第25話 告白・弐

 『ダンジョン探索RTAフェス2023』の主会場メインステージは、”由紀ヶ浜ゆうきがはま”という、海岸線の美しい、太平洋に面した浜にある。

 初日は、ここで正午に開会セレモニーがおこなわれる。翌日は、浜の周辺5箇所に分散して予選。勝ち抜けばさらに次の日、決勝へ挑むことになる。




「決勝はここ、由紀ヶ浜会場の目の前にある『大迷宮のダンジョン』にて行われます!皆さん、頑張ってください!」


 セレモニー中は、とりあえずステージ裏に待機。

 何のためかと言えば……


「それでは、参加者紹介です!」


 参加者の紹介とインタビューがあるからだ。




「まずは、Danダン-Liveライブ所属探索者・キッド率いる……」

 大手企業お抱えの探索者パーティから順にステージに上がり、簡単なインタビューを受ける。これが終わったら、あとは明日の予選まで出番なし。インタビュー、早く終わってくれぇー。


「……続いては、”チームでし子”!」


 俺達の出番は、最後から2番目だった。

 呼ばれて、LED照明のギラギラしたステージ上へ進み出ていく。


「注目はやはり、魔王から街を守り戦い抜いた”でし子”さん!チャンネルは開設1ヶ月半にして登録者数118万人!その強さは未だ未知数、優勝候補の一角と言われています!普段はもっぱら撮影をしている”師匠”の実力も謎が多く、注目です!さらに今回は、登録者数65万人の解説チャンネルを持つトウヤさん、S級探索者のユナさんをパーティに迎えています!」


 炎羅えんらだけ本名の”由那ゆな”で参加している。新鮮な響きだ。


「向かって右から、でし子さん、師匠さん、トウヤさん、ユナさんです。さて、でし子さん!今回の意気込みは、いかがでしょうか!?」


「はい!えっと、こういう場所は初めてで緊張してますけど、楽しく探索したいと思います!」

 ステージ上のアリスは、明朗快活。衣装を着ていたら、アイドルと見間違われてもおかしくない。


「ところで、お隣の師匠さんとは、どんな関係なんですか?本当にただの師弟関係なんですか!?」

 その質問はもうやめろ!







「以上、”チームでし子”でした!ありがとうございました!……さあ、次が、最後の参加パーティになります、”チーム・ルシファー”!」




 俺達がステージ脇にはけるのと入れ替わりで、男女2人組がステージ上へ出てくる。


「国内3番目のSSダブルエス級認定を受けた探索者”ルシファー”さん!配信の相棒”バール”さんと2人で参戦!魔王”ルシファー”を名乗るにふさわしい圧倒的強さとカリスマで、開設1ヶ月にしてチャンネル登録133万!他チャンネルとのコラボは無し。『他の探索者は足手まとい』と言わんばかりです!」


「ここでも敵は”魔王”……皮肉なもんですね」

 ステージを降りる最中、トウヤが俺に耳打ちした。




「ルシファーさん、今回の意気込みは!?」

 司会が、女性の方にマイクを向けた。

 ”ルシファー”を名乗る女性は、大人びた雰囲気でスタイル抜群。少しだけ巻いたショートヘアがおしゃれ。

「そうですね……他の参加者さんを病院送りにしないように、気をつけたいです」

 言うことは挑発的。

「先ほどステージ上にいた”でし子”さんは、ひょっとしたらSSダブルエス級では?との噂も流れています。SSダブルエス級のルシファーさんとしては、どう思われますか!?」

「本当なら面白いですね。決勝で当たるはずなので、楽しみです」







 開会セレモニーの途中ではあるが、俺達はステージを降りた後、その足で会場の外に出た。




「さて、これから明日の予選まではフリーです。予選の打ち合わせは……まあ、夜にホテルでやれば十分でしょう」

 トウヤが今後の段取りについて話をする。

 予選と決勝のダンジョンマップはフェスのHPホームページで公開されているので、ある程度の対策は済んでいる。最終調整だけなら、それほど時間はかからない。


「せっかく海に来たんですから、ねぇ……」

 トウヤは、ニヤニヤした顔で炎羅を見た。炎羅は、それに意味深な笑みで返す。


「おっし、でし子!海行くぞ!」

 炎羅は、”でし子”ことアリスに詰め寄った。

「えっ!?でも由那ちゃん、私、水着無いし……」

「心配すんな!会場の近くにショップがあんだよ!」


「師匠殿も、行きましょうよ」

 トウヤは俺を誘う。

「まさか、ホテルでだらだらしようと思ってないですよね?」

 正直、明日に向けて極力だらだら休みたいと思っていたが……

 しかし、アリスの行動次第で変えるつもりは、満々だった。

 しかもこの流れ、アリスの水着姿が見れそうな感じ。そりゃあ見るっきゃ……!




