第26話 『支配反撃』と”弟子”の秘密

 今、なんて……?

 俺が無能力者だって、知っていた……?


「それでも、シュウくんの弟子になった理由は……」




「おーい!でし子ー!」

 炎羅えんらが呼ぶ声。

 見ると、炎羅とトウヤがこちらへ歩いてきていた。

「こんなとこにいたのかよー!」


「また、後でね」

 アリスは俺に耳元でコソリと言った。


「おっ、やっとパーカー脱いだな?カワイイじゃねーか!」

「う、うん……えへへ」


「すいません、僕は止めたんですけどね」

 トウヤはニヤニヤしている。

「明日の打ち合わせの時間も考えると、そろそろホテルに戻るのが妥当かと」


 そして、俺の傍に来て、囁いた。

「秘密の話があれば夜にでも、ゆっくりとしてください」




 自分がアリスに打ち明けようと思っていたのに、まったくの不意打ちを喰らってしまった。


 わからないことが多すぎる。

 俺が無能力者だと知っていたなら、なんでアリスは『俺の弟子になりたい』なんて言った?

 そして、なんでこのタイミングで、それを打ち明けた?


 また二人になる機会があれば、話してくれるはずだ。近いうちに、答えはわかるだろう。







 だが、アリスと二人きりになる機会は、意外と見つからなくて。


 ホテルに一旦戻った後は、もう日が暮れてきていて、先に夕食のためホテルの食堂へ。

 その後、しばらく自室で休憩後、俺とトウヤの部屋で、予選の打ち合わせが始まった。


「なあ、打ち合わせ終わったら大富豪やろうぜ!」

 炎羅が修学旅行のテンションで、終わったらどころか途中休憩からトランプを広げ始めた。

 そして打ち合わせの後も、なんだかんだお喋りが続き……







 いつの間にかみんな、その辺のソファやベッドで寝てしまっていた。







 俺が目を覚ましたのは、明け方の4時頃だった。


 気づけば俺は、ソファで毛布を掛けて横になっていた。


 予選の開始は9時。


 ……もうちょっとだけ、ベッドでちゃんと寝るか。


 ……炎羅が俺のベッドで、大の字で寝ている。

 叩き起こしたら怒るか……?




「シュウくん」

 囁く声。


「へあっ!?」

 驚いて振り向くと、アリスが指で「しーっ」ってやっていた。


「浜辺まで、一緒にお散歩しない?」

 アリスは小声で、俺を誘った。







「静かだねー」

 アリスと、ホテルの玄関を出る。

 昼間と違い、人がいない。

 浜辺まで歩く間、誰ともすれ違わなかった。


「大富豪、楽しかったね」

「ああ……」


 会話が、続かない。

 この後、大事な話をするってわかっているから、お互い緊張している。


「あそこに座ろっ」

 アリスが指を差した先は、昼間にも来た堤防だ。


 俺とアリスは、昼間よりも少し離れた位置で、腰を下ろす。

 昼間は日陰でも熱かった堤防のコンクリートが、今はひんやりと冷たい。




「あのね」

 アリスが、俺を見た。

「長くなるけど、最初から説明させてほしくて」




 アリスはマスクを外した。

 左頬の十字架の紋章は、月明かりに照らされているわけでもないのに、鈍く不気味に光っている。


「この紋章はね、『支配反撃エクスカウンター』の”縛り”を表す印なんだって」


 アリスの能力『支配反撃エクスカウンター』。自身の魔力を使えない代わりに、他者の魔力や物理エネルギーを操って戦うことができる能力だ。

 ”縛り”とは、『自身の魔力を使えない』ことを差すのだろうか?


「”縛り”は、ふたつ。ひとつは、自分の魔力を使う力を失うこと。もうひとつは……『心を読む能力』が、こと」


「『心を読む能力』?」

 魔王やヒカリが使っていた能力と、同じ能力ということ?

 っていうか、発動し続けるってことは、俺の思考とか全部……!?


