第20話 覚醒

 ヒカリに斬られた配信者狩り・炎羅えんらは、予想以上のダメージに、頭から倒れ込んだ。




「キミも来てたんだね、妃香里ヒカリ

 そう声を掛ける魔王を無視して、ヒカリはリリィに手を差し伸べ、立たせた。


 リリィは炎羅に斬られたにも関わらず、平然と立つ。それを見て、思い出した。ヒカリは治癒魔法も使える。それも、かなり強力な。




「『アリスは処理しておいた』って、何?捕まえたんですか?」

 ヒカリはリリィの回復を確認した後、魔王を苦々しい表情で睨んだ。


「ドラゴンの群れに放り込んでおいた。10分くらいは戻って来れないだろう」

「アリスの『支配反撃エクスカウンター』を攻略するって話は?」

「うーん……いけそうかと思ったが、どうも無理みたいでね。どんなに頑張っても、アリス本人に攻撃が届かない。私の魔力でも出力不足のようだ」

「これから、どうするの?」

「とりあえずこの辺の人間で遊んで、帰ろうかなと」




「何しに来たのよ、結局ぅ!!」

 ヒカリは魔王を大声で叱り始めた。

「わざわざリリィまで連れてきておいて!何やってんだぁ!」


「い……いや、アリスの力量が分かったのは、収穫だろう?」

「最低でも連れて帰れよ!」

「『支配反撃エクスカウンター』のせいで触れないから、それは無理だ」

「そこを何とかするのが”魔王”だろうがぁ!……あれ?リリィのこの傷……」

「あっ」

「おい魔王!お前ぇ!またリリィ殴ったな!」

「いや、違うんだ。これは必要悪というだね……」

「よく分かんない言い訳すんな!」




「師匠殿」

 ヒカリと魔王が言い合いしている隙に、トウヤが耳打ちした。

「何か、策はありますか?僕は攻撃用の、魔力が籠もった道具なら複数用意しています」


 俺は、まずトウヤに1つ、重要なことを伝えるべきだと思った。

 それは、ヒカリが『心を読む』能力を有していることだ。

 ここで作戦を立てても、ヒカリに読まれれば作戦の裏をかかれてしまう。




「おにーさん達、ヒカリちゃんだけに警戒しても、無駄だよ」


 リリィが突如、俺達に向かって挑発するように言った。


「人の考えを読むことくらい、ボクも魔王様も、みんなできるんだから」




「へえ……興味深いですね」

 冷静に返すトウヤにも、声に焦りの色が見えた。

 敵が全員、心を読める?にわかに信じがたいが、リリィが俺の考えを読んだのは確かだ。そして、魔王が心を読めても、何ら不思議じゃない。

 策略で不利を覆そうにも、これでは策を弄するのも困難だ。




「ボクを斬ったおねーさんは寝てるから、代わりにおにーさん達に仕返しするね」

 リリィが右手首を捻ると、再び無数の岩石が宙に浮いた。

桜坂さくらざかくん……久しぶりだね」

 ヒカリが、俺とトウヤにナイフの切っ先を向ける。

「あー……キミ達、ちょっとは私にも遊ばせてくれよ。こんな機会、滅多にないんだから」

 魔王は、腕を頭の後ろに組んで、リリィとヒカリの後ろに控えている。




 そして、3人の前で倒れている、配信者狩り・炎羅。

 ヒカリに斬られた彼女は、うつ伏せで倒れている。

 流れる血で、彼女の下に血だまりができた。




――また、俺の前で死ぬのか?

 俺の脳裏に、またよぎる。

――なぜ?何がいけない?

 考えている場合じゃない。状況の打開を……

――あの時もそうだ、何がいけなかった?

 思い出してはいけない、何かを思い出しそうになっている。

――なんで俺は、人殺しになった?