「ちょおっと待ったぁ!」




 炎羅達に続いてショップへ向かおうと歩き出したその時、こちらへ向けて投げかけられる、大声。

 聞き覚えがない。誰?




「おぬしが”でし子”じゃな!?」

 ボロボロの白衣を着た小柄な女性が、俺達に駆け寄ってきた。

 幼い顔つきだが、言葉遣いは幼くない。

「わしはDainPropertyダイン・プロパティ社の研究者・明日野あすのさらじゃ!」




DainPropertyダイン・プロパティと言えば、ソフトウェア開発の大企業じゃないですか。何の用です?」

 トウヤがアリスの前に立ち、応対する。


「我が社は、事業拡大を目指しておる!新事業の1つは”強靱な能力の開発”!そのために、”でし子”の協力を仰ぎたい!」

 明日野は、物怖じせずに、トウヤを見上げながら喋る。

「時に”でし子”の能力は、『支配反撃エクスカウンター』ではないか!?」


 その言葉を聞いて、トウヤは顔を逸らした。

 「知っているのか!?」という動揺に勘づかれないための動きだが、明日野はその意図に気づいたようだ。


「やはり、そうなんじゃな!?」

「そうやって、ライバルの情報を得ようとしたって無駄ですよ」


 彼女の風貌をしばらく見ていたら、思い出した。

 明日野もフェスの参加者の一人だ。8人構成の大規模パーティの一員で目立たなかったが、確かにいた。


「あと、なぜ白衣?研究室以外で着る意味あります?」

「白衣しか着るものを持ってないんじゃ!いや、そんなのはどうでもいい!」


 明日野はトウヤと炎羅の後ろにいるアリスに、眼差しを向けた。


「”でし子”!おぬしの能力が必要じゃ!一度我が社に来てくれ!」


「嫌です!」

 アリス、即答。


「もちろん、報酬は弾むぞ!主任科学者チーフの権限で、贅沢ぜいたくならいくらでも……」

「嫌です!」

「そんな……ちょっとくらい悩んでくれても……」

「嫌です!」

「……」


 明日野は、その場でうなだれた。


 だが、一拍おいて、ガバッと顔を上げた。


「諦めんぞ!わしは!データは探索中に取ってやるんじゃ!なんと言っても、明日の予選……」

 明日野は、落ち込んでいるのを誤魔化すように、威勢良く啖呵を切る。

「わしとおぬしらは、同じグループじゃからな!」




「はいはい、行きましょう」

 トウヤは、俺達の背中を押して、さっさとその場を去って行く。


「おい待て!余韻というものはないのか!?おーい!」

 その場を離れるごとに、明日野の声が、段々と小さくなっていく。


「彼女はアレですが、DainPropertyダイン・プロパティには気をつけましょう」

 十分離れたところで、トウヤが小声で俺達に注意を促した。

「ソフトウェアの最大手ですが……他組織との繋がりも噂されています。目をつけられたら厄介ですよ」







「それはともかく、とにかく水着だ!」

 炎羅は、正面のビルを指差した。

「ほら、この中にショップがあるんだってよ!」


「師匠殿、水着は?」

「持ってない」

「じゃあ、みんなで行きましょうか」


 海辺のビルにて昼食後、別フロアのオシャレなショップにて、水着の選定が始まった。

 と言っても俺は、着れれば何でもいい。もとい、何着ても大して変わらない。無難なトランクス型の水着を購入。それに加え、取り立ててたくましくもない肉体を隠すため、オシャレそうなパーカーも入手。


 アリスと炎羅は、延々と色々な水着を手に取り、試着室に入り、出てきて別の水着を取り、炎羅がアリスを試着室にぶち込み、カーテンを開き……


「立ってるのも何ですし、外で待ちます?」

 トウヤが、俺に声を掛けた。




 俺とトウヤがショップの外のベンチに座ってから、30分が経過。

 トウヤは無言でスマホの画面を見ている。


「トウヤ、何してるの?」

「夜の打ち合わせの予習です。さっさと終わらせたいですからね」

「ふーん……」


 沈黙。


 仕方ないので、俺もスマホの画面を見て、SNSをチェック。

 開会セレモニーが終わって、感想が次々と投稿されている。

 ”でし子”とSSダブルエス級探索者”ルシファー”の対決を期待する声が多い。しかし、もし直接対決してアリスが勝ったら、アリスのSSダブルエス級疑惑が確信に変わってしまうのでは?