「あ、近くにいる人の心を読むわけじゃないよ!ランダムに誰かの……えっと、順番に説明するね」

 アリスは、あたふたとした手振りで、説明を続ける。

「えっと、『心を読む能力』は普通の魔法とか能力と違って、使うと魔力を消費しなくて、逆に魔力が溜まるんだって。『”原罪”だからだ』って、ユウアくんは言ってた、よくわかんないけど……」


 よくわかんねぇ……でも、『心を読む能力』が特別な性質を持ってることは、わかった。


「私の脳は、この世界のどこかにいる、誰かの『心』……”思考”とか”記憶”を勝手に覗き見て、魔力を溜める。魔力が増すと、『支配反撃エクスカウンター』の力が強くなる。でも……」


「……どこの誰かも分からない人の心が、常に頭に流れてくるってこと?」


「うん。喋ったり、何かしてる時はちょっとだけ止まるけど、それ以外は……ずっと、かな」


「大変だな……」

「……うん」


「本当に……大変だ」




 俺がもし普通の高校生だったら、違う感想を持ったかもしれない。

 『めんどくさそうだな』と思っただけかもしれない。

 でも、俺は知ってる。


 人の心なんて、最悪だ。




 人殺しの記憶。

 人を殺した感触。

 大好きな人を、自分の手で殺した気持ち。

 血の臭い。

 目に焼き付いた映像。

 何年も苦しみ続ける心の痛み。

 後悔。

 不幸。

 誓い。

 追憶。

 心が切り刻まれるような思い。


 俺も知らない、もっと陰惨な記憶。




 こんなものをずっと味わいながら生きるなんて、地獄だ。




「ユウアくんは、私の”縛り”のことを、この世界で初めて知ってくれた人」


 アリスは、懐かしそうに微笑みながら言った。


「ユウアくんは私のことをいつも気にして、助けてくれた。だから私はいつもユウアくんに頼って、ずっと一緒にいて、”縛り”の苦しみを紛らわせてたの。一人じゃないって思えて、幸せだった。けど……」


 公安に潜入したっきり、ユウアは姿を消した。


「ユウアくんがいなくなったら、前より辛くなって……それで気づいた。人に依存して辛さを誤魔化しても、何も解決しない。自分だけで強く生きていかなきゃって、思った」


 アリスは、自分の膝を抱く指に、きゅっと力を入れた。


「ヒカリちゃんと探索を始めた時も、楽になる方法をずっと探してて……そんなとき、シュウくんの心を見た」


 俺の、心……?


「見たのは断片的で、シュウくんが過去のことで苦しんでることしか分からなくて……だから最初に出会った時の印象は『可哀想な子』。でもそのうち、仲間を助けて立派に戦ってるシュウくんを見て……逆に『羨ましい』って思った」


「羨ましい?」


「うん……あんなに辛い過去があるのに、ちゃんと乗り越えて人に優しくできるシュウくんが、羨ましかった」


 それは、俺が記憶を無くしていたからだ。

 辛さを、忘れることで誤魔化してた。


「だから、近くにいて、辛さの乗り越え方を知りたいって、思った」


 俺が本当に辛さを克服できたのは……

 他でもない、アリスに出会ったからだ。


 記憶が戻っても耐えられたのは……今はアリスと一緒に配信をすることで、アリスの役に立つことで、自分の価値を見いだしているから。


「ヒカリちゃんを追い返したあと、シュウくんを凄い人だと勘違いしてる子を見て……私もこの子と同じようにすれば、シュウくんの近くにいれる!と思って……」


 そして、アリスが楽しく配信しているのを見るのが、何よりも幸せだから。


「結局、シュウくんの過去の乗り越え方は今も分からない。でも何となく、想像がついてきたんだ……ほら!」


 アリスは、俺の目の前で立ち上がった。


「今の私、誰にも依存しなくても、辛さを耐えれてる!炎羅ちゃんとかトウヤくんとか、そしてシュウくん……信頼できる友達がいっぱいいるから、毎日が楽しくて……シュウくんは、たくさんの友達を作れる力があるから、辛さも越えられたんだね」