 ちょうど、あの子も彼女のように、倒れて血を流して死んだ。


 地震の時から、立て続けに見たせいか。


 それとも魔王の異質な魔力にあてられたせいか。


 俺は、ついに思い出してしまった。







 俺は、忘れていた。

 本当は、自分が魔力を使えたこと。

 あの子を殺したこと。

 自分が人殺しであること。




 ――あの子は、名前をニコと言った。

 小学校からの同級生で、よく一緒に遊びに行った。

 ある日、ニコが俺に告白してきて、俺はニコと付き合うことになった。


 それから、1週間くらい経った頃。

 俺とニコが公園を散歩しているとき、地上をうろついているモンスターに遭遇した。


 本来、モンスターはダンジョン内にしかいないものの、地上に現れる可能性もゼロではない。

 そんな事実も、世間には全く知られていない時期だった。


 ニコを守ろうと撃った俺の魔法は、暴発した。

 それに巻き込まれた俺を庇って、ニコは死んでしまった。




 ――モンスターが現れたとき、公園には俺達以外、誰もいなかった。


 『モンスターが現れた』という俺の言葉は、自分を守るためのウソだと判断された。


 俺は、一度は警察に捕まったものの、魔法に明らかな暴発の痕跡があること、何らの大型動物の死骸が見つかったことから、事故と判定され、犯罪者となることは無かった。

 法律上は。


 『人殺し』

 まずは、ニコの友達に言われた。

 『ウソつき』

 『動物相手に魔法使ったの?』

 『人殺し』

 俺は、学校に行くのをやめた。

 『なんてことしたの?』

 『魔力なんてものがあるから……』

 俺は、魔力が使えることを忘れるように努力した。

 『事故なんだから。あなたは人殺しじゃないのよ』

 いや、俺は人殺しだよ。だって、みんながそう言うんだから。俺の魔法がニコを殺したんだから。

 あの時の血の臭いが忘れられない。

 赤い色が忘れられない。


 忘れろ。

 人殺し。

 忘れろ。

 ウソつき。

 忘れろ。

 魔力なんて嫌いだ。

 忘れろ。


 ネットを見て、配信者が仲間と何かをしている動画を見て、気を紛らわせて。

 こんな風に友達と気兼ねなく遊べたら、と思うことで、自分の過去を一生懸命忘れた。




 ――高校に入学する頃には、学校に通えるようになったけど、人との接し方を忘れていた。


 それでも俺は、友達が欲しかった。

 ダンジョン探索に誘われたときは、二つ返事でOKした。

 人殺しが仲間を作るなんて、とんでもない過ちだ。







「トウヤ、攻撃できる道具をくれ。何をもらったか、


 俺は、トウヤに提案した。


 ――炎羅とトウヤを殺さずに、この場を乗り切れるだろうか。

 ――けど、魔力を使わなかったら、どのみち殺される。

 それに、ヒカリとの戦いでもう、分かった。

 人の心を読む相手の攻略法。


「……任せましょう」

 トウヤは頷き、俺の前に出た。


「さて!ここに、無数の魔道具があります」

 トウヤは鞄を開け、中身が見えるように、魔王達に向けた。

「僕は今から、師匠殿にこの中から1つを渡します」


 トウヤは正面を向いたまま、鞄を背中の後ろに回し、魔王達から見えないようにした。

 俺にだけ、鞄の中身が分かる。

 1つ1つに名前の書かれたタグがついている。

 名前を見れば、俺でも機能が分かる道具がいくつかあった。




 俺は、その中から1つを選び、鞄から取ると、魔王達に向かって走り出した。




「何を……!?」

「さて、師匠殿は何を取ったでしょうか?ちなみに僕は知りません」


 突然の動きに、ヒカリは警戒した様子を見せる。


「そんなの、取ったあいつの心を読めば……!?」


 余裕の表情だったリリィも、俺の様子を見て顔色を変えた。




 俺は、トウヤからもらった道具を両手で隠しながら、さらにその両手に魔力を篭めた。


 俺の手の中に、大型の銃が現れた。




「桜坂くんが、魔力を!?」

「構築魔法か!面白い!」

 ヒカリと魔王が、口々に叫ぶ。




 俺は、銃口を魔王達に向けた。だが、明確な狙いはあえて定めず、銃口の向きは魔王、ヒカリ、リリィの3人の間をゆらゆらとさせる。


「そんなことをして、攪乱かくらんするつもり!?そんなの、考えを読めば一発で……」

 リリィが、俺の心を読みに来た。


「待てリリィ、!」

 何かに気づいたのか、魔王が叫ぶ。


 だが遅い。


 魔力の使い方を思い出した今なら、分かる。

 魔力を使って、敵が俺の心を読みに来た瞬間。


 今だ。


 俺の心を、見ろ。




 人殺しの記憶。

 人を殺した感触。

 大好きな人を、自分の手で殺した気持ち。

 血の臭い。

 目に焼き付いた映像。

 何年も苦しみ続けた、俺の心の痛み。

 後悔。

 不幸。

 誓い。

 追憶。

 また後悔。

 心が切り刻まれるような思い。




「な……何……?」

 リリィがその場にうずくまった。

「何よ、この記憶……あんた、こんなこと……こんな……」

「リリィ!」

 ヒカリがリリィに駆け寄る。


 魔王は、黙ってそこに立っている。動いていない。

 怯んでいるか?

 まずは、魔王から仕留める!







「本当に面白いね、キミは」


 魔王は姿を消し、俺の目の前に現れ、銃口を足蹴にした。


「だがその攻撃、魔王には届かない。なぜなら」

 俺に掌を向ける。

 そして掌の先に、光球を作り出した。

「魔の世界ではそんな記憶、ありふれているからだ」




「ししょー!!」




 声とともに突風が吹き荒れ、魔王が俺の前から吹き飛んだ。


 アリスが、風に乗りながらこちらへ向かってきていた。




「アリス!早!?」

 魔王は、吹き飛びながら驚きの声を上げた。

「まだ5分も経ってないよね!?」

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