第23話 ダンジョン探索RTAフェス

「私も、ししょーと配信、続けたい」


 アリスは、俺の告白を聞いて、マスク越しに満面の笑みを見せた。

 いつもと同じ、見ていて心が温かくなるような笑顔を。




「あの、えっと、だからね。即答しなくていいって言われてたけど、えっと……」

 アリスは、いきなりモジモジし出した。

「もう、断っちゃった。公安の話」




「え!?いいの!?」

 俺は、驚きすぎてスマホをアスファルトに落とした。

 カン!と嫌な音がしてスマホが地面に転がる。

「ししょーのスマホが!」

「ああ、ああ……」


 色々と狼狽うろたえながらスマホを拾う俺。よかった、画面は割れてない。


「えっと、あの……シン?だっけ?あの人は、よかったの?」

 俺は、スマホの動作確認をしながら尋ねる。しかし、アリスの返答が気になりすぎて、見ているスマホの情報が何一つ入ってこない。


「あ、えっと、あの子の本名は『ユウアくん』って言うんだけど……」

 公安の諜報員の本名を平然とバラすアリス。

「ユウアくんは、昔一緒にダンジョン探索してた子。すごく仲が良かったんだけど、ちょうどそのとき私、”公安”に追われて大変だった時期があって……」

「公安に追われた!?」

「私の能力に興味があるんだって。ユウアくんは、それをやめさせるために公安に潜入したんだけど、それっきり連絡が取れなくて……」


 俺が思ったとおり、公安はアリスの能力『支配反撃エクスカウンター』の力が欲しいようだ。


「だから、公安に誘ってきた時はビックリしたの。でも、ユウアくんが言うなら、大丈夫なのかなって思ったりもして……それで悩んでたんだ」

 アリスは言う。

「だから、ししょーが好きって言ってくれて、すごく嬉しかった。断って良かったなあって思った」


 待て、『好き』って、俺、そんな言い方したっけ?待て?俺、何を口走った?


「これからもよろしくね、ししょー!」


 でも、アリスは嬉しそうで、俺の言葉を受け入れてくれたみたいだ。


 よかった。本当によかった。




「ししょー……?」

 アリスは、俺の顔を覗き込んだ。

「泣いてるの、ししょー?」

「え?」


 ちょっと涙ぐんでるな、という気は……さっきからしてたけど……


「やだ、私もちょっと、涙出てきちゃった」

 アリスはポケットティッシュを取り出すと、マスクを外して自身の目元を拭いた。

「えへへ……ししょーも、拭いてあげよっか?」

 新しく出したティッシュを、今度は俺の目元に当てた。

 アリスの可愛らしい顔が、俺の目の前に迫る。

 細い指が、俺の目元を拭う。


 幸せだなあ。

 何となく、思った。

 きっと俺が流した涙は、幸せの涙だ。

 アリスの流した涙は……

 ……どうだろう?







