第27話 魔王降臨2

 ずっと気づかなかった。

 俺達の予選グループに、炎羅えんらの父親が助け、そして死ぬ原因となった配信者が、参加していたということ。


 炎上系探索配信者・ガガンボ。

 堂々とした態度とカリスマ性で人気を博すが、真骨頂は他の配信者をおとしめるような配信。それで炎上する度に注目を集め、視聴者を増やしている。

 B級探索者だが、5人編成のパーティのリーダーを務め、ある作戦を決行していた。

 各メンバーが他のパーティを尾行し、ゴールしそうなパーティを奇襲してゴールへのルートを確保する、奇襲戦法だ。




 これがわかったのは。


 俺達がゴールに一番乗りした後のことである。




「途中からずっとウロチョロしていて目障りでしたが、まさか炎羅さんの知ってる人とは」

 トウヤは、ガガンボから通信用のスマホを取り上げながら言った。




 いや普通、因縁のある相手ってそれなりの尺を取って相手しない?

 俺がゴールに着いた時にはもうこいつ、縄でグルグル巻きにされてたぜ?

 こいつが普通に動いてる状態、一度も見てないんだが。




「ああ。別に脅威じゃないから、言わなくてもいいかと思って」

 ドライな炎羅。この男、炎羅が配信者狩り始めたきっかけじゃなかったっけ?


「奇襲はいいんですが、その前に動きがバレバレでは奇襲になりませんよ」

 なお、捕まえたのはトウヤ。炎羅は、ガガンボと戦ってもいない。

「奇襲ではないですが、意識外からの攻撃の例を示しましょうか」

 トウヤは、奪い取ったスマホをガガンボに渡した。

「仲間、呼んでもいいですよ。僕達はゴールしているので、関係ありません」


「あ、ありがてぇ……!」

 急いで仲間と通信を始めるガガンボ。

「おい、お前ら……」

 通信が繋がったその瞬間、トウヤはガガンボからスマホを取り上げた。


「『声音魔法・擬態』」

 微かにトウヤが詠唱したのを聞き取れたのは、すぐ近くにいた俺だけかもしれない。


「おい、お前ら!FB23のルートが早いぞ!その後は、HT47だ!急げよ!」


 それだけ言って、トウヤは通信を終了した。


「ああ!?」

 驚愕のガガンボ。

「何してんだぁ!?」


「何って、分かりませんか?あなたの声を再現して、お仲間を誘導したんですよ。一番時間がかかって、大変なルートに」


「ウソだ、ルートの暗号も知らねぇはず……」

「あなたがボソボソ通信してるのを盗み聞けば、暗号の規則性はすぐ分かりますよ」

 さすがトウヤ、抜け目が無い。


「てめぇ、俺に何か恨みでもあんのか!?」

「恨み?情けですよ。こんなチンケな作戦、決勝で使っても恥をかくだけです。ここでリタイアしましょう」




「なんだか、可哀想だなあ」

 炎羅は、ガガンボを哀れみの目で眺めていた。

「親父にせっかく助けてもらったのに、踏んだり蹴ったりじゃねぇか。頑張れよ」




 俺は、ゴールしたパーティの特権を使ってみた。

 それは、運営公式チャンネルで配信されている、各パーティの探索の様子を見る権利。最初から見れたら他パーティの様子が丸見えなので、ゴールすると自由に見られるようになるシステムだ。

 見た感じ、2位のパーティはまだなかなか決まりそうにない。

 せっかくなので、俺達の様子を配信している画面を見る。

 お、でし子チャンネルの視聴者らしきコメントが、沢山来てるな。



―― ゴール、こんでしー!

―― でし子、やっぱり強すぎ

―― トウヤ、やりすぎだ!もっとやれ!

―― ガガンボざまあwww

―― 今来ましたが、もうゴールこんでしーですかね?

―― ガガンボはこれに懲りて二度と探索しないでほしい



 ガガンボってそれなりに人気の配信者だと思ってたが、普通に嫌われてるんだな。まあ配信スタイルから考えれば、さもありなん。




「僕が驚いたのは、師匠殿が積極的に戦闘に参加したことですね」

 トウヤが、俺を見て言った。

「しかも、戦闘能力はかなりのもの。探索者の等級、何級なんです?」


「ああ……えっと、それはでし子と同じで、当面は秘密ってことで……」

 ちなみに、実際はC級。中層の深いところまで探索できる探索者に与えられる等級だ。深層に来たのは、今、このゴール地点の地下61階が初めて。

 言い訳になるが、深層に挑戦するには往復で半日近くの時間がかかり、日程の調整が難しい。時間さえ取れればB級だって狙える、はず。


「もしA級以下でくすぶってるなら、さっさと最深層まで行ってS級になっちゃいましょうよ」

「い……いや、どうかなあ」

「僕もいけましたからね、S級」

「え!?」

「この前、動画でも言いましたけど、最深層に5分滞在できたので、それでS級認定です」

 ごめん、その動画見てない。マジごめん。

 っていうかトウヤがそう言うってことは、俺、まさかS級の素質ある?マジ?



