第29話 告白・惨

 俺とアリスは、逃げた。


 恐ろしい記憶を見た余韻でまだ動けないアリスを、俺が抱き、魔法で構築した煙幕で公安の目を欺き、走った。




 あいつら、”保護しよう”なんて優しい気持ちで、俺達を見ちゃいない。

 目的はおそらく、俺達の身柄確保だ。




 つーか魔王ルシファーの奴、『公安に知らせてくれるな』なんて言っといて、自分がバレてんのかよ!?




「逃げるな!我々は警察だぞ!」

 俺達に最初に話しかけた男が、煙幕を抜けて俺達を追ってきた。

 腰に差したサーベルに、手を掛けている。

「キミ達は、魔王に奪われてはいけない人材!」


「奪われていい人材は、保護しないのかよ?」

 構築魔法。

 名刀『凰魔おうま』。




 俺が凰魔を振るうと、男はサーベルを抜いて俺の斬撃を受け止めた。

 公園内に響く、金属のぶつかる音。

 敵の刃に触れた瞬間から、『凰魔』は魔力で振動を始め、敵をサーベルごと後ろへ吹き飛ばした。


「チッ!」

 吹き飛ばされた後も刀身の震えが止まらないサーベルを握り、男が舌打ちする。




 こいつは、俺の構築魔法だけで対処できる相手だ。


 もっと厄介な奴が出てくる前に、どこかへ隠れて……




「小賢しい奴だな」




 サーベルの男と一緒にいた黒スーツの男が、俺の真上の空中で剣を構えていた。


 気配が読めなかった。こいつ強い……!


 凰魔で攻撃を受ける。

 俺の『凰魔』が効果を発揮する前に、突風が吹いて俺は体勢を崩した。


伴羅ばんら!」

「その程度の腕で、私から逃げられるとでも?」

 『伴羅』と呼ばれたその男は、俺の腕の中のアリスに素早く手を伸ばす。


 バチィ!と火花が散って、伴羅の手はアリスに触れる直前に弾かれた。


 アリスは目をつむり、意識が無いように見える。

 今のは『支配反撃エクスカウンター』が、自動オートで弾いたのだろう。


「チッ……面倒な」


 動きの止まった伴羅めがけ、俺は刀を振るう。しかし伴羅は体を翻し、斬撃を回避した。

「素人が刀を振っても、なまくら以下だ」

 伴羅が振るった、強烈な斬撃が襲う。

 俺は、それを何とか受け止めるが……衝撃で名刀『凰魔』は、俺の手から落ちてしまった。


 拾っている暇はない。

 構築魔法。

 右手に、ナックルダスター。

 さらに魔力で、右腕に加速度を付与。


 俺は伴羅に殴りかかる。

 が……何発打っても、どんな方向から打っても、伴羅は軽く避けてみせた。


「小僧の方は最悪、死んでいてもいいんだったな?伊座垣いざがき?」

 俺の打撃を余裕で回避しながら、伴羅はサーベルの男を見た。

「ああ」

 サーベルの男……伊座垣は、短く答えた。


 そして伊座垣もこちらへ、サーベルを構えながら向かってくる。


「立場をわきまえろ、小僧」

「今度こそ、保護させてもらう!」


 2人の男が、同時に俺に襲いかかる。




 敵に触れられないアリスは、一旦置いて逃げるか?

 そんなことしていいのか?したくない。後でちゃんと合流できるか分からない。

 じゃあ、どうする?

 こんな一瞬じゃ、考えがまとまらない!




「『転移魔法』」

 公安の2人の攻撃が俺に当たる直前。

 声が聞こえたと思うと、少年が俺達の前に突如、姿を現した。

 少年は両の腕に1つずつめた盾で、2人の攻撃を左右同時に受け止める。


「からの『爆発魔法』」

 公安の2人の足下から、人を飲み込むサイズの火柱が、天高く燃え上がった。


 何だ!?

 俺は、警戒して少年から一歩離れる。




「こっちだ!」

 少年は俺達の方を振り向き、手を差し伸べた。


 ユウアだ。


 同じ公安のはずのユウアが、なぜ俺達の味方を!?