「えっと……非常に言いにくいんだが、アリスの正体がバレそうなんだ。話の流れ次第では、面倒なことになるかも……」

「わかった!私が、いい具合に説明するね!」


 配信を始めるまで不安はあったが、まず炎上に関しては何の心配もいらなかった。

 その日のうちにやった雑談配信では、魔王に襲われたアリスこと”でし子”を心配するコメントが多く、批判コメントは少ない。まずは一安心。

 でし子がSSダブルエス級探索者では?と追及するコメントも散見されたが、等級についてはこれまでの方針と変わらず、秘密を貫くことに。


 ただ返答しづらかったのが、「”でし子”が配信しているダンジョンに、また魔王が現れるのでは?」というコメントだった。


「うーん……魔王がまた私の前に現れかは分からないけど、対策は考えておきますね」

と、お茶を濁す感じで終わった。




 配信後。


「とりあえず、しばらくは探索するダンジョンの情報を配信中に言わない、とかかな」

 俺ができる提案は、とりあえずこんな感じだ。

「なんで?」

「配信の場所が特定できたら、魔王が来るかもしれないし……」

「魔王さん、配信の映像だけで場所特定できそう」

「そうか……まあ、ダンジョンの管理してる、とか言ってたもんな」




『魔王も、あなたを狙って今後も襲ってくる可能性が高い』

 ……公安のキダは、そう言っていた。ならば、やはり対策が必要だ。

 っていうか結局、魔王って何者?公安なら知っているのだろうか?それくらい教えてほしかったな。




「あ、そういえば、ししょー、魔力使ってたね」

 アリスが、思い出したように言う。

「普段使わないのに、使わせちゃってごめんなさい……」

 いや、出し惜しみしてたんじゃないんだわ。それまで使えなかっただけなんだわ。


 俺の力のことも、いつかちゃんと説明しなきゃ……


「魔王と戦うためなら魔力くらい、いつでも使うさ」

 俺は言った。

「魔王が来たらいつでも戦えるように、準備しておくよ」

「ありがとうございます!わーい!」

 子どもみたいに喜ぶアリス、可愛い。




 まずは、構築魔法の練習。

 それから、俺の魔法の特性をアリスに伝えて、連携の仕方も打ち合わせておきたいな。

 俺自身も探索者登録して、修行しておいた方がよさそうだ。

 せっかく使えるようになった魔力。アリスやみんなを守るために使わなきゃ。




 ――また、お前のせいで人が死ぬぞ。

 そんなことない。今度は、うまくやる。







 チャンネル登録者数は、それから数日のうちに100万人を超えた。


 魔王の動向に警戒して、しばらく探索配信をしていない、にも関わらずだ。

 ニュースで、地上で魔王と戦うアリスの様子が放映されたことで、知名度がさらに上がったのだろう。

 誰が撮影したか分からないが、ニュースの映像には魔王が放った攻撃を受け流し、市街地に当たらないよう戦うアリスの姿があった。

 ニュースによれば、魔王との戦いにおける地上の負傷者数は、ゼロ。

 アリスはまさに、街を守り抜いた勇者ヒーローだ。


 アリスは凄い子なんだ。

 配信を、思うようにやらせてやりたい。


 本人は「雑談配信できれば十分」と言っているが、探索配信ができないのはちょっと寂しそうだ。

 魔王が襲ってくるリスクさえ、何とかできれば……




 魔王による襲撃事件の影響は、むしろ現実生活の方が大きかった。




天音あまねさんって、”魔王”に襲われたんだよね?」


 アリスに詰め寄るクラスメイトは、あとを絶たなかった。


「天音さん、配信してるんだよね!?」

SSダブルエス級探索者って噂、ホント!?」


「あー……ごめんね、外では言わないようにしてるんだ……」

 アリスは、何とか誤魔化している感じ。


 そして、俺にもその余波は、当然あるわけで。


 コソコソ話をする女子達の話し声が、嫌でも聞こえてくるわけだ。


「天音さんのカメラマンやってる『ししょー』って、桜坂さくらざか君だよね」

「ね。一緒に配信までしてるってことは、カップルだよね、やっぱり……!」


 いや、気にするのそこ!?




 もちろん、アリスに関する問い合わせは俺にも多数寄せられた。

 アリスと「誤魔化すの大変だねー」と言いながら、打ち合わせがてら一緒にお茶しているだけでも……


「ねえ、あそこにいるの、天音さんじゃない!?」


 発見されて、逃げねばならない始末。


 正直、探索配信どころではない、今日この頃。




『今回の事件の影響力は、いずれ分かるでしょう』


 公安・キダの顔が浮かんだ。


 ええい!負けてたまるか!俺達は配信をするんだ!




 家に帰ってSNSやDMをチェック。

 「探索配信やってくれー」という声が、多数見られる。雑談配信は昨日やったが、やはり探索を渇望している視聴者は多いらしい。


 「コラボしませんか?」というDMが、やたら多い。

 魔王に襲われるかもしれないってのに、よくコラボしたがるな。




 というか、コラボの誘いが多すぎる。20通はDM来てるんだが。どうなってるんだ?


 ……よく見ると、内容はどれも、普通の配信コラボとは違うようだ。


「RTAフェスのチームに入ってください!お願いします!」

というメールが、ほとんど。


 ……RTAフェス?何それ?







「『ダンジョン探索RTAフェス2023』のことですかね」


 トウヤに通話で聞いたら、教えてくれた。連絡先を交換しておいて良かった。


「特定の地点まで探索し、かかった時間タイムを競う。それが”ダンジョン探索RTA”です。フェスは、それを1つのダンジョンで、複数パーティ同時におこなうという……要は、お祭りです。開催は今年が初、呼ばれるのは主に企業所属の探索者なので、師匠殿が知らなくても無理はありません」


「トウヤは、呼ばれてるのか?」

「元・協会職員として、一応」

「パーティって、人数制限は?」

「2人以上、8人以内です」


「へぇー……」


 そんなイベントもあるんだなぁ。


「それで?師匠殿は出るつもりなんですか?誰かのパーティで」

「でも、俺らが出て行くと魔王が……」

「まだそんなこと気にしてるんです?」

「いや、気になるでしょ……」

「皆さん勘違いしていますが、魔王に襲われて危険なのは”でし子”さんだけではありません。一般人の誰だろうと、捕まって『助けて欲しければ”でし子”を出せ』と、人質として使われる可能性は十分にある」

「まあ、確かに……でもいて言うなら、危険なのは俺とでし子だろ?」

「じゃあ、もう一つ安心材料を。フェスは政府要人も呼ばれるため、公安の護衛までつきます。わざわざそこへ乱入してくるほど、魔王もバカじゃありませんよ」


 なるほど……公安にまた会うかもしれないのは、ちょっと嫌だけど。それなら、安全ではありそうだ。


「なお、フェスの競技の様子は配信でも公開されます。探索配信が億劫おっくうなら、フェスで元気な姿を見せるのも手ですよ」

「……あ」

「どうしました?」

「フェス運営からのメール、見つけた!”でし子”も招待されてる!」

「よかったですね。これで、好きな人をパーティに誘えますよ」

「そうだな……」

「誘う相手に、心当たりは?」


 フェスに参加するか、するなら、誰をパーティに誘うか……

 まずはアリスと相談するべき。

 ではあるが、欲しいメンバーを先に誰かに取られてしまうのも、避けたい。




「トウヤ、もうパーティは決めてるのか?」

「いえ、全く」

「トウヤ、よければ……」

「いいですよ」

「えっ!?」

「あなたと”でし子”さんのパーティ、入りましょう。いずれ呼ばれるような気はしてました」


 トウヤの知識は、パーティを組むなら絶対欲しい。何より、知らない誰かと組むより、トウヤと組む方が安心だ。


「まだ、でし子に聞いてないんで確定ではないけど……でし子がオーケー出したら、ぜひ!」

「他にパーティメンバーを増やす予定は?」

「そうだな、できれば、あと一人……」




炎羅えんらさんですね?」




「えっ!?」

「だいたい、想像がつきましたよ」

「すごいな……けど、連絡先を知らないから……」


「僕が連絡をつけましょうか?」


「できるの!?」


 この人、話早すぎぃ!

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