第18話 虐〇配信
「そうそう、ネットの記事を見たよ。楽しそうだね、アリス」
”魔王”と名乗る黒ずくめの人物は、再びアリスの名を口にした。
間違いない。”魔王”は、アリスのことを知っている。
「だが、これ以上目立つと危険だよ。アリスの力は特別なんだから」
「何か、用ですか?」
アリスは、毅然とした態度だ。
「今、配信中なんです。帰ってください」
―― 不審者?
―― こいつやばそう
―― やっつけろー!
―― セレアーマーってやつを瞬殺してる時点でやばそう
配信を見てる視聴者には分からないだろう。
“魔王”が放つ圧倒的な存在感。
普通に応対しているアリスが、異常だと思えるような威圧感が、あたりに満ちている。
「ヒカリも、言ってただろう?」
この言葉で俺は、確信した。
ヒカリが言った『魔王様』は、今、目の前にいる”魔王”のことだ。
「こっちに来なよ、アリス。誰かに狙われても、キミのお友達は助けてくれないぞ」
「そんなこと……!?」
アリスは言っている途中で、何かに気づいたような顔をした。
そして、いきなり俺の肩を掴み、横へ跳んだ。
魔王の目の前の地面と天井が、割れた。
いや、斬られた。
そのことに気づいたのは、後方で爆発音が聞こえ、俺が振り向いたときだ。後方の壁に、縦一筋に斬られた跡が残っている。
斬撃の跡は、地面付近が少し歪んでいる。アリスの能力『
おそらく、アリスが動いて斬撃を逸らさなければ、俺は斬られていた。
「ここは狭いな」
アリスに押された俺が地面に倒れ込む間に、魔王は不満げに口にした。
「何するんですかっ!?」
急いで立ち上がったアリスが、魔王に向かって怒鳴る。
そのとき、アリスが目に着けている仮面にヒビが入り、割れて地面に落ちた。
アリスの怒りで、割れた?
いや、まさかな。
「何って、キミの友達が役に立たないって教えるために……」
魔王は、アリスの方へ右掌を開いて向けた。
「腕と耳を切り落とそうと思っただけだ」
溶岩のように密度の濃い炎魔法が、アリスと俺の目の前で放たれた。
アリスが俺の前に立ち、炎を受け止める。
炎はアリスの前で一旦勢いを弱めるが、跳ね返りはしなかった。
アリスの前で少しだけ方向を変えて、炎が、俺達の脇をもの凄い勢いで通り過ぎた。
アリスのマスクの紐が切れて、マスクが地面に落ちた。
アリスの服の左袖が、焦げた切れ端になって地面に落ちる。
やっぱり、そうだ。
魔王の攻撃を、アリスは操りきれていない。
「やっぱり、攻撃が当たらないな」
魔王は、興味深そうな言い方で独り言を呟く。
「もうちょっとで当たりそうなんだけどなぁ」
今までのモンスターや配信者狩りとは、違う。
こいつ、ヤバい……!
「魔王様ぁ!」
魔王の後ろの方から、高い叫び声が聞こえた。
「はぁ、はぁ……!」
ダンジョンの奥から、息を切らしながらやってくる女の子が現れた。
小学生高学年くらいの、幼い少女だ。
「やっと追いついた……」
「おい」
魔王は、少女の後頭部を左手で掴むと、少女の頭を地面に叩きつけた。
「ぶっ……!」
「どこをのんびり歩いてたんだ、リリィ?」
苛ついた声で、魔王は少女を叱る。
「ご、ごめんなさ……」
「うるさい、喋るな」
魔王は、少女の頭を少しだけ持ち上げると、彼女の額をもう一度地面に打ち付けた。
「ほら、立て」
魔王が手を離すと、少女はゆっくりと立ち上がった。
涙目で、額からはダラダラと血を流し、鼻血で口元が真っ赤になっている。
「なんでそんな酷いことをするの!?」
アリスが怒声を上げる。
「うるさいなぁ。キミは知らないだろ、私とリリィの関係を」
魔王は、めんどくさそうに顔を逸らした。
「気になるなら、こっちに来いっての」
アリスと魔王のやり取りに気を取られていた俺は、ふと気づいた。
右手に持っていたカメラが、無い。
いや、ある。右手から離れて、俺の顔くらいの高さの、宙に浮いている。
首に紐で掛けていたスマホもだ。カメラと一緒に宙を舞っている。
2つとも、俺から逃げるように離れて、魔王のもとへ飛んでいった。
魔王は、飛んできたカメラとスマホをキャッチした。
「ありがと、リリィ」
「えへへ……」
リリィと呼ばれた少女は、血まみれの顔で、嬉しそうにはにかんだ。
魔王は、俺達にカメラを向けた。
まずい。今のアリスは仮面もマスクも着けてない。
いや、そんなことを言ってる場合ですら、ないかもしれない。
今、一番まずいのは、アリスの能力が魔王には通用しないかもしれないってことだ……!
