第31話 最深層

「おお、厳重にバリアまで張ってあるね」




 俺と魔王ルシファーは、フェス決勝の会場である『大迷宮のダンジョン』の入り口前に来ていた。


 入り口は、高さ20メートル、横幅30メートルの大きなトンネルで、半透明のバリアで覆われている。




「でも、警備員がいないのは致命的だね。この程度のバリア、魔王なら簡単に破れる」


 魔王が掌を正面にかざすと……ガラスの割れるような大きな音が起き、バリアがバラバラに砕けて崩れ去った。




「なあ……こんなことして、騒ぎにならないか?」

 心配になってきた。

 公安がやって来たら……


「公安は任務が完了したから、ほとんど撤収してるよ。要人が宿泊中のホテルの護衛が、数人残っているくらいさ」

「あ……そう?」

「それに、ダンジョンに侵入する輩を見つけても、絶対に騒ぎにはしない。フェスが滞りなく開催される方が、優先だからね」




 炎羅えんらとトウヤに何も言わず、ここまで来てしまった。

 二人に説明したら、止められるかもしれないから。


 魔王が味方とは、限らないんだから。


 だから二人には、スマホに連絡だけ入れておいた。


『アリスが何者かに連れ去られた。俺が手がかりを見つけてくる。戻るまで、ホテルで待機していてくれ』


 『公安に』を入れようか迷ったが、書いたら炎羅が警察庁に殴り込みに行きかねないからな……




「行くよ」

 魔王が俺を、ダンジョン内に入るよう促した。

 俺は言われるがままに、歩みを進めた。







「抜け道を使う」

 魔王は、入ってすぐの、奥まった壁へ俺を案内した。


 壁の前で、彼女は詠唱を始めた。


 十数秒の詠唱の間に、壁が開き。


 下へ続く階段が現れた。




「ここから先は、ずっと下へ穴が続いてるんだ」

 階段を少し進むと、魔王が言った。

「飛ぶ物を構築するのは面倒だろう?私につかまってな」




 彼女の言う通り、階段は途中で終わり、その先は、底の見えない穴が開いている。

 穴の広さは人が数人、同時に入れる程度。決して大きくはない。


「ほら、掴まりな」

「掴まるって……どんな感じに?」

「うーん……私の首に腕を回してくれると、私も楽かな」

「え?おんぶみたいな?」

「……足は、しがみつかないようにして」


 俺は、言われるがまま魔王の首の周りに腕を回した。

 彼女の首元から、甘い香りがする。

 居心地がいい。

 クソ!ダメだ!相手は魔王だぞ!気を許すな!




「せーのっ!」


 魔王がジャンプして、穴に飛び込んだ。


 しばらく、加速。


 怖いぐらいに、加速していく。

 風圧がとてつもない強さになっていく。

 魔王の首元に回した腕に力を入れないと、外れてしまいそうだ。




「『飛翔』!」




 魔王の背中、俺の胸の前辺りから、大きな翼が生えた。




 俺と魔王の落下速度が減少し、風圧が心地よいくらいのスピードになった。




「見てごらん。ダンジョンの中が見学できるよ」

 魔王が、正面を指差しながら言った。

「今は、中層の途中だね」


 見ると、正面の壁が透明になっていて、ダンジョンの階層をどんどん下っているのが確認できる。


 気色悪いガラの壁面と瘴気から、今は中層であることが分かる。




「そろそろ深層だ」




 中層を抜けると、広々としたフロアが何階層も続く。


 どこも下が毒沼だったり、溶岩だったりと、足の踏み場が無い。




「足を着く場所、全然無いな」

「知らなかった?深層に歩ける場所なんて、無いよ」




 深層は各階層、天井から地面までが長い。なかなか最深層には着かない。




「今のうちに、キミ達が『魔力』と呼んでいるものについて、説明しておこうか」


 魔王はそう言うと、翼を動かし、落下の速度はさらにゆっくりになった。




「『魔力』の源は、”記憶”にある」

「記憶……?」

「そう。魔力は激しい感情の動きや、強い感情に宿る。それら感情が、視覚、聴覚、その他五感の情報を巻き込んで形作ったのが”記憶”だ。”記憶”に含まれる感情は、魔力を発生させ続ける。だから、魔力を増やしたかったら”記憶”から拾い上げるのが一番早い」

「拾い上げるって、どうやって?」

「他人の”記憶”を見て、同じ感情を共有する。すると、”記憶”内の感情に宿る魔力が、自分に流れ込んでくる。アリスは、『記憶を見る』のが止められなくて、困ってたんじゃない?」


 俺は驚いた。魔王が、アリスの”縛り”のことまで知っているなんて。


「『心を読む能力』が発動し続けてるって……言ってた」

「アリスの体は”記憶”を手当たり次第見ることで、自動的に魔力を溜め続けてるんだ」


「けど、アリス自身は溜めた魔力を使えない」

 使えない魔力を溜めることに、何の意味が?

