第32話 ”配信”

 最初にイメージしたのは、警備室。




 幾千、幾万の画面が壁一杯に並び、それら全てが、世界のどこかの様子を映している。




 規模が、異様だ。




 体育館よりも大きな広間の壁面に、隙間無くモニターが敷き詰められている。

 四方八方に通路があり、通路の壁にもモニターがある。

 通路の奥には別の広間があり、そこにもモニターが……




「魔力を溜める効率のいい方法は『人の記憶を見ることだ』って、言ったよね」

 魔王が話す。

「だから、魔王軍は全員が記憶を読む能力、正式名称『記憶視きおくし』を使える。アリスが『心を読む能力』と呼んでいるものだね。その『記憶視』の原理を情報収集に応用したのが、この広間だ」


「この部屋のモニターを見て、情報を探すんじゃないからね!」

 リリィが得意げに言った。

「モニターは全部『演算装置』で、情報を見るときは端末で検索するの!」


「モニターには、装置が処理している情報の一部がサムネイルとして自動表示されている。装置に繋いだ端末を使えば、装置が処理した誰かの記憶……視覚・聴覚・その他五感の全てを体感することができる」


 こんな装置……一体誰が、何のために……?


「じゃあアリスの今の居場所も、この装置で調べられるのか?」

「焦らないで。順番に説明するよ」




 広間の隅に、モニターの無い場所がある。

 扉だ。金属製の、重々しい扉。


 それを開いた先は、パソコンとデスクの並ぶ、会社のオフィスのような部屋だ。

 広さは学校の職員室くらい。

 壁面はディスプレイになっており、爽やかな草原と青空の映像が表示されている。

 あるデスクは本が山積みされ、あるデスクは菓子の袋が開けっぱなしで置いてある。

 大半のデスクは、今は人が座っていない。数人がデスクに座り、静かに作業をしている。


「ああ!誰ぇ!?私のデスクにお菓子置いた人ぉ!」

 ヒカリが1つのデスクに駆け寄った。

「もう、信じられない!」




「この部屋は?」

 俺が尋ねる。


「ダンジョンのアイテムとモンスターの配置を、編集する部屋さ」

 魔王が答えた。




「ダンジョン?どこの?」

「ここら近辺のダンジョン、全て」

「全て?ダンジョンって、あのダンジョン?」


「そう。キミ達が探索して、配信をしている、あのダンジョンだよ」


 俺達が探索して見つけているアイテムや、命を賭けて戦っているモンスター達は、こんな”編集部屋”から送り込まれてる……?