「あ……ごめんなさい」

 アリスは、申し訳なさそうに顔を逸らした。

「勝手に弟子になって、勝手に喜んじゃって……迷惑だったよね」


「……安心してるよ」

 俺は、正直に言った。

「俺こそ、アリスを騙して弟子にしてると、ずっと思ってて……俺が打ち明けようとしてたのは、それなんだ」


「あっ!?」

 アリスは、ハッとする。

「ごめんなさい!!そんな、気に病んでるなんて……」

「いや、いいんだって!気に病まずに済んで、ホッとしてるんだ!」


「ホント……?普通、怒るよ?」

「いや……正直、アリスがいなきゃ配信、こんなにうまくいかなかっただろ」

 俺こそ、アリスに救われた。

 探索も配信も心も、何もかも。

「だから怒るとしたら、お前が『配信やめる』って言いだしたときかな」


「配信、絶対やめないよ!」

 アリスは、再び俺の顔を見つめた。

「一緒に、配信続けようね!」




「俺に今日、打ち明けようと思ったのは、なんで?」

 俺は、気になっていたもう一つのことを尋ねた。


「……ユウアくんのところへ戻りたがるんじゃないかって、疑われたら嫌だから」


 そうか。

 アリスが俺に打ち明けたのは、ユウアと会った直後だった。


「ユウアくんとの依存した関係にはもう、絶対戻りたくない。今がいいの。だからシュウくん……ししょーも、ユウアくんが寄ってきたら、気にせず追い払ってね」


「これからも『師匠』って呼ぶのか?俺のこと、ホントは師匠だと思ってないんだろ?」

「違うよ!シュウくんは今でも、私のししょーだよ!」

 アリスは、ムッとした顔で俺に迫った。

「私に辛さの乗り越え方を教えてくれた、心の『師匠』!」




「だから……ししょーの過去、よかったら、教えてほしい」

 アリスは、俺のすぐ隣に体育座りした。

 アリスの右肩が、俺の左肩に当たる。

「シュウくんの心を見た時には、事件の細かいこととか全然分からなくて……魔力も、ずっと使えないと思ってた。いきなり魔力を使い出した時は、すごくビックリした」

「魔力が使えるとか使えないとか、分かるんだ?」

「うん。『支配反撃エクスカウンター』の影響なのか分からないけど私、魔力を使える人は、オーラが見えるの」

「そっか」


 じゃあ、アリスは俺の苦しみだけを見ていて、他は知らないんだ。

 俺が、魔法の暴発で恋人を殺したことも。

 苦しんだ末に、記憶と魔力を失っていたことも。


「……じゃあ言うけど、聞いて落ち込むなよ」

 俺は、先に釘を刺す。

「せっかく楽しさで辛さがやわらいでるのが、台無しだからな」

「うん。私、ししょーの役に立ちたい。それが嬉しいから。だから、聞かせて」




 俺は、一部始終を話した。

 アリスが途中で涙ぐみ始めたので、話をやめようとしたら「お願い、続けて」と言って。

 話し終えた頃には、「大変だったね」とボロボロ泣いていた。




 俺は、泣いてくれた嬉しさもあったけど。


 それ以上に、驚いた。




 今まで、飽きるほど人の心を見てきたはずなのに。

 俺よりも酷く、陰惨な心も見てきたはずなのに。

 それでも俺の話を聞いて、泣けるほどに感受性が豊かなんだ。


 その感受性のせいで、今までどれだけの苦しみを味わってきたかを想像すると、すごいと思うし。


 悲劇だと思う。




 アリスを本当の意味で救うには、どうしたらいいんだろう。


 アリスを人の心の闇からなるべく遠ざけるには、どうしたらいいだろう。




「なあ、アリス……”縛り”で見える心って、何か法則性はあるか?例えば、楽しいことをしてると、楽しい人の心が見えやすい、とか……」

「あ!まさに、そうだよ!悲しい話を聞いてると、悲しい記憶が見えることが多いよ!」

「じゃあ俺の悲しい過去、聞いたらダメでは!?」

「それは全然大丈夫!悲しさより、ししょーが話してくれた嬉しさの方が大きいから!」

 アリスは、目にまだ涙が残っていて、鼻をすすりながら笑った。