『時に”でし子”の能力は、『支配反撃エクスカウンター』ではないか!?』


 明日野の発言が脳裏をよぎった。配信だけでそこまで分かる人がいるんだ、というのは、新しい発見だ。意図しない情報流出は、気をつけないとな。




 ショップの外に出てから、1時間が経過。


「先に昼食にして、良かったですね」

 トウヤが、下を向いてスマホを見ながらつぶやいた。







「お待たせぇ!」

 俺とトウヤがショップを出て1時間半後、ついに炎羅が手を振りながら出てきた。続いて、アリスが紙袋を持って歩いてくる。


「いい買い物は出来ましたか?」

「バッチリ!」

 トウヤの問いかけに、炎羅は親指を立てて応える。


「由那ちゃん、意外と積極的なんだね……」

 呟くアリス。ショップで何があったんです?




 ホテルが海の近くにあるので、荷物を置きがてらホテルで着替えて、水着で海へ向かうことに。


 部屋は2部屋取ってあり、俺とトウヤ、アリスと炎羅がそれぞれ同室。


 先に着替え終えた俺とトウヤは、ホテルの玄関で女子2人を待つ。




 30分経過。

 時刻は、午後3時を過ぎた。




「遊ぶ時間が減ってきましたね」

 トウヤがスマホを見ながら呟いた。

「日焼け止めでも塗ってるんですかね?」




 さらに10分後。

 各々スマホを見ていた俺とトウヤの肩に、女性の手が触れた。

「よっ」

 炎羅だ。


「でし子が、ずっとモジモジしてて着替えなくてさぁ」

 炎羅は、グラビアアイドルが着るようなビキニ姿。しかし炎羅もスタイルが良く、しっかり似合っている。


「だ……だって、こんな水着、着たことないもん……」

 後ろを振り向くと、アリスの白くて細い脚が目に入った。

 水着に着替えたのだ。水着に着替えてるぞー!

 俺が視線を上げると……


 上半身は、パーカーを着用していた。正面のジッパーを上まで閉めている。


「しかも、これじゃせっかく買った水着が見えねぇだろ!」

 炎羅は不満げだ。

「いいの!見えなくても!」

 アリスは、パーカーを脱ぐのは断固拒否のようだ。あと、マスクも外していない。頬の十字架が見えると注目されてしまうので、これは仕方ないか。


「まあ、とりあえず行きましょうよ、海」

 トウヤが俺達に移動を促した。




 浜辺は、多くの客で賑わっていた。

 海の家から香ばしい匂いが漂ってくる。


「わあ!おいしそう!食べたーい!」

 アリスが、その匂いに食いついた。

「それより先に海だ!おら、パーカー脱げ!」

 炎羅がアリスのパーカーの帽子を掴んで、砂浜へ引っ張っていく。

「パーカーは脱がなーい!」

「うるせぇ!おらあっ!」


 炎羅はパーカーごとアリスをぶん投げて、海へ放り込んだ。相手が一般人なら大事故ですよ、炎羅さん。

「きゃあっ!」

「ほら、濡れたパーカー脱がないと寒いぜ!?」

「寒くないよー!お日様ですぐ乾くもん!」

「乾かしてたまるか!」

 炎羅とアリスはそのまま海で水を掛け合って遊び始めた。


「師匠殿、あちらに加わっては?」

「いや……トウヤは?」

「僕はあのノリについていく自信が無いので。ここで見てますよ」

「じゃあ、俺もそうするかな……」

 砂浜に立っているテンションの低い男二人。何しに海来たんだ。


「ししょー!」

 アリスがこっちへ駆けてきて、俺の手首を掴んだ。

「ししょーも濡れなきゃダメだよ!」

「あ、ああ……」


 歩き出そうとしたら、アリスの後ろから水が飛んできて、顔に思いっきり掛かった。

「お前ら、何ボーッとしてやがる!」

 炎羅だ。

「トウヤ、てめぇ涼しげな顔しやがって!さっさとこっち来い!吠え面かかせてやる!」

「どうすれば海で吠え面かけるんですかね」


 それからしばらく、4人で水をかけ合ったり、泳いだり……あと、炎羅がボードを持ってきて、波乗りに挑戦し始めたりした。炎羅は剣も魔法も使いこなすから器用そうなイメージだが、サーフィンは苦手だった。波に乗り損ねて海に頭から突っ込む炎羅を見て、爆笑するトウヤの顔が忘れられない。