「こういう編集部屋は、各地に存在しているよ。担当者は依頼を受けて、アイテムやモンスターの配置を調整する。『転移魔法』を転用したシステムを使ってね」


「……依頼って、誰からの?」

「主に、これから会う人達」

「会う人達?」

「キミは、選ばれたんだ。に」




 ”編集部屋”の真ん中を通り過ぎて、魔王は奥の扉へ俺を案内する。


 その先は、似たようなオフィスの部屋だ。

 ここは先ほどよりも一回り大きな部屋で、百近いデスクにほぼ全員が座り、作業したり、付近の席で話し合ったり……せわしなく仕事をしている。




「支部長、お疲れ様です!」

 とあるデスクから男が立ち上がり、魔王の前へ進み出た。

 魔王ふんする配信者”ルシファー”のアシスタント、”バール”だ。

「支部長って名前、ダサい。”魔王”って呼んで」

「えぇ……?恥ずかしいですよ」

「まぁいいや。バール、フェスはどんな感じ?」

「どうもこうも、普通に決勝やってますよ。優勝候補が2パーティもリタイアしたから、盛り下がってますけどね」

「やっぱり。編集部屋に言って、ダンジョンにいきなりクソ強いモンスター出してあげようか?」

「勝手にやったら怒られます。っていうか、ここで”バール”って呼ぶの、やめてもらえます?」

「えー、いいじゃん。悪魔の名前だよ?かっこいいよ?」

「……もういいです」




「ああ、ごめんごめん。ここは”配信室”だ」

 魔王が、俺の方を振り返って言った。

「世界から動画編集や配信に優れた人材をスカウトして、”配信”を作成している」




「”配信”って……俺達がやってるような?」

「そう。ただし、プライバシー完全無視の特別な配信だから、視聴できるのは”特権”を持つ人達だけだ」




 俺は、近くの席で作業している人の、ディスプレイを見た。

 配信の画面に、この部屋の映像が映っている。


 魔王の説明を聞いている、俺の姿が、映っている。




「配信を見ているのは……これから、俺が会う人達?」




「察しが良くなってきたね」

 魔王は、俺にニコリと微笑んだ。

「行こうか」







「ヒカリとリリィは、ここまでだ」


 配信室の扉を抜けた、さらにその先。

 入り組んだ通路の終点、美しい装飾のされた扉の前で、魔王が言った。


「いってらっしゃいませ」

 ヒカリが丁寧な発音で言い、その場で立ち止まった。

 リリィも、緊張した面持ちでそこに立っている。




「さあ、行こう。師匠は、緊張する必要は無いよ。普段のままでいい」




 魔王は、扉をゆっくりと開けた。




 扉の先は、別世界だ。


 西洋の城の廊下を歩いているような。


 壁には、窓もあった。

 外には、高い山々が連なる、美しい景色が見えた。

 どうなってる?

 実際に山があるのか?それとも、映像か?