「早く、僕の手を!」


 火柱に飲まれた二人は、倒れてはいない。

 伴羅に至っては、炎の中から俺達を睨み付けている。

 火柱から出てくるのは、時間の問題。




 ユウアを信じるしかない。




 俺は腕を伸ばし、ユウアの手を握った。


 ユウアは、ホッとした顔で俺に微笑んだ。


「『転移魔法』!」







 転移魔法で移動した先は、ホテルの近く。

 遠くで、2本の火柱が天に伸びている。

 さっきユウアが使った『爆発魔法』の火柱だ。




「2人とも、ケガは無いか?」

 ユウアは、俺が抱いたアリスの顔を覗きつつ、言った。

「ああ、大丈夫だ……」

 俺にケガは無い。アリスは、一切の攻撃を食らっていない。

「どうなってるんだ?なんでお前が、公安に攻撃を……」


「ん……」

 アリスが、目を覚ました。

「ちょっとだけ寝てた……」

「アリス!」

「ゆ、ユウアくん……?」


 最初に目に入ったユウアの顔を見て、アリスは驚きで目を見開いた。


「キミと桜坂さくらざかくんは、公安に狙われている。このフェス会場から一旦、離れた方がいい」

 ユウアが言った。

「え!?やだ、フェスに出たい!」

 ショックを受けた様子のアリス。




「……わかるよ」


 今までなら『ワガママ言うな!』とでも言いそうなユウアが、今は少し、雰囲気が違う。


「ただ、この会場にいる限り、公安から追われ続ける。一旦、身を隠して。その間に、僕が何とか公安を説得する」




「……できるのか?説得なんて」

「できるかどうかじゃない。やるしかないんだ」

 俺の疑問に、ユウアは拳を握って返答した。




 アリスは俺の腕から離れ、ユウアの前に立った。

 ユウアは、アリスを見つめ続ける。


 俺は、その雰囲気に押されて、思わず……少し後ろに引いて、2人から距離を取った。




「アリス。昨日会った後、キミの配信やフェスでの様子を見て……生き生きとしているキミを見て、気づいたんだ」

 静かに語り出したユウアの顔を、見つめるアリス。


 その表情から、彼女がユウアをどう思っているのか……慕っているのか、嫌悪しているのか、愛しいのか、辟易へきえきしているのか……俺には全く読み取れなかった。




「僕は今まで、勘違いしてたってことに、気づいた」




 アリスは黙って、ユウアの話を聞いている。




「アリスに必要なのは……守ってくれる保護者じゃなくて、対等に支え合える相手だったんだ。だから、これまでの僕じゃアリスを救えなかった。公安も……保護と同時に自由を奪う。救いにはならない」




「だから、公安を止めようとしてくれるの?」

 アリスが、口を開いた。


「ああ」


「公安に逆らって、大丈夫なの?」


「だ、大丈夫さ!今まで一生懸命働いてきたんだ、無下には……」

「本当に?」


「……わからない」


 ユウアは、唇を震わせながら答えた。


「さっき、諜報員に攻撃してしまった。立ち回り方次第では最悪……消される」




 今まで見た公安の雰囲気から、俺でも想像できる。

 公安に一度反抗したユウアが、無事で済む保証など無い。




「それでも、僕はやる。僕はアリスを……愛してるから」




「ユウアくん……?」




 突然の告白にアリスは、キョトンとしている。


 どう受け止めればいいか分からない、という様子だ。




「いや、今はいいんだ、そのことは!」

 ユウアは、焦って両手を顔の前で振りながら、早口で言った。

「ただ、アリスをずっと見てきた僕としては、アリスは救われるべきだと思っていて……」

 僕のことで気に病まないでくれ、と言わんばかりに。




「……公安を何とかできたら、また、アリスに会いに行ってもいいか?」

 ユウアは、アリスに問いかけた。




「……うん。ただ……えっと……」

 アリスは口ごもる。


「ただ、ユウアくんの気持ちに応えられるかは、わからない……ごめんなさい……」

「それでいい。ここで別れたら、僕のことなんて考えなくていい。もし今後、僕が現れなかったら……その時は僕のことを忘れてくれ」

「ユウアくん、そんな……」

「それがアリスのためだ。けど」







「けど、最後に一度だけ……もう一度だけ、抱きしめさせてくれないか?」







「私を……抱きしめたいの?」

「アリスの温もりを感じてから、行きたいんだ。これが……人生最期になっても、いいように」







「……うん。わかった」







 おいおい、俺は何を見せられてるんだ!?

 だが、これからユウアは死ぬ覚悟までして挑むんだ。抱きしめるくらいは許そう。


 ……なんて考える余裕は、このときの俺には無くて。


 ただ俺は、ユウアと再会して、抱きしめられた時のアリスの顔を思い出して。

 夢の中でユウアにキスした、アリスの顔を思い出して。


 恥ずかしいことに俺は、『これを最後に去るユウアが、アリスの心にどう残るか?』……そんなことばかり、考えてしまっていた。







 ユウアは進み出て、右手をアリスへ伸ばした。


 アリスは、ユウアを見つめながら、動かず立っている。




 ユウアの伸ばした右手は、アリスの左手首に触れ……握った。







 そのままアリスを引き寄せ、抱きしめるのだと、俺は思った。


 そして、そのことでユウアの存在が、アリスの中で大きくならないでほしいと思いながら……嫉妬のような感情を抱えながら、俺は立っていた。




 俺は、バカだ。







 他に考えるべきことは……







 警戒すべきことは、腐るほどあったっていうのに。







 アリスの手首を掴んだユウアの、口元が歪んだ。

「やっと触れさせてくれたな」

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