「くそ!あと1ミリだろうが!なんで取れねぇ!」

 海を一旦出て、海辺のゲームセンターに来た俺達。

 炎羅はクレーンゲームも苦手だった。この人、戦闘面の器用さは努力の賜物で、基本は不器用なのかもしれない。

「感覚でやるから失敗するんですよ。こういうのは、コツがあるんです」

「あぁ!?」

 トウヤが操作する様子を睨み付ける炎羅。

「ほら、取れました」

「クソ!今度は、あっちのクマだ!どっちが先に取れるか、勝負だからな!」

「負けて吠え面かかないでくださいね」

「うるせぇ!」

 炎羅とトウヤが、別の機械の方へ歩いていく。それについていこうと思ったとき。


「ししょー」

 アリスが、俺に囁いた。

「こっち来て」







 俺とアリスはゲームセンターを出て、ビルの陰に駆け込んだ。


「ししょーと一緒にいれるの、前より少なくなっちゃったから……」


 そう言われると、確かに。お互い、一人でダンジョン探索に行くことが増えて、一緒にお茶しながら配信の打ち合わせをする回数も減った。


「二人でどっか、行かない?」

「そうだな……どこがいい?」

「私、浜辺で美味しそうな匂いがしたところ、あそこ行きたい」

 海の家か。行きたがったけど、炎羅に海へぶち込まれたからな。


「パーカー、ずっと脱がないんだ?」

 ふと、口にしてしまった。いかんいかん、アリスの水着姿が見たいという意識が先行しすぎだ。海の家に行くのに、わざわざパーカー脱がんだろ。

「水着、見たい?」

 アリスが首を傾げて尋ねる。

「えっ?いや、ああ、まあ……」

 肯定するのもなんだが、『見たくない』と言っても失礼だし。答え方に困る。

「まあ、せっかくだから、見れたらいいな、とは……」




「じゃあ、ししょーには見せるね……」

「へっ?」




 アリスは、パーカーのジッパーに指を掛けた。

 そして、ゆっくりと下ろす。

 開いたジッパーの隙間から、白い肌が見える。


「そんなに見ないで……」

 ジッパーを下ろし切ると、パーカーの正面を持ち、開いて見せる。

 はだけたパーカーが肩からずり落ち、アリスの水着を着た上半身が露わになった。

「恥ずかし……」


 アリスはフチに僅かにフリルのついたビキニを着ていた。

 白くて綺麗な肌によく似合っている。


「どう……?変じゃない?」


 アリスが俺に訊く。


「あ……」

 見とれていた俺が、我に返る。

「すごい、似合ってる」


「ありがと……」

 アリスは、恥ずかしそうに俯く。


「マスク取ったら、もっと可愛いかも」

「えっ!?」

 俺が未だにつけているマスクについて言うと、驚くアリス。しまった。攻めすぎな発言だったか。

「あっ、いや、海にいるときもずっと着けてるとは思わなかったし、マスク濡れてるんじゃないかなと……」

 焦ってよく分からないことを言い出す俺。


「しょ、しょうがないなぁ……」

 アリスはマスクの紐に手を掛け、ゆっくりと外す。

 

