第28話 宵祭り

「公安には、言わないでくれないか?」


 魔王ルシファーは、そう言って俺に微笑みかけた。

 美しいけれど、真意が読めない、不気味な笑顔だ。


「フェスに乗じてアリスを連れ去ろうなんて、思ってないから安心して。私は”配信者”として楽しんでるんだ」

「配信者、として……」

「そう。それに、私の存在が周囲にバレたら、キミ達だって困るだろう?」


 どうすればいい?

 今の俺じゃ、魔王に敵うとは、とても思えない。


「視聴者から『でし子が行く先々に魔王が現れる』と思われたら、配信ができなくなってしまうよ?」


 かと言って、誰に頼ればいい?




「じゃあね」

 魔王は小さく手を振り、去って行った。




 彼女の歩く後ろ姿は、不気味なくらい妖艶だった。







 油断していた。

 魔王の異質な魔力は、近くにいればさすがに分かる。そう思って。

 魔王の魔力を隠す技術を、甘く見ていた。


 公安に頼るつもりは、そもそも無い。

 公安に協力を仰いだら、公安の言いなりになってしまう。

 シン……ユウアが、またアリスに近づいてくる。


 俺達だけで何とかするんだ。

 アリスのために。

 でも、どうやって?

 アリスを戦いに巻き込みたくない。けれど、アリスの力が無きゃ、魔王には……







「おい、シュウ。大丈夫かよ?」


 ホテルへ向かう道の途中で、再び炎羅えんらに出会った。


「……アリスは?」

「……夕方まで休むって言ってたから、ホテルじゃないか?」

「そうか……」

「なあ、部屋で一回、ちゃんと休めよ。な?」







 ホテルの自室に戻ると、トウヤはいなかった。

 女子は隣の部屋なので、アリスは自室にいるかもしれない。でも、いるならさっき部屋に入っていった、炎羅との会話が聞こえてくるはずだ。やっぱり、いないのか?


 スマホを見ると、トウヤからメッセージが入っていた。

『決勝までまだ時間があります。とりあえず休憩して、6時にホテルのフロントに集合、でどうでしょう?』


 現在時刻は、午後3時。まだまだ時間がある。


 ベッドのダイブして、少し、目を瞑った。

 



 魔王を、どうする?

 放っておいたら、何をし出すか分からない。

 けど、公安に頼りたくもない。


 ユウアが、アリスに近づく隙を、与えたくない。


 つーかさ……よく考えたら、アリスの言う『依存してた』って、具体的にはどういうこと?

 今になって、気になってきた。

 男女で『依存』とか言ったらさあ……

 やっぱり、体の関係とかも……?

 あー、なんかやだな。こんなこと思うのも、アリスに失礼だけど。

 ”ユウアくん”、かあ……


 いかんいかん。今は魔王のことを考えなきゃ。

 魔王のこと……






 横になっていると、気づいたら寝ていることなんて、日常茶飯事で。




 気づけば、俺は夢の中にいた。




 アリスと俺が、フェスの主会場メインステージの裏にいて。

 そしたら、いつの間にか俺の隣に、”ユウアくん”がやって来ていた。

 アリスは、ニコニコしながら俺の前へ駆けてきて。

 俺の隣の”ユウアくん”の唇にキスをした。


 ああ、ムカつく。


 どうしてやればいいんだろうか。







 ……恥ずかしながら、この時点の俺は、これが夢だと気づいてなかった。




「ししょー?」

 目を覚まして、目の前にいるアリスの顔を見たとき……今、ここがどこで、自分が何をしていたのか、しばらく思い出せなかった。

 キョトンとしたアリスの顔を1秒くらい見つめたら、眠りに落ちる前のことを思い出した。




「夢か……よかった」

「ししょー、どんな夢見てたの……?」

「あ、いや、別に悪夢とかじゃないから……」


「おら、ちゃんと見せろよ、アリス」

 炎羅が後ろから、アリスの肩を両手で掴んでまっすぐ立たせた。


「い……いいよ、そんな、しっかり見せなくても……」

「しっかり見せるために、しっかり着付けしたんだろ?」

 

 アリスは、浴衣を着ていた。

 薄ピンクに花柄の、可愛らしい浴衣に、髪には小さな花の髪留め。

 昨日の水着の時と同じく、マスクは外して、絆創膏で頬の十字架を隠している。


「髪は結えるほど長くなかったけど、髪留めつけといたぜ」

由那ゆなちゃん、すごいんだよ。着付け完璧なの」


 炎羅……器用なのか不器用なのか、どっちなんだ!?

 そしてアリス、最高に可愛い。こんなに可愛いことがあっていいのか?