 窓に触りたくなった。

 だが迂闊なことをしたら、何が起こるか分からない。

 そんな漠然とした恐怖を感じて、俺は、壁に近づかないように廊下を歩く。




 廊下の奥には、また扉がある。

 魔王は、無言で扉を開き、俺をさらに奥へ誘う。




 今度は、両の壁の窓から、大海原が見える。


 廊下の内装は、さらに豪華な、装飾のされた高級なものになった。

 かと言って派手ではなく、焦げ茶と黒を基調とした落ち着いた色合いにデザインされており、言い知れない上品さを匂わせる。


 廊下の奥には、スーツを着た、顔立ちの整った女性が、上品な佇まいで立っていた。


「お待ちしておりました」

 俺達が近づくと、女性は深々と頭を下げた。




 気品がありすぎる。




 逆に、恐怖を感じた。




 これから会う人々は、おそらく俺とは住んでいる世界が違う。




「さあ、ここからは、師匠が先に入って」

 魔王が、俺の脇に立った。

「この先に控えている方々は、この世界の権力者フィクサー達」




 扉が、ゆっくりと開く。




「彼らのブームは、『支配反撃エクスカウンター』がもたらす”縛り”に苦しみながら生きる不幸な少女、天音あまねアリス」




 扉の奥には、高貴な、パーティー会場のような大広間。




「……そのアリスと出会い、恋をし、支えたいと願い、運命に翻弄されながらも懸命にもがく少年」




 広間の中の風は、ほどよく涼しく、そして暖かい。




桜坂さくらざかシュウ。キミの行動に、皆が注目しているんだ」




 彼らは、俺を拍手で出迎えた。




 彼らは、豪華な食事の並ぶテーブルに、ついている。




 なんだ、この雰囲気は。




 緊張感は、感じない。




 だが、安心感も、一切ない。




 一番近くのテーブルにいた初老の男性が、立ち上がり、笑顔で、俺の前へ歩いてきた。




「桜坂シュウ君。キミの活躍は、で見ているよ」


 男性は、笑顔で俺を見た。




 わかった。




 この目は、彼らの目は、俺を人と見ていない。

 かと言って、愛玩動物を見るような目でもない。


 言うなれば、猿回しの猿。


 俺が笑おうが、泣こうが、叫ぼうが、黙ろうが、生きようが、死のうが、彼らは変わらず、笑顔で俺を見ているだろう。


 そして彼らは、それが許される人達なのだということが、わかった。




「アリスを奪われたのは、残念だったね」




 この男性は、ニュースで見たことがある。


 医師会元会長・淡嶋あわしまじん

 医学のあらゆる分野に精通する、天才医師。40で医師会の会長に就いた破格の男。

 が、昨年、会長を突如退任。

 以降、社会の表舞台から姿を消す。




「今回の件は、国とDainPropertyダイン・プロパティの独断、行き過ぎた行為だ。看過できぬ事態と、我々は受け止めている」




 声が出せない。




 言葉を間違えれば、今すぐ俺は消されるかもしれない。




 そんな恐怖を感じた。




「何より、キミとアリスには、今後も我々を楽しませて欲しいんだ」







「アリスの……居場所が、わかれば……すぐにでも助けに行きます」




 俺は、言葉を選びながら、口にした。




「ただ、状況によっては、一人では難しいので……仲間を、呼びに……」




「ハハハ!」

 淡嶋の大きな笑い声に、俺はビクッと身震いした。




「そんなに緊張しなくていい。取って食おうとしてるわけじゃないんだ」


 周囲からも、笑い声が上がる。


「天音アリスのいる場所は、公安が守っている。アレは我々の声でも簡単には動かん。キミ一人では、どうにもならんよ」

 淡嶋は言う。

「シャーロット!」




「はい」


 魔王が、広間へ入ってきた。




「彼の指示のもとで戦いなさい」




「かしこまりました」




「と、いうことだ。桜坂君、キミには、シャーロット……”魔王”と言った方がいいかな、彼女と彼女の部隊を従え、アリス奪還に向かいなさい」




「は、はい。……はい?」


 今、なんて?

 魔王を従え、って言った?


 理解の追いついていない、素っ頓狂な顔の俺を見たからであろう。広間のVIP達はクスクスと笑い出した。

 これこれ、このリアクションが見たかった、とでも言うように。




「我々の一番の要望は、先ほど言った通りだ。今後も、キミとアリスには我々を楽しませ続けてほしい。期待しているよ」










「さて、そういうわけでだ」


「いや、何が『そういうわけ』なんだ!?」


 大広間を出た後、俺は魔王と共に元来た道を戻り、今度はブリーフィングルームのような場所へ連れてこられた。

 何十人も入れるサイズの部屋だが、今いるのは、俺、魔王、ヒカリ、リリィの4人のみ。


「ボク達を従えるんだから、しっかりしてよね!」

 リリィが、困惑しまくりな俺の背中を掌でパンパン叩く。


「桜坂くんの下……最悪……」

 ヒカリがぼやく。

 だよね。忘れそうになるけど俺、キミにエッチな映像見せた男だもんね。


「私の軍を従えるのはいいが、『権力者フィクサーの指示だから』という理由では格好がつかない。軍の皆は、これから命を賭けて戦うんだからね。だから、彼らが安心してキミに従えるような要素がいる」

「要素ぉ?」

 魔王の話を聞きつつ、眉を潜める俺。


「で、私にいい案があるんだ」


「嫌な予感がする……」

 魔王の言葉に、嫌そうな顔のヒカリ。




「私が、キミの弟子になる」




「弟子ぃ!?」

 いや、もう弟子はいらんて!

 っていうか、魔王が弟子とか、何言ってんの!?


「なんでわざわざ”弟子”!?」

「長たる私が敬服する男になら、部下達も納得して従う。それには”この人は私の師匠だ!”って言うのが手っ取り早いでしょ?」


「もう、どうでもいいや……」

 ヒカリの大きな溜息。いや、どうでもよくないから魔王このひとを説得してくれ。


「心配しないで。説得力は、ちゃんとある。なぜなら、現存する能力で私が使えないのは『支配反撃エクスカウンター』と『構築魔法』だけだから」

「な、なるほど?いや、でもさあ……」

「それとも、何か?”魔王”の決定に逆らおうと?」

 いきなり魔王ムーヴかましてきた。知らんけど、へそ曲げるとこの人、大変そう。


「じゃあ、わかりました……」

「やったー!構築魔法の使い方、あとで私に教えてくれ!」

 はしゃぐ魔王。大人の女性が、こんなはしゃぐことある?でも、ちょっと可愛い。




「じゃあ、アリスの居場所についてだが……」

 弟子の件が決まると、魔王は話題をアリスの話に変えた。

「そうだ……今、アリスはどこで、どんな状態なんだ!?」

 俺は、我に返った。

 ここでのんきに会話している場合じゃない。


「”配信”がある。DainPropertyダイン・プロパティでスパイをしている、ウチの者の記憶を映像にしたもの。それで、今のアリスの様子が見れる」


「見せない方が良くない?」

 魔王の発言に対し、ヒカリが異議を唱えた。


「辛い映像だが、権力者フィクサーからは『見せろ』という指示だ」

 魔王はヒカリに言う。

 その表情は、少し暗い。

「……悪趣味」

 ヒカリが、小さくつぶやいた。




 ヘッドセットを渡された。

 これで、リアルな映像と音声で配信を見られるのだとか。

 着けると、最初は配信のサムネイル一覧が見えた。

 カーソルが移動し、ある配信が選択される。




 配信の題名は、“不幸少女、天音アリス”。

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