第35話 奇襲攻撃配信

―― こんでしー!

―― ししょーじゃないか

―― でし子どこ行ったの?行方不明ってどういうこと?

―― 奇襲攻撃って、穏やかじゃないな

―― こんでしー!

―― でし子は?見つかった?



 そうか。でし子がいなくなったことは、もうおおやけになってるのか。

 ただ、その行方ゆくえが公になることは無いだろう。

 俺達が発信しない限り。




「今日は、ダンジョン探索ではありません。ソフトウェア開発の最大手、DainPropertyダイン・プロパティ社の研究所を、攻略します」



―― 研究所を攻略って何?意味不明

―― でし子は?

―― 不法侵入ですよ!



「ここに、アリス……でし子が、捕まっています。そして、先ほど大ニュースになっている、”山手ヶ丘やまてがおか自然公園爆破事件”の首謀者がいます」



―― でし子、捕まってんの!?

―― 大丈夫?妄想じゃない?

―― でし子に逃げられて、おかしくなったのかな?



「これから、中へ入ります」


「ハロー」



―― え!?ルシファー!?

―― ルシファーさん、ここにいたの!?

―― なんで師匠と一緒?



「私が保証するけど、師匠はいたって正常だよ。ただ、危険な配信には違いないけどね」



―― ルシファー、どこにいたんだ!?

―― フェスの続きやってくれー



「おそらく、いずれ国が配信を止めに来る。その前に、色々なものを見せようと思うよ。この国の、腐った部分をね」


「皆さんにお願いがあります。ここから先、何があってもサイト運営に通報はしないでください。ただ、事実を見てください」



―― 見てて大丈夫?俺らも捕まらない?

―― ↑見てるだけで捕まるわけないだろ

―― 何がはじまるんです?



「国に事実を隠滅されることなく、全てが明るみになること。それが、俺達の願いです」




 俺達は、DainPropertyダイン・プロパティの研究施設の前まで辿り着いた。

 10あった小隊のうち、ここまで辿り着いた隊は、5つだけ。

 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』が撃たれたのは俺の隊だけだが、他は公安に進路を潰され、捕まり、蹂躙じゅうりんされた。




 だがそもそも、全隊がここに来れるという想定はしていない。

 ある程度の脱落は想定内。主戦力である、俺、魔王、ヒカリに加え、辿り着いた5隊の精鋭達がいれば、公安とも十分戦える。




「行きます」



―― ふつうに入り口に向かってくな

―― 閉まってるぞ。どうする?

―― よく見るとバリアあるぞ

―― うわあああああ

―― 壊したあああああ

―― ルシファーさんさすが!って言ってる場合かあああああ

―― 普通に逮捕案件では?