 ビルの隙間からの日差しで照らされた素顔の頬は、ほんのり赤い。


「どう……かな?」


 外したマスクの紐をモジモジといじっているアリスは、今すぐ抱きしめたくなるくらい可愛かった。


「早く答えてよ……」

「あ……うん。すごいね……」

「す、すごい……?」

 いかん、本音のままに喋っていてはいかんぞ、俺。


「いや、すっごい可愛い」

「……よかった」

「今の格好のアリスと一緒に歩きたい」

「そ……そう?」

「あ、いや!嫌ならいいんだけど」

「……いいよ」







「じゃあ、貼るぞ」

「うん」


 頬の十字架の印を、大きめの絆創膏を貼って隠す。

 普段はマスクで済ませているのは、十字架の上は貼っても剥がれやすい、というのと、自分では貼りにくいのが理由だ。アリスは一人暮らし。普段は、貼ってくれる人がいない。


「ん……」

 頬に絆創膏が触れて、アリスが小さく声を上げる。

 アリスの鼻息が、絆創膏を持つ俺の手に当たる。


「こんな感じかな……」

 白い絆創膏が、アリスの左頬にくっついた。

 これで傍目はためには、普通の可愛い女の子に見える。


「パーカー、持とうか?」

「うん。ありがと……」




 水着姿のアリスと、浜辺へ降りる。




 すれ違う人達が、みんな振り返ってアリスを見ている気がする。


「人、多いね」

 アリスが、俺の左の小指を右手で、きゅっと握った。

「はぐれちゃいそう」


 みなさーん、この子、俺の彼女ですよー!


 って自慢して回りたい気分だが、そもそも事実と相違があるので言えない。




「あ!おいしそうな匂い!」

 アリスが海の家を指差す。

「あのおうちだ!」


 昼食の時間帯を大きく過ぎていたため、並ばずスムーズに目当てのものを買えた。


「おいしー」

 アリスは店を出ながら、買ったたこ焼きを頬張った。

「でも、ちょっと熱い……」


「どっかで座って食べる?」

 俺はアリスに提案した。

「うん!海の見えるところがいいなぁ」







「アリス!」




 だが、見晴らしのいい堤防へ向かう途中で、俺達を見つけて駆けてくる少年が、一人。




「ユウアくん……」

「アリス」


 ユウア……公安の諜報員だ。諜報員としての偽名は、シン。

 公安の仕事で、フェス会場に来ていたのか?それとも……


「アリス、もう一度、考えてみないか?」

 シンは、アリスに迫った。


「アリスを守れるのは公安しかいない。それとも、僕が信用できないのか!?」


「違うよ……そうじゃないの、ユウアくん……」

 アリスはシンを見ると、気まずそうに視線を彼から逸らした。


「なあアリス、もう一回、話を聞くだけでも……」

 手を伸ばして、アリスに触れようとするシン。

 だがアリスは、身を引いてそれを避けた。

 アリスの肩が、俺にぶつかる。


「アリス!」

 尚も迫ろうとするシン。


「おい」

 見ていられず、俺は口を挟んだ。


「アリスが嫌がってるんだ。やめろよ」

「……」


 シンは、俺を睨みつける。そして、もう一度視線をアリスの方へ戻すも、彼女は怯えたような顔をしていた。

 それを見て、シンは悲しげな表情を見せて、後ずさりした。


「……何かあってからじゃ、遅いんだ」

 シンは、呟くように言った。

「いつまででも、待ってるからな」




 その場に立ち尽くしているシンを置いて、俺とアリスは、離れた堤防へ向かった。




「……本当に、いいんだよな?」

 堤防のフチに並んで座ったとき、俺はアリスに訊いた。

「うん」

 アリスは、迷い無く答える。

「でも、あの、ユウアと離ればなれになるのは、やっぱり嫌なのか?」

「ううん。それはいいの……」

 アリスは、俯き加減になった。

「むしろ、あの子とはもう、一緒にいたくない」

「そうなの?」

「うん。黙って公安に入ってたりしてて、よく分かんないし……」




「……」

 アリスの言葉を聞いて、ふと思った。

 俺だって、アリスに黙って師匠づらをしている。

 ”俺の弟子になったのは、お前の勘違いだ”って、まだ言えていない。

 今、言っていいのかは分からない。けど、これ以上黙っていて、いきなりバレて、ユウアのように仲違なかたがいするくらいなら……




「なあ、アリス」


 今、言おう。

 そう、決心した。


「アリスが俺の弟子になった時のこと、覚えてる?」

「うん」




「そのときのことで実はさ……俺、言わなきゃいけないことがあるんだけど……」

「実は、私もあるんだ」




 アリスの突然の告白に、俺は驚いて呆気にとられてしまった。


「え?」

「私から、言っていい?」




「……いいよ」

 アリスが言わなきゃいけないこと?何だ?全く心当たりがない。







「本当は、知ってたんだ」


 アリスは、告白した。


「私が弟子になった日、ししょーが……シュウくんが、何の能力も使ってなかったこと。あの時のシュウくんが、本当は無能力者だったこと」

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