―― でし子の師匠なんだから、S級以上はかたいな

―― 師匠に関してはただのアシスタント説あるぞ

―― 何も無いところから剣出してたけど、構築魔法?やばくね?

―― 師匠が剣術いけるとは思わなかった

―― 俺が見た時は師匠、バズーカ使ってたぞ。どんだけ戦術広いんだ



 コメントを見ると、俺の戦闘に関する感想が並んでいた。とうとう俺の戦闘まで注目されるように……無能力者だった頃と比べると、感無量だぜ。




「しかし、深層にこんな足場、よくあったなあ。ゴールにはちょうどいいけどさ」

 ゴールに指定された場所は、毒沼の真ん中にそびえ立つ岩柱のてっぺん。半径5メートルほどの狭い足場だ。暇なのか、炎羅が足場をダンダンと踏み荒らし始めた。やめて!足場が崩れたらどうするの!?

「これ、他のパーティが来たら全員乗れないかもしれないね」

 アリスが指摘する。確かに。今、ガガンボを含めた5人がいるが、足場は割と満杯だ。

「一回ゴールしたから、もう上のフロアに戻ってもいいんじゃないか?」

 早く帰って休みたい俺が意見を言う。明け方にアリスと喋ってたから、ぶっちゃけ睡眠不足なのだ。







「油断しておるな」




 上から、声。




 俺は咄嗟に上を見上げた。

 地下61階の大聖堂のように高い天井から、漆黒のマントをたなびかせて舞い降りてくる人間が、一人。


「人間!?魔力の気配は全く感じなかった!」

 驚くトウヤ。

 鍛えていくと、人が自然と発する魔力の気配を、察知できるようになる。俺も最近、修得した技術だ。

 しかし今、上から降りてくる人間は、気配を全く感じない。

 可能性は、魔力を使えないか……魔力の気配を意図的に消せる熟練者!


「バカが!気配など、鍛錬せずとも科学力で消せるのじゃ!」


 舞い降りる人物は、マントを脱いで投げ捨てた。


隠密翼ステルス・フェザー!気配の消滅と空中飛翔、どちらもこなすアイテム!」


 マントの中から現れたのは、小柄な白衣の女性。

 DainPropertyダイン・プロパティ社の研究者・明日野あすのさらだ。


「でし子!わしに捕まってもらうぞ!」


「嫌です!」

 速攻拒否のアリス。

「捕まえるだぁ!?知らねぇのか!でし子の能力で、てめぇなんか触れもしねぇぞ!」

 炎羅の挑発。




「ハハハ、そんなことも知らずに、ここまで来たとでも!?」

 明日野は、不敵な笑い声を上げた。

「今回の目玉アイテム!『断罪の手指コンヴィクション・ハンド』!」


 そう言って明日野は得意げに右手を広げて見せるが、何も持っていない素手に見える。


「コレは透明な手袋で敵に悟られずに接近し、さらに!これで触れられた対象は使!」




「何!?」

 珍しく、トウヤが顔色を変えた。


「当然、『支配反撃エクスカウンター』も効果対象じゃ!これでわしは!でし子に能力を使わせず捕まえることができる!」


 『支配反撃エクスカウンター』を無効化する敵なんて……初めてだ!明日野がアリスに触れる前に、何とかしなければ!

 しかし明日野の動きは思いのほか速く、俺達が明日野に攻撃するより先に、彼女の右手がアリスに触れ……




 バチィッ!




 右手はアリスに触れる前に弾かれ、明日野は体勢を崩して足場を転げ回った。




「わあ!落ちる!」

 足場の端から落ちそうになった明日野は、しがみついて何とか落ちる手前で留まる。

「クソ!なぜじゃ、なぜ能力を無効化できん!」




「もしかしてですが……その手袋、ですか?」

 トウヤが、明日野に訊いた。


「当たり前じゃ!だからわしは、でし子に突撃したんじゃ!」

「触れる前に能力で弾けば、その手袋は効果が無いわけですね?」

「おう……んっ!?」

「じゃあ、触らせなきゃいいだけの話です」

「なっ!?」


 事態に気づいた明日野は、途端に取り乱し始めた。


「ま……待て!でし子!一回、能力使わずにわしと対決してくれ!一回だけでいいから!」

「いや、するわけないでしょ」

「おい、陰キャメガネ!おぬしには言っとらん!」

「ちなみにでし子さんの能力は、、外からの攻撃を自動オートで弾きます。不意を突いて触れようとしても無駄なので、やめてくださいね」

 トウヤの言ったことはハッタリではなく、事実だ。ちなみにアリスは『支配反撃エクスカウンター』の効果対象から俺を外しているので、俺が不意を突いてアリスに触ることはできる。


「頼む。何ならもう、でし子じゃなくてもいい。誰かわしの『断罪の手指コンヴィクション・ハンド』の性能実験をさせてくれ」

「自分の能力で試しなさいよ、人を使おうとせず」

「うるさい、陰キャメガネ!わしは無能力者なんじゃ!」

「そもそも、なんで途中でマントを外したんです?隠れて接近した意味ないじゃないですか」

「うるさい!自慢したかったんじゃ!」

「手袋だって、バレずに使うために透明なのに、なんで自分から紹介したんです?」

「うるさい!」




 どうやら、明日野は俺達が思うほど脅威ではないらしい。

 むしろ、明日野の口から『支配反撃エクスカウンター』という言葉が出てしまったので、視聴者の反応が気になる。能力名がバレたところで、特に問題は無いはずだが。

 一応、コメント見とくか。



―― 60階で危ない人がいる。誰か助けに行けない?