―― やっぱり通報すべきか・・・



「ここからしばらくは、カメラの映像だけになります。ただ……今までのように、平和な配信にはなりません。過激な映像もあります。ご了承ください」




 俺は、スマホをポケットに入れた。




 ここからは、命を賭けた戦いだ。


 研究施設内の情報は、スパイが生きていた時に調べた情報がある。

 その情報を利用し、奇襲攻撃を仕掛ける。




 と、敵は考えている。




 それを見越して、




 スパイの存在は、既に明日野あすのにバレている。ならば、施設内の配置や罠は変えられている可能性が高い。公安も、厳戒態勢に入っているだろう。


 罠の種類は、ある程度割れている。

 魔力の動きでも罠は感知できる。

 戦力を分散させることなく、正面から叩く。

 全ての敵を破った先が、アリスと明日野の居場所だ。







「こいつから、何か訊きたいことはある?」


 俺がスマホをしまっている間に、先陣を切って中へ侵入した魔王が、俺の方を振り返った。




 入った先は、天井の照明が煌々こうこうと眩しい、コンサートホールのように広いエントランス。




 奥へ進む扉の前に、紺のスーツに身を包んだ男達が、何十人も立っている。




 魔王は既にかなり進んでいて、もう敵の間合いに入ってるんじゃないか、という位置にいる。


 俺は、ゆっくりと、悠々と、魔王のところまで歩く。




 魔王の近くまで来たところで、わかった。

 男達の先頭に立っているのは、ユウアだ。


 この距離でも見づらいが、顎に小さな傷がある。




「先頭の男は、でし子を攫った張本人です。名は、ユウア。普段は、シンという偽名を使っています」


 俺はまず、配信の視聴者に向けて言う。


「このスーツの奴らは全員、公安の諜報員。警察の人間です」




「何を、言っている?」

 ユウアは怪訝そうな顔をしたが、意図を理解したのか……

「僕達は警備員だ。騒ぎを取り押さえに来た」

と言った。




「で、訊くことは?」

 魔王が繰り返し尋ねる。


「そこで土下座しろ」

 とりあえず、言ってみた。

 単純に、感情のままに、言いたくなっただけの言葉。


「は?」

 呆れてもいない、不愉快、という顔の、ユウア。


「だ、そうだ」

 魔王はやれやれ、という感じで肩をすくめた。




「ああ……もういい、時間の無駄だ」

 俺は、戦闘体勢を整えた。

「殺そう」




「こいつらは、私一人で十分だ」


 魔王が床を蹴り、男達に正面から突っ込んだ。


 猛烈な速度。


 その速度に目が行きがちだが、後ろの俺はすぐに気づいた。

 背中の後ろに、魔力で火球を形成させながら走っている。


 魔王は、公安の男達の前で急停止。

 背中の火の球から蛇のように伸びる炎が、何本も男達を襲う。


 ユウアは、一歩も動かず、片手で炎を弾く。


 直後、彼は驚愕とも動揺ともとれる、目を見開いた表情を見せた。




 俺の後ろから。

 公安の男達めがけて。


 魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこ


 ドラゴン、土巨人ゴーレム一つ目巨人サイクロプス……深層以下でしか見られない巨大モンスター達が、入り口の壁を突き破り、俺の上を跨いで、公安の男達を襲う。




 正面突破を選んだ、もう一つの理由。




 戦力は、魔王が操るモンスターを合わせれば、こちらの方が上だという判断。




「研究所の壁が柔らかくて、助かるよ」

 そう言って、魔王はわらった。




 配信の視聴者達は、この光景を見て何を思うだろう。

 気になるが、スマホの配信画面を確認している暇は無い。

 ここにいる公安を全員、叩きのめしてから進むか。

 戦いをすり抜けて、俺だけはアリス奪還に向けて先行するか。


 戦況を見て判断する必要がある。




「舐めるな!」

 ユウアが魔王に向けて、掌を向けた。


「爆発ま……」




 ユウアの魔法が発動する前に、魔王の姿が消えた。




 魔王がいたはずの場所で爆発が起こる。




 魔王は、ユウアの真後ろにいた。




「甘いね」




 ユウアの顔の前に、右腕を回す魔王。


「魔力の動きがバレバレだ」




 ユウアは咄嗟にかがむ。

 が、避けきれず。


「爆破」

 ユウアの顔の近くで爆発が起き、ユウアは床を転がる。


「クソ……!」

「治癒魔法も使えるか」


 床を転がるユウアの背中を踏みつけ、次の魔法を準備する魔王。


 掲げた右手の先には、輝く光の球。

 それを中心に気流が起こり、エントランス内を風が吹き荒れる。


「じゃあ、一撃で消し飛ばそう」


 もがくユウア。

 だが、動けない。




 他の諜報員達は、巨大モンスター達に蹂躙されている。

 助けは無い。




「リリィを殺したお前らが。平穏に死ねると思うなよ」




「クソが!!」


 ユウアの付近の床が爆発した。

 爆発魔法を、自分の腹の下で起こしたようだ。


 自身も爆発に巻き込まれ、床を転がり、ボロボロになりながら魔王から逃れようとする。

 それを、魔王は冷ややかに見下ろしていた。


 光の球をユウアめがけて投げる。




 魔王の強さは、圧倒的だ。

 公安の諜報員でも、手も足も出ない。

 対抗しうるとしたら、それは魔王と……SSダブルエス級探索者と同格の……




 光の球が、ユウアにぶつかる前に真っ二つに、割れた。


 いや、




 斬られた光球は散り散りになり、消滅した。




 斬った張本人の姿は、見えない。

 だが、魔力の動きでかろうじて、存在がわかる。

 この部屋中を縦横無尽に、移動している。


「危ない!」

 誰かが俺の頭を後ろから掴んで、無理矢理、伏せさせた。


 俺の頭すれすれを、斬撃が通過した。

 髪の毛の数本が、斬られて宙を舞う。


「ボーッとしない!」

 俺の肩を掴んで立たせると、ヒカリが俺を叱咤した。


「ご、ごめん」

 俺は、顔を上げる。




 さっきまでエントランスを行進していたモンスター達が、一匹残らず倒れていた。

 どのモンスターも、全身に斬られた傷がある。




「やっぱり、問題はキミだな」


 魔王は、宙を見上げていた。




 その男は紺のスーツに身を包み、エントランス中心付近の空中に、立っていた。

 まるで、そこに地面があるかのように。


 空中での姿勢維持と静止。

 風魔法を応用すれば、できないことはない、と、言われている。

 実際にやっている人間は、初めて見た。




 魔王は男を、注意深く観察しながら言う。

「久しぶりだね。SSダブルエス級、ソウゲキ君」

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