「えへへ……それに、今はししょーと喋ってるから、誰の心も見てない。大丈夫だよ」




 その後アリスは、”縛り”のことを、まだ他の人には言わないで欲しい、と言った。自分がいつ、誰の心を見てしまうか分からないことを告げるのは、怖いと。

 「ししょーの心も、また見てしまうかもしれない」と悩んでいたが、全然気にするな、と言っておいた。そんなの、アリスの苦しみに比べたらどうってことはない。本当に、そんなことで気を病んで欲しくはない。

 炎羅とトウヤも、大丈夫な気がする。

 でも、話すのはフェスの後でも遅くはないだろう。




 日が昇る頃に、俺とアリスは並んで歩いて、ホテルに帰った。







 午前9時前。

 俺達は、予選のダンジョン入り口に控えていた。

 俺達が入っている予選Cグループには10のパーティが参加している。

 各グループが、5つあるダンジョン入り口からスタート地点を選択できる。が、俺達と同じ入り口を選んだパーティは無い。

 まあ、作戦通り。


「なあ……本当に、あたしがリーダーでいいのか?」

「くどいですよ」

 戸惑う炎羅に、トウヤが言う。

「昨日の打ち合わせから感ずるに、炎羅さんを指揮系統に据えるのがベストです」

「メインのメンバーはでし子と師匠だって、ずっと言ってたのはお前だろ!?」

「それは、戦力的なメインの話ですね。指揮系統に置くのは、探索の経験量と判断力に優れた、炎羅さんが適任かと。参謀・絡め手は僕にお任せあれ」


「よろしくお願いします!」

「お願いしまーす!」

 俺とアリスは、便乗して炎羅をおだてる。


「ま、まあ、あたしが年長だからな!仕方ねぇ!しっかりついてこいよ!」

 ちょろい炎羅。

 しかし実際、打ち合わせでの彼女は、普段と違って慎重かつ冷静な判断を下せていた。探索になるとスイッチが入るタイプのようだ。

 リーダーも、安心して任せられる。




「スタート!探索開始してください!」


 運営との連絡用に装着したイヤホンから、予選開始を告げる音声が入る。




「よっしゃ、行くぞ!」

 炎羅の号令で、炎羅、トウヤ、アリス、俺の順にダンジョンへ突入。




 俺達以外のパーティが、この入り口を選ばなかった理由。




 スタート直後の大広間が、モンスターの大集合している”モンスターハウス”だからだ。




「集まってんな!おし、トウヤ、でし子!」


「はい」

「うん!」


 炎羅が刀を抜き、トウヤが剣を抜く。

 二人が、己の武器に全力で魔力を篭める。


「せー……のっ!」


 二人は、魔力の籠もった一撃を……


 アリスに向かって放った。


 放たれた魔力は、アリスの目の前で跳ね返り、二つの魔力が折り重なり、モンスターハウスのモンスター達を襲う。


 このモンスターハウスには、中層の終盤クラスのモンスターがうようよ……という情報だったが。

 正直、最後尾の俺は、実際にどんなモンスターがいたのかよくわからない。


 アリス達の最初の一撃で一匹残らず吹き飛ばされ、奥にある崖の下に落っこちていったからだ。




「ふう!崖から落ちた程度なら、あのレベルのモンスターは死にはしないでしょう」

 トウヤは、満足げな表情で剣を鞘に収めた。

「今日も、平和な探索になりそうですね!」


「さっさと行くぞ!」

 炎羅は既に、下のフロアへ続く階段へ走り出していた。

「タイムアタックなんだろ!?」


「このルートがかなりの近道だから、よほど大丈夫ですけどね」

 トウヤが、それに続く。


「ししょー、行こ!」

 アリスが、笑顔で俺の方を振り向いた。


「おう!」


 俺の目標は、フェスの優勝じゃない。

 アリスが“縛り”で見る心が、酷いものにならないように。

 アリスの笑顔を、ずっと守り切ることだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る