 コメントを見て、俺は意識を上階に巡らせた。


 魔力の動きがわかる。

 真上から、少し右の方へ行ったフロアで……

 人間が、モンスターと戦っている。

 だが、人間の魔力は今にも消えそうだ。




「ちょっと上、見てくる!」

 構築魔法で、小型ヘリを生成。

 片手で捕まると、ヘリはプロペラを回して俺の体を上空へ持ち上げた。


「師匠殿!?」

「俺一人でいい!」


 モンスターの魔力は、俺一人で片付けられるレベル。

 アリスに見せたくない。

 もし人間が、殺されそうになっていたら……

 それを見たことをきっかけに……『支配反撃エクスカウンター』の”縛り”で、陰惨な記憶を見てしまうかもしれない。




 あっという間に上のフロア、地下60階に到着。

 ヘリを消して、ここからは自分の足で現場へ向かう。




 見つけた。




 人間が、倒れている。

 ボロ布のように体を引き裂かれ、出血は酷い。

 手当てして助かるかどうかは、不明。




 モンスターは、”人喰い熊ハンターグリズリー”。

 魔力を得て、人間の味を知り、人間を喰うことを好むようになった化け熊。




 空腹・満腹に関わらず、人を襲って喰う。




 人喰い熊ハンターグリズリーは、倒れた人間の前に立った俺を見た。食事の邪魔をされたと思ったのだろう、電柱ほどの太さのある両腕を振り上げ、全長10mは優に越えるであろう巨体を臨戦態勢にする。







 お前みたいな奴がいるから。







 アリスは、苦しみから解放されないんだ。







 構築魔法。




 こいつを引き裂いて殺すものを生成。







 俺の周囲から伸びた幾千・幾万の刀剣が、巨大な熊の全身を突き刺し、引き裂き、肉塊を粉微塵に粉砕した。







「地下60階に要救護者がいる。場所は……」


 俺は、通信で炎羅と運営に救護を依頼した。

 炎羅は治癒魔法が使える。先に着けば、早く救護ができる。


 助かるかは、分からないが。


「あと、アリスは連れてこないで。トウヤもその場に残して、雑談でもしてあげてくれ」







 最後に、課題が見つかった。

 熊を殺す時、魔法を少し制御しきれなかった。下手したら、俺の攻撃が要救護者に当たっていたかもしれない。


 また人を殺したら……ニコに怒られるな。

 いや、アリスが悲しむのが、今は一番辛い。







 救護の対応のため、トウヤとアリスには先にダンジョンを出てもらって、勝利パーティのインタビューを受けてもらうことにした。


「おい、顔が疲れてるぞ」

 ダンジョンを出た時、炎羅が俺の顔を見て言った。

「そっか……アリスには見せられないな」

「……そうじゃなくてさ……」

「ちょっと、トイレ行ってくる。先にホテル戻っててくれ」

「お、おい!」


 制止する炎羅を振り切って、俺は近くの公衆トイレに向かった。

 ホテルに戻る前に、自分の顔色を確認しておきたい。

 疲れた顔を見て、アリスが嫌な記憶を見たら……







「おや?疲れた顔をしてるね」




 移動中、すれ違いざまに、知らない女の声。

 ……誰だ?




「予選で何か、あったのかい?」




 いや、声は聞いたことがある。

 確か……




『本当なら面白いですね。決勝で当たるはずなので、楽しみです』


 SSダブルエス級認定を受けた探索者”ルシファー”。

 フェス優勝候補の筆頭だ。




 振り向くと、背の高い整った顔立ちの美女・ルシファーが、俺を穏やかな表情で見ていた。


「キミ達ならもっと早く勝ってくると思ったけど、意外と遅いじゃないか」


「あの……知り合い、でしたっけ?」

 あまりに馴れ馴れしいルシファーに、疑問をぶつける俺。


「知り合い……ああ、まあ、知り合いかもしれないね。ふふ」

 ルシファーは、意味深な笑みを零した。


「はあ……」




「戻った記憶が気になって、疲れてるのかい?師匠?」




 ルシファーの言葉で、疲れてボーッとしていた頭が、一気に冴えた。




 俺の記憶が戻ったことを知っているのは、昨日全部話したアリスと……

 『心を読む能力』で俺の記憶を見た、魔王とその一味だけだ。




「キミ達とはもう一回、決勝で戦ってみたいんだ。体調不良で出場辞退なんて、やめてよ?」




 SSダブルエス級探索者・ルシファーの正体は、まさか……




「私は魔王だよ。久しぶりだね」

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