第30話 残酷な別れ
公安に来てほしいとずっと言ってきたユウア。
なぜ突然、それまでと真逆のことを言いだした?
なぜ『一緒に公安から逃げる』ではなく、『公安の説得』という危険極まりない方法を選んだ?
なぜ最後に『抱きしめたい』という要求をした?
ユウアの言葉で、バカな俺でも異変に気づいた。
アリスも、ユウアの顔を見て表情を変える。
ユウアは、獲物を捕まえた獣のような顔をしていた。
目の前の相手を、対等な人と見てない。
動物か、物を見るような目で見下ろす。
ユウアは左腕を振り上げた。
だが、能力『
能力を発動すれば、摩擦力や空気抵抗を操り、今
ユウアの振り上げた左手が、アリスの右頬を叩いた。
「パァン!」と高い音が響いて。
アリスは、地面に膝をついた。
「アリス!」
俺は急いでアリスに駆け寄る。
「し……ししょー……」
俺の方を振り返ったアリスの鼻血が、薄桃色の浴衣を赤く染めた。
何が起こっているかを考える暇は無い。
何を構築すればアリスを奪い返せる?
ユウアは
アリスを傷つけずに、ユウアを攻撃できるもの、何がある?
ニコの時を、思い出した。
ほんの少し、俺の足が止まったのが仇になった。
「爆発魔法」
俺の腹で、何かが炎を上げて爆発した。
「うぐっ……!」
俺は後ろの仰け反って、倒れた。
腹が焼けるように痛い。
立とうと両腕で体を支えるが、うまく動けない。
「がはっ!」
咳き込んだら、口から大量の血液。
「ししょー!!」
アリスの、悲鳴のような叫び声。
「うるさい」
ユウアの不機嫌な声と、何回も叩く音。
俺がやっとのことで体を上げた時、アリスは倒れていて。
ユウアに左手首を掴まれ、体を少しだけ持ち上げられていた。
「爆発魔法」
俺が起き上がったのに気づくと、ユウアは魔法を撃つ。
俺の体の近くで、いくつもの爆発が起こる。
俺の体は、宙を舞った。
全身が焼けるように熱い。
耳は爆発音を聞いてからキンキンして、ほとんど何も聞こえない。
だからって、ここで寝てる場合じゃない。
俺は、立ち上がった。
平衡感覚が掴めない。よろける。
けど、気力だけで姿勢を保つ。
目は、ユウアを見据える。
「……なんて、しぶとい奴だ」
ユウアの声が、少し聞こえる。
聴力も少し戻ってきた。
「耐久力だけなら、
ユウアの顔に、少し焦りの色が見えた。
「面白い。やはり、構築魔法の少年も連れて帰ろう」
ユウアの方から、ユウアとは違う、女の声が聞こえた。
ユウアの隣で、マントが翻る。
透明のマントを脱ぐことでその姿を見せたのは、
「無理だ。これで倒れない奴を、安全に運ぶ方法が無い」
「なんじゃ、ケチじゃのう!」
「任務はアリスの確保だけだ。それより、なんでわざわざ出てきた?」
「自慢したいからじゃ。おぬしが全く説明しないから、自慢にならんではないか」
「……はぁ?」
呆れ顔のユウアをよそに、明日野は勝手に説明を始めた。
「ユウアが右手に着けているのは、『
「お前がフェスでお披露目したせいで、警戒されないかヒヤヒヤだったんだぞ」
ユウアは、不服そうに明日野に言う。
「うるさい!自慢したかったんじゃ!」
「あと、『ユウア』は本名だ。偽名の『シン』を使え」
「ごちゃごちゃ、うるさいのう……どうじゃった?作戦成功した感想は?」
明日野は、意地悪な笑みを浮かべて、ユウアを見た。
「ああ。この女が色気づいてたお陰で、簡単に成功した。よかったよ」
アリスの左腕を持ち上げながら、ユウアは
俺は地面を蹴り、ユウアめがけて突進した。
「転移魔法」
ユウアの声で、彼の背後に黒い闇の穴が現れた。
「からの『障壁魔法』」
