第21話 公安

「来い!」

 魔王が体勢を立て直す最中に叫ぶと、アリスと魔王の間の地面がみるみる盛り上がり、数体の土巨人ゴーレムが姿を現した。

「行け」

 こちらを向いた魔王の顔から、笑みがこぼれた。


「モンスターを操れるんですか!?」

 トウヤが急いで俺とアリスの傍にやって来て、問う。




「”魔王”なんだ。従えてこそ、だよ」

 魔王はそう言うと、フロアを天井まで埋め尽くす大きな土巨人ゴーレムの後ろに隠れた。


 土巨人ゴーレムは主に深層に生息するモンスターで、身体の半分が欠損しても動き続ける持続力が特徴だ。

 だが、アリスにとって手こずる要素は無かった。

 アリスの後ろから、土巨人ゴーレムに負けず劣らずの巨大なドラゴンが、背中を正面にして飛んできた。

 ドラゴンはそのままの勢いで土巨人ゴーレムに突撃し、粉砕する。

 ドラゴンはそのまま力尽きて地面に落ち、土巨人ゴーレムはただの土塊つちくれに。

 土巨人ゴーレムの後ろにいた魔王の姿があらわになった。


「『支配反撃エクスカウンター』でドラゴン達の魔力を使っているのか!」

 魔王は、焦る様子もなく、掌に身の丈を越える直径の光球を生み出す。

「さっきまでより能力の使い方が上手くなってる。それとも、今まで能力を温存してた?いずれにせよ、そこの少年が余程大事らしい!」

 魔王は、俺を指差す。


「決めた!少年を生け捕り、餌にしてアリスについてきてもらおう!」




 魔王の光球の魔力密度で圧力が生まれ、気流のような風が起こる。


 アリスは身構える。


 ゴウゴウと耳元で風が震える。


 俺は、銃を魔王に向けて構えた。

 弾は、トウヤから受け取った狭範囲爆弾。

 俺が知る限り、最も人間の殺傷能力が高い爆弾。


 銃を持つ右腕が震える。

 また、大切な人を殺さないか?


 右腕を左の拳で叩く。

 恐れるな。アリスには当たらない。

 前に進め、俺!







 その瞬間。


 俺達と魔王の間に、長剣を持った男が降り立った。




 彼は膝を曲げたまま、地面に剣をまっすぐ、突き刺す。

 すると、気流が収まり、あたりは静まり返った。




 誰かがすすり泣く声が、聞こえる。


 後ろの方で、リリィがヒカリに抱かれた胸の中で、泣いていた。




「公安です。双方、矛を収めてください」

 男が発した言葉の響きは、驚くほど穏やかで。

 俺は、拍子抜けしたように肩の力が抜けてしまった。


 男は地面から剣を抜き、膝を伸ばして、魔王に向かい立つ。

 紺のスーツに身を包んだその風貌は、屈強な戦士というよりも温厚な紳士。

 だが、彼が立ち上がったその瞬間から、緊張感が一気に増した。

 

 彼から、一切の隙が見えない。


 俺がピクリとでも動こうものなら、彼が一瞬で斬りに来るような。そんな緊迫感がある。




「公安が出てきたか……まあ、そりゃそうか」

 魔王は、諦めたように指を弾く。

 魔王の手元で輝いていた光球は、花火のように弾けて消えた。


「ヒカリ、帰るよ」




 魔王の声がフロア内に響くや否や、男は剣の切っ先を魔王の腹に突き刺していた。




「転移魔法」




 だが、突き刺された魔王の体は揺らめき、闇に溶けるように消えた。




「あちゃー……余計な動きが多かったかな」

 男は、左手で頭を押さえながら、こちらを振り向いた。

「一人でも拘束できたら良かったのに」


 俺がハッとして振り向くと、後ろにいたはずのヒカリとリリィの姿も、もう無かった。




「皆さん、重傷者はいませんか?」


 男が尋ねた。


「重傷かは分かりませんが、負傷が大きいのはあそこの女性ですね」

 トウヤが、倒れている配信者狩り・炎羅えんらを指差す。

「誰が重傷だ、コラ……!」

 炎羅は、般若の面が外れた素顔でこちらを睨みながら、地面に手をついて立ち上がろうとしていた。


「ああ!無理しなくていいですよ、いま治癒するので!」

 男は慌てた様子で、炎羅の方に掌を向けた。


 男は、よく見ると若い。トウヤとも大して変わらない、大学生くらいに見える。優しそうな顔つきで、戦いが得意にはとても見えない。

 が、トウヤは男を見て、明らかに緊張していた。


「彼、最近新たに認定されたSSダブルエス級探索者ですよ。公安に所属したんですね……」

 彼は、つぶやくように言った。


「はい、もう大丈夫ですよ」

 男は、その場から一歩も動くことなく、言った。


 炎羅は、不思議そうにゆっくりと立ち上がる。

 体の傷が痛まないのに、驚いているようだ。

 男と炎羅は、何メートルも離れていた。

 普通、患部に手をかざさないと魔力で治癒はできない。遠距離の相手に治癒魔法を使える人間なんて、聞いたことないぞ!?




「ししょー、大丈夫?」

 アリスは、俺を心配そうな目で見つめた。

「ししょー、魔力が……」




「アリス!」




 フロアの奥から、さらに少年が一人、こっちに向かって走ってきた。




 彼は、見た目は俺達と同じくらい……高校生だろうか?とにかく、若い。先ほど現れた男と同じ、紺のスーツを身に纏っている。


「アリス、こんなところにいたんだな!」


 少年は、俺を肩で突き飛ばして、アリスの目の前に立った。


「良かった!」




「え……え?」

 少年は、困惑するアリスの背中に腕を回し、彼女を抱きしめた。




「心配したんだぞ!これからは、ずっと一緒にいような!」

「あ……ちょっと……やだ……」

 少年の腕に抱かれて、アリスは恥ずかしそうにしている。







 ……え!?誰!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る