第34話 断罪の魔砲

 言ってしまえば、これは代理戦争だ。


 俺達は、裏社会の権力者フィクサー達の尖兵。

 敵は、大量破壊兵器の所有し、権力者フィクサー達を出し抜かんとする日本政府のいぬ・公安。そして、政府と癒着する企業・DainPropertyダイン・プロパティ社。




 『記憶視きおくし』を利用した演算装置”エクスシア”による情報収集。これにより、天音あまねアリスの拘束地、および大量破壊兵器”断罪の魔砲ダイン・スレイヴ”の所在は、山奥に位置するDainPropertyダイン・プロパティ社の極秘研究施設と判明。


 今回の作戦に参加する魔王軍は、10の小隊で構成。


 ”エクスシア”により、公安とDainPropertyダイン・プロパティの情報網を分析。奇襲ルートを悟られぬよう10のルートに分散し、目的地へ向かう。


 軍は俺をトップとしてはいるが、各部隊への細かい指示は、軍の構成を熟知する魔王が担う。




 俺からの要望は、2つ。

 1つ。奇襲は、俺の所属する隊を先頭として行うこと。

 1つ。研究施設内における作戦行動中、”でし子チャンネル”における配信を行うこと。







「顔合わせは悪くない印象だったよ、師匠」


 全体のブリーフィングを終えた後、控え室で荷物を整理していた俺に、魔王が声を掛けに来た。


「最初に『自分が先頭に立つ』と宣言したのは、良かった。まあキミの場合……」

「当たり前だろ。俺が行くに決まってる」

「……だよね」




 魔王は、スラックスのポケットから何かを握って取り出し、俺の前で広げて見せた。


 全長が5センチメートルくらいの、とても小さな……ツバメのような鳥が、羽根をたたんで目を瞑っている。


「この子は、カメラの代わりをする」

「カメラ?」

「配信するんだろ?ウチの機器を使ってスマホと接続すれば、この子の視覚情報と聴覚情報を映像にして、そのまま配信に使うことができる」

「……便利だな」

「カメラに気づいた敵は、破壊を狙ってくる。機密保持のためにね。だから緊急時以外は、ポケットの隙間あたりからこの子を覗かせておきな」

「接続方法は?」

「こっちでやっておこうか?」

「後でやり方を教えてくれ。仕組みがわかってないのは気持ちが悪い」

「オーケー」


 部屋を出る前に、魔王は振り返って俺の顔を見つめた。


「リラックスしなよ。師匠、怖い顔してるよ」







「ねえ。この下駄、持ってってよ」


 魔王が出て行った後、今度はリリィが控え室に入ってきた。

 下駄の鼻緒を2本の指でつまんで、顔の前でぶらぶらさせている。


 アリスが攫われたとき、片方だけ残った下駄。

 そういえば、持ってきていたんだった。


「好きな子の物なんでしょ?気持ち悪っ。ウチに置かれても困るし」


 その場に置き去りも何かな……と思って持ってきただけだが、そう言われると気持ち悪いかもしれない。でも仕方なくない?

「わかったよ。くれ」

「はい」

 歩いて持ってきたリリィから下駄を受け取ると、サブバッグの中に入れた。

「わあ……ずっと鞄に入れて持ってくの?気持ち悪っ」

 いや、どうせいっちゅうねん。俺だってかさばるから、置いていきたいんだが。




「でも、魔王さまから聞いたよ。アリスおねーちゃんと、すごく仲いいって」

 リリィが言った。

「羨ましい」




「リリィは、ずっとここにいるの?」

 俺は尋ねた。

「うん」

「同い年の子とか、いないの?」

「他の基地にはいるけど、ここにはいないよ」

「学校は?」

「行けない」

「……寂しいな」

「ボクは寂しくないよ」

「そう?」

「そう。ヒカリおねーちゃんがいるから」

「……そっか」

「でもヒカリおねーちゃんは、ずっと寂しがってる」

「……そう、なんだ……」




 寂しがってる……

 ヒカリはアリスと別れたから、寂しいのだろうか?


 ヒカリは、俺と配信を始める前のアリスと一緒に、ダンジョン探索をしていた。

 そして、アリスを連れ去ろうとした。

 どれくらい一緒にいたのか、とか、そういうヒカリに関することは、アリスには訊かないようにしていた。意識して。

 迂闊に訊けば、アリスの心が傷つくかもしれないと思ったから。


 ヒカリはアリスを裏切った、悪い奴だと思っていたから。


 ヒカリはアリスを連れて、魔王のところへ行くつもりだった。

 本当の目的は?

