法。


 妖刀『幽魔ゆうま』。


 刀を振るうと、魔力を帯びた斬撃が四方に衝撃波を飛ばす。




 先制攻撃。俺は、素早く刀を振った。

 しかし伴羅は体を捻り、斬撃と衝撃波を減速せずに回避。


「相変わらず、素人だ」


 伴羅の鋭い斬撃。

 それを、俺の前に出たヒカリがナイフで受け止めた。




 刃の交わる衝撃が、通路の壁に亀裂を生じさせる。


「行って!」

 ヒカリが叫ぶ。


 俺は迷わず、刃を交える二人の横を通り過ぎた。


「面倒な……」

「面倒なのは、あなたでしょ!」


 俺の後ろで、刃のぶつかる音が幾度も、幾度も鳴り響く。




「ここは通さん!」


 さらに正面から、スーツの男。

 こいつも、戦ったことがある。

 公安の伊座垣いざがき


「あの兵器は、この国の大事な”抑止力”だ!」




 構築魔法の準備。

 手元に魔力を集める。




 警戒心を強めた伊座垣は足を止め、サーベルを構える。




「待て!!」


 後ろから、伴羅の声。




 構築魔法。


 戦槌。




 敵の正面に迫りながら、構築。

 猛速度ですれ違い、伊座垣が反応する前に攻撃を放つ。




 吹き飛ぶ伊座垣を、視界の端に映しながら。


 俺は、さらに先へ進んだ。







 ヒカリと伴羅の刃が交わる音は、すぐに小さく、聞こえなくなった。




 魔力を使い、速く走ることも、できるようになった。

 構築魔法も、どんどん洗練されている。


 まだ、ほとんどアリスに見せれていない。


 これから、たくさん見せたい。


 もっと強くなった姿を見せて、アリスに安心させたい。


 俺と一緒にいて、いいんだって。


 どんなに手強い敵が現れても、乗り越えられるんだ、って。







 通路の最後には、真っ黒な、重々しい扉があった。


 破れるか?




『桜坂さん、制御室コントロール・ルームを制圧しました』

 バールから、通信。

『今から、そこを開けます』




 重々しい扉が動き、その先の光景が、ゆっくりと姿を見せる。




 俺は、部屋へ足を踏み入れた。







 そこは、実験室にしてはあまりに広く、集会場と呼ぶには狭すぎる。


 真っ白な床で、血の滝が四方で流れている。


 中心には、真っ黒な幹の大木が天に伸びている。


 部屋の天井は果てしなく高く、見えない。







 大木の傍に、倒れている少女がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る