俺の体が、透明な何かにぶつかった。
俺はよろけて尻餅をついた。
俺とユウア達の間に、透明な壁が作られている。
「光栄に思え、少年!」
明日野が俺に大きな声で告げた。
「おぬしの弟子は、我が社が開発する最強の”兵器”完成に貢献する!完成した時、この国の民どもは生涯、安寧の暮らしを約束されるであろう!」
言い終えると、明日野は俺に背中を向け、闇の穴の中へ入っていった。
「余計なことを……」
ユウアも、背を向けた。
「待て!アリスを返せ!」
構築魔法。
あいつを止める何か……
「爆発魔法」
俺の顔の前で爆発が起きる。
何も見えない。
爆発音で何も聞こえない。
それでも、片目だけでも執念で開ける。
目が潰れてはいない。微かに、目の前が見える。
ユウアが闇の穴の中へ足を踏み入れ、その姿が闇に溶け込んでいく。
アリスの体が、闇の中へ消えていく。
「アリス!!」
アリスの足先が闇の中に消えると、闇の穴の輪郭が歪み。
縮んで消えた。
アリスの片足から外れた下駄が、地面に転がっている。
どうして、こうなった?
アリスが油断したから?
違う。俺がボーッとしていたからだ。
公安や企業がアリスを狙っていることは、わかっていたじゃないか。
全部、俺の……
俺は、その場に座り込んだ。
これから、どうする?
決まっている。アリスを取り返しに行くんだ。
けど、どこに?
それとも警察庁?
奴らが向かった先が、それ以外である可能性は高い。
言いたくない。あいつらだって、責任を感じてしまうかもしれない。
それでも、説明しなきゃ。
手分けして、探さなきゃ。
考え始めて、どれだけ経っただろう。
ある女性の声で、俺の思考は中断された。
「あれ?師匠?」
俺は、顔を上げて後ろを振り向いた。
「どうしたんだい?そのケガ……」
彼女は俺の傍まで来て、しゃがんだ。
美しい魔王の瞳が、俺の顔を覗き込む。
「キミほどの能力者が、ここまでやられる相手なんているの?」
魔王が、俺の目の前に掌をかざした。
全身の痛みが引いていく。
体が軽くなっていく。
治癒魔法か。
『このフェス会場に、魔王が潜伏していることが判明しました』
公安の言葉を、思い出した。
「おい!」
俺は、魔王に掴みかかった。
「お前のせいで……なんで公安に見つかったんだ!」
俺は、魔王が着ているYシャツの首元を掴んで、怒鳴る。
「公安に?」
魔王は、キョトンとした顔をしている。
「誰にもバレた覚えは無いが?」
「……え?」
「アシスタントにも確認してみようか?」
まさか……
「ははぁ、なるほどね」
魔王は、腑に落ちたような様子。
「キミ、公安に騙されたね?」
俺は、力なく魔王から手を離した。
「公安の誰かに騙されて、アリスを連れ去られた。そんな感じ?」
魔王は、俺に尋ねる。
「アリスは、まだ生きてるんだろう?」
「ああ……」
「取り返しに行きたい?」
「ああ、うん……」
なんだか、泣きそうになってきた。
少し鼻をすすりながら、俺は答える。
「ちょっと、甘えないでよ。私は魔王だよ」
「わかってるよ……」
「アリスの攫われた場所なら、たぶんわかるよ」
魔王は、立ち上がった。
「アリスの!?どこだ!?」
俺も立ち上がる。
「ちょっと、ぐいぐい迫ってこないで!」
魔王がたじろぐ。
「今すぐには、わからない。地下の城に行ったら、わかるよ」
……城?
「ちょうど、フェスの決勝会場からも行けるよ」
魔王はニコリと笑った。
「来るかい?私達の世界を……いや、本当の世界を見に」
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