「そろそろ時間ですから、行きましょう。師匠殿は、まあ浴衣じゃなくてもいいでしょ?」

 脇に控えていたトウヤが言った。

「あと10分で7時。花火が始まりますよ」







 今夜はホテルの近くで、夏祭りが行われていた。

 花火は、ホテルの部屋からの方が綺麗に見えるかもしれないが、アリスが「せっかくだから行きたい」と言ったので、女性陣は浴衣を着て、夏祭りに行くことになったそうだ。というか、しれっとトウヤも浴衣を着用している。俺だけ普通の私服。


「混んでんなぁ……」

「あっ!花火だよ!」

 人混みに顔をしかめる炎羅。花火を指差して喜ぶアリス。


 しばらく人混みの中で花火を見上げていると……


 俺の腕に触れる、細い指。


「ししょー、ふたりでお店、回ろうよ」

 



 アリスに腕を引かれ、人混みを抜けるさなか、俺は取り残されていく炎羅とトウヤの姿を見た。

 二人とも、こちらをチラリと確認して、少し笑っているように見えた。







「おいしそうな匂い!たこ焼き食べたーい!」

 屋台の香ばしい匂いを嗅いで、アリスは元気に言った。

「昨日も食ったじゃん」

「何度も食べたーい!……はっ!?」


 アリスは、いきなり俺の背中に隠れた。


「あっち……すごいことしてるよ」

 アリスが指を差した先では、カップルが屋台の裏で、キスをしていた。


「ああ……あんな見えるところで、よくやるね」


「私……色んな人の記憶見て、知ってるよ。”キス”って、色んなやり方があるんだよ」

「まあ、そうだな」

「感触とかも、色々あるんだよ。だから私、自分がキスしたらどんな感触なのか、怖くて……」

「どんな感触なのか、って……したことないわけじゃ、ないだろ?」

「したことないよ……」

「えっ!?」


 したことないの!?


「なによぉ!キスしたことない高校生なんて、いくらでもいるよ!」

「いや、そうかもしれんが……でも、ほら、あの……」

「な……なに?」


「”ユウア”とかさ……」

 この単語、俺の口から言いたくなかったんだが。


「ないよぉ。ユウアくんといた時なんて、人とそんなことしてる余裕、無かったもん」

「でも、“依存”してたって、言ってたし……」

「”頼る”って意味でだよ?」

「あ、そうか……そうだよな……うん。そりゃそうだ……」

 なんか、自分が恥ずかしくなってきた。


「じゃあさ、その、誰かと、体の関係とかも、もちろん……」

「体の関係!?」

 ごめん。ごめんて。


「人がしてるのを見るだけならいいけど、自分がするのを想像すると、どうなっちゃうか怖くて……」

 アリスは両頬を手で覆って、耳を赤くしている。


 知りすぎているせいで、逆に『ファーストキス』のハードルがすごいことになってる……

 やってみたら別に大したことないぞ、アリス。

 いや、女の子にとっては大きな事か……?




「悪かった。行こう。たこ焼き買おう」

 とりあえず、この話は置いておこう。







 それから、アリスと一緒に回る夜店は、どこも楽しくて。


 射的で百発百中で、人が集まってきた時は少しヒヤヒヤしたけど。


 綿菓子を持って俺の隣を歩くアリスを見ると、とても幸せな気持ちになって。

 アリスのことが愛おしく思えた。







「人が倒れた!救急車!」


 人混みの中で、叫び声が響いた。

 俺達から少し離れたところで、誰かが倒れたみたいだ。


「応急処置できる人、いませんか!?」


 俺は、治癒魔法は使えない。周りの人がせわしなく動いてるし、俺達ができることは無いか?


「アリス……」

 アリスを見ると、彼女は片手で頭を抱えて、下を向いていた。




「アリス?」

 目は開けているが、視点が定まっていない。


「だ、大丈夫……さっき、倒れてる人がチラッと見えたとき、ちょっとだけ……」

「アリス!」

「ちょっとだけ、誰かの嫌な記憶が……」


 『支配反撃エクスカウンター』の”縛り”……勝手に発動する『心を読む能力』で、誰かの記憶が見えてしまったのか……!?


「やだな……人前では、ならないように気をつけてたのに……」

「アリス、どこかで休もうか?」

「ちょっと、油断してたかな……」




 俺は、アリスを人混みから離れた、公園のベンチに座らせた。


 アリスは、俺の肩に寄りかかって、目を瞑っている。


「ごめんね……」

 アリスは、静かに謝る。

「気を強く持ってれば、『心を読む力』は抑えれるから……普段は気をつけてたんだけど」


 意識して『心を読む力』を抑えてるなんて、今までは一言も言ってなかった。

 俺達と一緒にいるだけでも、そんな苦労をしてたなんて……


「心配させちゃったね……でも、大丈夫だよ。ししょー達といる時は楽しくて、頑張らなくても記憶は、全然見えてないよ。だから……」

「うん。うん、大丈夫だ」


 俺は、薄ピンクの浴衣の肩に触れて、アリスを抱き寄せた。


 今は、こんなことしかできないけど……

 いつか、他人の記憶なんかで苦しまないで、幸せに生きられるように、してあげたいな。







天音あまねアリスさんと、桜坂さくらざかシュウさんですね」


 男の声。

 俺は顔を上げた。


 俺達が座っているベンチの前に、黒のスーツに身を包んだ男が、二人並んで立っている。

 一見、誰かのボディガードのような風貌だが……




「公安です。このフェス会場に、魔王が潜伏していることが判明しました」


 右側の男が、俺に告げた。


「お二人は公安が保護すると、決定が下りました。我々に同行してください」

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