 ひょっとして、アリスを公安から保護するのが、目的だった?




 だとしたら、アリスが捕まった原因は……




 いや。




 今は、考えないようにしよう。







 そして、出発の時は来た。







 地下からの出口は、ダンジョンの出入り口だけではない。

 実際、俺達の小隊は最終的に下水道に出て、路地裏のマンホールから地上へ出た。




 1日ぶりに出た外は、驚くほど日差しが熱く、眩しかった。




「さて、私達の進むルートは……自然豊かな観光地を巡るルートだぁ!」

 魔王がバンザイしながら明るく叫んだ。


 俺がいる隊は、俺、魔王、ヒカリ、リリィ、バールの5人。

 10の小隊のうち、最も人数が少ない。

 有名な配信者である俺や魔王はマスク等で変装し、目立たないよう気をつけつつ目的地へ向かう。


「念のために言っておきますが、観光地を経由する目的は、観光ではありません」

 配信者・魔王ルシファーのアシスタントでもあるバールが、補足というか、念押しで説明を始めた。

「目的は、文化財や観光客に紛れ、”断罪の魔砲ダイン・スレイヴ”の砲撃をさせないこと。巻き添えで周囲に被害が出れば、国といえども誤魔化すのは難しいですからね」


「他のチームは殺風景な山の中とかを行くらしい。可哀想にな」

「砲撃に狙われやすい、という意味でですね!?」

 脳天気な魔王に、若干ナーバスなバール。

 ぶっちゃけ、このチームに入れられたバールは、気が気じゃないだろう。


 このチームは、アリス奪還の主戦力だ。


「敵は我々の動きを予測し、『記憶視』を応用した演算装置で我々の位置を補足しようとしています。どうか、人目には細心の注意を!」


「でも人目ったって、周りに人間山ほどいるしー」

「今から緊張してると持たないよ?」

 リリィとヒカリも、まださほど緊張感はない。


「おし、まずは茶屋で一服だ!行くぞー!」

 魔王は、近くの団子屋めがけて走っていく。


「ああー!もぉー!」

 苦悶の声を上げるバール。

 魔王との配信、大変だったろうな……







「だからぁ、本気を出したら『支配反撃エクスカウンター』もきっと破れるの!」


 茶屋で買った団子とお茶を持ち寄り、レジャーシートを敷いて、自然公園で一服しつつ会話。一応、他の観光客とは距離を取っているので、会話内容に気をつける必要は無い、はず。


「あぁー……あぁー……」

 しかし、バールは頭を抱えている。魔王、せめてアリス関連の話題はやめてあげて?


「負け惜しみはよしなぁ。『どんなに頑張っても無理』って、自分で言ってたろぉ?」

 ヒカリ、魔王の前だと、お口が悪くない?

「『地上で出せる出力では』って意味!大気を歪めるレベルの出力を出したら、市民に被害が出るだろ?だから出せなかったの!」


「はいはい、負け惜しみね」

 ふふん、と鼻を鳴らし、正面に座っている魔王から少し視線を逸らす、ヒカリ。


 魔王の隣に座っていた俺と、目が合った。


 ムッとした顔になって、視線を別の方向へやるヒカリ。




「あ、あの……いぬいさん」

 俺は、乾ヒカリに話しかけた。

「前は、ごめん……」

「前って、いつの話?」


 ヒカリは、明らかに不機嫌な声で応える。


「いや、最初に戦った時……」

「ああ、あれ?」

「俺、あの時は無能力者で、それで、とにかく必死で……」

「で?」

「で、でも、酷いことしたなぁって。ごめん」


「あの時……酷いことしたのは、私の方でしょ?」

 ヒカリは、相変わらず機嫌悪そうに、だが、ばつが悪そうな感じで言う。

「そんな、謝られてもさ……敵同士だったんだから、しょうがないじゃない」

「そ……そう?」


「ただ、びっくりしただけ。桜坂さくらざかくんがまさか、あんな……え、エッチな人だなんて、思ってなかったから……」

 めいっぱい誤解を生みそうな表現、やめてくんない?


