第33話 フコウ少女、天音アリス

 そこは、実験室にしてはあまりに広く、集会場と呼ぶには狭すぎる。


 真っ白な床で、血の滝が四方で流れている。


 中心には、真っ黒な幹の大木が天に伸びている。


 部屋の天井は果てしなく高く、見えない。




 大木の近くに置かれた、大量の機器をいじっている、女の背中。


 明日野あすのさらが、まっさらの白衣を着て、腰を丸めた姿勢で、機器を操作している。




「隔離しなくて、いいのか?」

 聞き覚えのある、男の声。

 ユウア。

 姿は見えないが、すぐ近くにいるらしい。




「隔離しても、

 明日野の声。

「感情の動きが小さかった。感情が動かんと”憶力おくりょく”が溜まらん。こうやって、いつでも殴れるようにしておいた方がよい」




 視線が右へ動く。

 視点の中心は、明日野の背中から、大木、それから……


 大きな車椅子に座らされた少女。


 アリスだ。


 ボロ布のように引き裂かれた浴衣は、血で赤いまだら模様になっている。

 顔には沢山の痣がある。

 目を、細く開けている。




「それとも、昔の恋人を殴るのは辛いか?」




「恋人だったことは無い。殴るのが面倒なんだよ」


 視線が、アリスのさらに横に移る。

 ユウアの顔。

 顎に、小さな切り傷。


「せめて、抵抗できないように拘束してくれ」

 顎の切り傷を撫でながら、ユウアが言った。




「拘束なら、もうしておる」




 ガタンという音。視点が音の方へ。

 明日野が席を立ち、アリスの方へ歩み出していた。




「アリスの首と機器と繋ぐ、白く細い糸。そこには触れられぬよう、電磁バリアが張ってある!糸を通じて機器がアリスの生命維持をしておるから、アリスは自害することもできん!」




「そうじゃなくて……」

 ユウアの呆れた声。




「のう。動いて何かできそうなのに、何もできなくて辛かったろう、アリス?」


 大木の前で、明日野の足が止まった。




「この木は、人間の罪を裁く」


 明日野が、言う。


「のんきな人間どもは、”憶力おくりょく”が生む作用の仕組みが分からず、『魔法』と名付けた。”憶力”の特性の意味が分からず、『能力』と言うことにした」


 アリスの前で、演説するように。


「力の所在を知らず、”憶力”のことを『魔力』と呼んだ」




「なんでわざわざ説明するんです?みんな知ってますよ」

 後ろから、若い男の声。

 たまに、後ろから話し声も聞こえてくる。研究者達が集まっているようだ。

「自慢したいんじゃ。アリスに」

「たぶん聞いてませんよ」

「うるさいのう!」




 機嫌を少し損ねるも、明日野は演説を再開する。




「そしてバカ人間どもは、憶力を使って領土を奪い合い、命を潰し合おうとしておる。これまで、色々な兵器で散々同じ事をやってきたというのに!愚かじゃと思わんか!?」




 アリスは、車椅子でうなだれている。

 口をパクパク動かして、何かを言っているように見えるが、明日野の演説のせいで何も聞こえない。




「思い知らせるのじゃ。無知で厚顔な人間どもを裁き、そしてこの世界を統一するのじゃ!この木の名は!『断罪の魔砲』!デウス!発射の準備をしろ!」







「型式番号X613SS『ダイン・スレイヴ』、起動」

 天井から、音声が聞こえてきた。

「ああもう!『断罪の魔砲』じゃというのに!」

「申し訳ありません。何を言っているかよくわかりません」

「これだからAIは!」




 文句をぶつぶつ言いながら、明日野は手元の端末を操作し、大木の前に大きな世界地図を表示した。




「こいつが撃つのは、ミサイルでもレーザーでもない」




 アリスが、ピクリと何かに反応した。

 目を見開いて、立ち上がろうとして、よろけて、車椅子から落ちる。




 ガシャンと、車椅子が倒れた。




「転移魔法を応用し、ターゲットに対して放たれる。回避、迎撃、一切不能。必殺必中の兵器」




 世界地図のある国の場所に、カーソルが表示された。


 国王の独裁で有名な、小国。

 国際社会から孤立し、問題視されている。




「撃て」




 明日野の号令と同時に、カーソルが、赤く大きく光った。




「ああああああっ!!!」




 金切り声が、室内に響いた。




 アリスが、聞いたことも無い悲鳴を上げ、床をのたうち回っている。


「やめてえぇぇ!!!」







「ターゲットの領土消滅、確認取れました」

 後ろから、若い男の声。


「アッハッハ!いいぞ!これで社会問題、1つ解決じゃな!」

 明日野が大きな笑い声を上げる。


「動力源も良好じゃ」

 そして、アリスの方を見た。

「試験運転より、たくさん泣き叫んでおる。その調子で、憶力をたくさん『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』に送るがいい」




「死んでる……みんな、みんな……体が歪んで……ああ……ああ……」

 うわごとを呟き、頭を抱え、涙を流すアリス。

「みんな……大切な人がいるのに……生きたがってるのに……」




「面白いのう。『魔砲』で殺した人間の記憶を、優先的に見るのか」




「うう……うう……!」

 アリスは、頭や腕をしきりに掻きむしる。

 爪で肌に傷がつく。

 その傷は、少しだけ血を出した後、すぐに消えた。


 首に指が触れると、バチッと静電気のような音とともに、指が弾かれた。

「あっ……!」

 弾かれた指を震わせながら、アリスはぐったりと横になる。


 だが、再び頭を抱えて、苦しみだした。


「もう一発くらいは、試し撃ちしたいのう。消していい国、他に無いか?」




「ああ……もう……やめて……」




「ん?」




「もう……意識が朦朧として……もう、感情を動かす余裕なんて……だから、魔力はもう溜まらないの……」

「面白いことを言うのう」


 アリスの顔を覗き込む明日野。


 視点が、二人に少し近づいた。


 全身が、汗と涙でぐしゃぐしゃのアリス。

 涼しげな顔で見下ろす、明日野。


「試してみよう。感情は、のか」


 不気味で、醜悪な笑顔を見せる、明日野。


 その笑顔の奥にあるのは、悪意か、純粋な探究心か。


「それとも、のか」







「ところで、そこの新人」

 明日野が、こちらを見た。




「お前、地下のスパイか」




 明日野は、拳銃のような武器を取り出し、銃口をこちらへ向け。




 引き金を引いた。

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