 アリスは、魔力を溜めると『支配反撃エクスカウンター』の威力が増す、と言っていたが……原理がわからない。


「魔力には『可動魔力』と『潜在魔力』の2種類がある。『可動魔力』は、自身で操れる魔力。『潜在魔力』は自身が操れない、体内に残り続ける魔力。どちらも人により容量が決まっている」

「じゃあ、ひょっとして『無能力者』っていうのは、『可動魔力』がゼロなだけ?」

「いや、『可動魔力』を使人だね。アリスは、『可動魔力』が使のではなく、


 アリスは、特別な体質なのか。


天音あまねアリスは『可動魔力』の容量をゼロにして、『潜在魔力』の容量に充てている。子だ」

「デザインって?」

「詳しくは私も知らないが……安心して。アリスはれっきとした人間だよ。アンドロイドの類いじゃない」

「いや、それはわかるけどさ……」

「『支配反撃エクスカウンター』の正体は、莫大な『潜在魔力』に引き寄せられた他者の魔力が、アリスの『可動魔力』のように動く現象だ。その本質は、他に類を見ない巨大な『潜在魔力』。公安や企業が欲しているのは、この

「そのもの……」

「だから奴らは……おっと」


 魔王は、話を中断した。


「そろそろ4層……いや、最深層だ。喋ってる余裕は無い」

「え?」

「気を緩めると、死ぬよ」




 深層の景色が終わると、真っ暗な闇に突入した。




 本当に、真っ暗。




 その瞬間、強烈な頭痛を吐き気に襲われた。




「最深層は魔力だけじゃなく、元になる強烈な感情がそこら中に溜ま……おい、師匠?」


 魔王の声が、遠くなっていく。


「し……」




 いつの間にか、俺の意識は遠のいていた。













 気づけば、俺はベッドで仰向けに寝ていて。




 見知らぬ天井が、広がっていた。




 頭は、スッキリしている。

 疲れが完全に取れた感じだ。




 周囲を見回す。

 8畳くらいの、さほど広くない部屋。

 辺りは、薄暗い。

 壁は木製に見えるが、見たことのない機器がそこら中に掛けてある。

 そして……




「やっと起きた?」

 少し離れた椅子に座って、こちらを見ている少女。


 ダンジョンで出会ったことがある。魔王の部下だ。確か名前は……


「リリィだよ」

 リリィは、不機嫌そうな顔をした。

「名前もすぐ出ないの?汚れた体、ボクが拭いてあげたのに」


「あ……ごめん……」

 リリィも、『心を読む能力』の持ち主だ。




「起きたね」

 リリィの後方にある、金属製の重たそうな扉が開き、魔王が顔を出した。




「俺……どれくらい……」

「ざっと、15時間くらい寝てたよ」




「15時間!?」

「疲れてたんだよ。今は体が軽いだろ?」

「いや、そうじゃなくてアリス!」

「心配しないで。状況は、15時間前から変わってない。……よくも、悪くも」

「なんでそんなこと……」

「来な?」


 魔王は、俺を手招きした。


「地の底、魔の国では、色んな情報が手に入る。見せてあげるよ」







 俺と魔王、リリィは、3人で廊下を歩く。


 廊下の壁は、さっきの部屋と同じように色んな機器が掛かっている。

 研究所のような雰囲気。

 時計らしき機械もぶら下がっている。時刻は、13時5分を示していた。




「なんだ。ヒカリもやっぱり気になって見に来たんだ?」


 途中のドアが「カチャ」と音を立てて少しだけ開いた。

 魔王は、嬉しそうな笑顔を見せる。


「……」

 ドアの奥から、ヒカリがこちらを睨んでいた。

「……リリィが元気か、気になっただけ」


 ヒカリは、小さくそう言うと、ドアを閉めた。




 直後、いきなりドアがバン!と開いて、ヒカリが廊下へ出てきた。




 ずかずかと、こちらへ歩いてきて……




 俺の胸を片手で度着どついた。




桜坂さくらざかくんのバカ!なんでアリスを……」


 言いかけたヒカリが、俺の顔を見て黙った。


「……そんな顔、しないでよ。キミだけが悪いんじゃないんだから」




「ほらほら!」

 魔王が手を2回叩いた。

「今はケンカしないで!権力者フィクサーも待ってるってさ!」


 魔王の言葉で、ヒカリとリリィは表情を引き締めた。


「心の準備はいいかい、師匠?」

 魔王は、俺を見てニヤリとした。


「奥の扉を入ったら、世界観が変わるよ?もう、引き返せないけどね」




 魔王の後ろについて、廊下の奥へ進む。

 突き当たりの扉の先は、大広間だった。




 その光景は、まさに『常軌を逸した』という言葉が、ふさわしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る