「エッチな!?すごいな、どんなことをしたんだい!?」

 ほらぁ、魔王が食いついちゃうじゃん。


「いや、違うんだ!あの想像をしてたのは、乾さんの動きを止めるためであって、実際にエッチな気持ちだったわけでは……」

「でも想像できたってことは、見てたし覚えてたってことだよね?」

 そう言われると、何も言い返せん。


「あははは!」

 ヒカリの隣で団子を食べていたリリィが、突然笑い出した。

「何よ、リリィ!」


「ヒカリおねーちゃん、”ししょー”のおにーちゃんと仲良くなればいいのに!」

「な、何言ってんの、リリィ!」

「だって、おにーちゃんが来てからヒカリおねーちゃん、元気になったよ」


「……そんなことないよ」

 ヒカリは、下を向いた。

「それにこの人、エッチなんだもん」

「男の子なんてみんなエッチだよ、おねーちゃん」

 和んでくれるのは嬉しいけど、俺を指差してエッチエッチ言うのやめてもらえません?


「あ、あのさ……」

 聞けるなら、もう一つだけ、ヒカリに聞きたいことがあるのを、思い出した。

「乾さんって、アリスとどんな仲……」

「私、おトイレ行ってくる」


 ヒカリは、すっくと立ち上がると、さっさと靴を履いて立ち去ってしまった。


「私も、お花摘みに行ってこようかな」

 魔王が、後に続くようにその場を立つ。


「わ、私も」

 慌ててバールも立つ。あ、これは、一人でトイレに行くのが怖いから、今のうちに魔王達と一緒に済ませようとしてるな。




 あっという間に、取り残される俺とリリィ。




「ボクも、ごめんね」

 リリィが、突然俺に謝る。

「え?なんで?」

「初めて会ったときボク、おにーちゃんに酷いことしてたし」

「いや……それこそ、あの時は敵同士だったんだから、しょうがないよ」

「そっか……おにーちゃん、優しいね」


 リリィも、最初とは全然印象が変わった。

 普通の、小学生の女の子、って感じ。

 魔王やヒカリも、リリィには優しいし……


 優しい……


 魔王、優しかったか?


「なあ、リリィ」

 踏み込むと、ひょっとしたらマズいかもしれないが。

 これから一緒に命を賭けると思ったら、腹を割って話したいと思った。

「魔王って、リリィのこと、よく殴ったりするの?」




「ううん?なんで?」

「いや、最初に会った時……」

「でも、ボクが『記憶視』の発作が起きそうになったとき、止めるために殴ったりするかな」


「『記憶視』の発作……?」

「ボク、脳が勝手に『記憶視』を使って、誰かの記憶を覗いちゃうことがあるんだ。ネガティブな時なんか、起こりやすくて」

「それで、殴ると『記憶視』が止まるの?」

「うん。ボクが発作を起こしたのは魔力で分かるみたいで、気づくと魔王さま、いきなり殴ってくる。それが一番、早く止まるんだって。ヒカリおねーちゃんは『他にもやり方があるだろ!』って、いつも怒ってるけど」

「ヒカリって、魔王のこと、結構叱ったりするの?」

「うん!魔王さまはああ見えてちゃらんぽらんだから、いっつも叱られてるよ!」


 リリィは、まるで友達や家族のことのように、楽しそうに話す。


「アリスも、殴ったら『記憶視』が止まったりするのかな?」

「アリスおねーちゃんは頻度が高すぎるから、殴り続けるのはちょっと無理があるかな」

「だよな……っていうか、アリス殴りたくないし」

「アリスおねーちゃんのこと、好きだもんね」

「む……好きというか、何というか……」


「ボク、発作があるから、ちょっとだけわかるんだ。アリスおねーちゃんの苦労。ホントに、ちょっとだけだけど」

 リリィは、ペットボトルをぎゅっと握って、言う。

「だから……もし、できるなら……ボク、アリスおねーちゃんと友達になりたい」


「ああ……きっと、いい友達になるよ」


「えへへ」


 照れながら笑うその声は、アリスに少しだけ似ていると思った。




 その後、リリィが最近ハマっているゲームの話をし出して、ちょうど俺もやったことあるゲームで。

 リリィと盛り上がってるときに、他の3人も戻ってきて。




 アリス。

 リリィもヒカリも魔王も、俺達が思うような、悪い奴じゃなかったよ。

 だから、これが終わったら、仲良くなろう。

 ひょっとしたら、一緒に配信とかも、できるかもしれない。


 だから、絶対に助けてやる。

 絶対に。







 時間調整も含めた休憩時間は、終わりを迎え。


「あ」


 荷物を片付けて歩き出した時、俺は忘れ物に気づいた。


「サブバッグ、持ってきてない」

 中身はといえば、予備の食料、着替え、それから……アリスの下駄。

 ぶっちゃけ、無くても困りはしない。だから、意識の外にあったせいで見事に忘れていた。


「おいおいー、集中力ぅ!大丈夫ー?」

「人のこと、一番言えない人だろぉ?」

 俺を煽る魔王、魔王を煽るヒカリ。


「しょうがないなあ。ボクが取ってきてあげるよ」

 リリィが言った。

「ちょうどおトイレ行こうと思ってたし」


「まあ、ここから先は山道だからな。お花摘みは大事だ」

と、魔王。


「ありがとう。気をつけてな」

「えへへ、心配しすぎ!すぐそこに戻るだけだよ?」




 リリィが走っていって、姿を消した数秒後。

「んー……」

 魔王が、何かに気づいた素振り。

「リリィの奴、軽い『発作』になってるな」


「『発作』って、勝手に『記憶視』が発動するやつ?」

「そう。リリィから聞いたんだね」

 俺が訊くと、魔王が答える。

「仕方ない。殴りに行くか」

 そう言って、魔王も来た道を戻ろうとする。

「殴る以外にもやり方あるって、言ってるだろぉ!?」

「い、いや、でもやっぱり、早く症状を止めた方が……」







 俺達が全員、リリィの走っていった方を向いていたときのことだ。




 最初は、落雷かと思った。




 大きく光って……けど、よく思い出すと、それは雷光ではなく、血のように真っ赤な光だった。




 遅れて、爆発の音が耳をつんざく。




 それが落雷では無いことは、その直後に、明確に分かった。




 俺達がさっきまで休憩していた場所も、少し離れたところにあるお手洗いも、全てが焼け野原になっていたからだ。




「リリィ!!」

 ヒカリが叫ぶ。


「なんだ!?」

「雷か!?」

「なんだあれ!焼け野原だぞ!?」

 周囲の人々が、青ざめた顔で口々に叫ぶ。


「リリィの『記憶視』の魔力を感知したのか……!」

 見ると、魔王が憤りで歯を、噛みしめていた。


「そんな……文化財も一般人も、気にせず吹き飛ばすなんて……」

 バールは、真っ青な顔をしていた。

「おまけに、こんな小規模まで威力を……!?」


「リリィ!」

 駆けだしたヒカリの腕を、魔王が慌てて掴んだ。

「行くなヒカリ!」

「なんでよ!!」


 ヒカリの顔は……

 もう、見ているだけで辛い。


「人が集まり始めてる!」

「だから何!?」

「あそこには!寄ってきた仲間を、殺すために!」


 魔王の言葉に、ヒカリの動きが止まった。


「うう……!」

「ヒカリの顔もは知ってるらしい。一般人に見られずに、回収できるか?リリィの……」

「うああ……!」

 魔王に諭されながら、その場に膝から崩れ落ちる、ヒカリ。




 リリィは……




 俺は、『記憶視』は使えない。




 だが、これはきっと、『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』の効果だろう。


 誰かの記憶が見える。


 焼け野原で、黒焦げになった人の姿。


 誰かの悲鳴。


 誰かの痛み。


 誰かの慟哭。


 誰かの涙。




 そして、砲撃の直撃を受けたであろう場所には。




「離れるぞ、ここにいたら脳がやられる!」

 魔王が俺達を促し、俺達は走ってその場を離れる。




 こんな記憶もの、人が見るものじゃない。




「師匠、ヒカリ、落ち着きなよ」

 走りながら、魔王が言う。

「これから私達が行くのは、戦争だ。復讐じゃない」


 後ろを見ると、バールが真っ青な顔で、必死に手足を動かして走っていた。


 ヒカリの様子は、見れなかった。




「大丈夫だ、魔王」

 俺は、言った。

 唇が震えて、うまく喋れないけど。

 ここで言うべきではない言葉だと思ったけど。

 言わずにはいられなかったんだ。




「公安も明日野あすのも全員ぶっ殺して、アリスを助けてやる」




 俺達の遙か後方で、真っ赤な閃光が、光った。

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