「こんなものが流行ってるって最初に聞いたとき……クックックッ、驚いたよ」
魔王はスマホをマントの中へ隠し、片手でカメラを構えながら、笑いを必死に
「こんな、自分が苦労している様子を、自分で撮影して公開してる奴が山ほどいるなんて!なんて滑稽な奴らだ!」
そして魔王は、右の掌をダンジョンの天井に向けた。
「ダンジョンの主が外に出るのは、セオリーではないんだけどね」
魔王の掌から、天井を覆うくらいの強大な炎が放たれた。
炎は天井を飲み込み、聞いたこともないような轟音を上げ、消えた。
俺達の真上の天井は無くなり、上階は消し飛び、地上の曇り空が丸見えになった。
「私は自虐的なネタは得意じゃないから、こうしよう。アリスの『
さらに、魔王はアリスの方へ、掌を向けた。
「地上の人間達を虐殺する配信をお送りするよ」
暴風が吹き、アリスの体が空へ飛んだ。
「ししょー!」
アリスが叫んで手を伸ばすが、その目の前に魔王が現れる。
魔王はさらに風魔法を撃ち、アリスを地上まで押し飛ばした。
「リリィ、ここで遊んでな」
そう言って、魔王は姿を消した。
その直後、地上で複数の爆発音が鳴っているのが聞こえた。
外で戦っているのか!?
だが、あの規模の攻撃が街に飛んだら……
「おい、なにボーッとしてんだ?」
少女の声。
俺は、リリィを見た。
「今から、ボクと遊ぶんだよ。ここにいるみんな」
リリィの声を合図にするように、周囲の岩陰から複数の人間が飛び出した。
各々が、剣や槍などの武器を携えて。
さらに別の複数箇所から、攻撃魔法が放たれた。
「おとなしくしてもらうぞ!」
俺の横からは、拳銃を持った男がリリィに向かって歩みを進める。
そうか。
この”10本道ダンジョン”に挑戦していた探索者達か。
俺達の配信を見て異常事態に気づき、駆けつけた者もいるかもしれない。
中には、有名なS級探索者もいる。魔王本人ならともかく、このリリィという少女だけなら何とかなりそうな面々だ。
……と思ったが、甘い考えだった。
リリィの周囲を、無数の岩石が浮いて飛び回り始めた。
魔力を纏った大きな岩石が探索者の魔法をかき消し、跳びかかった探索者をなぎ倒す。
俺の横にいた男の拳銃は、一つの岩石が撃ったレーザーにより、破壊された。
物体を浮かせて、魔力を纏わせ、ぶつけたり魔法を撃たせたりする……『
「よっわ」
リリィが呆れたような素振りを見せると、高速で飛ぶ岩石が俺の横の男にぶつかり、男を奥の壁まで吹き飛ばした。
「チッ!」
一人、攻撃を受けてもなお倒れなかったS級探索者が、剣でリリィに斬り掛かる。
「やだぁ。子どもに剣で斬り掛かるなんて、ひどくないですかぁ?」
余裕の表情のリリィの前に岩石が飛んできて、探索者の斬撃を受け止めた。
別の岩石が放ったレーザーが、探索者の足首を撃ち抜く。
「ウッ!」
探索者は、ひざまずくように地面に膝をついた。
「おまえ」
リリィは、俺に向かって指を差した。
背筋が凍る。
「暇そうにしてんじゃねぇよ」
俺の顔面めがけて、人の頭と同じくらいのサイズの岩が、飛ぶ。
剛速球のようなスピード。当たれば顔面が吹き飛ぶ。
避けられない。
俺の目の前で、岩が弾かれて飛ぶ方向を変えた。
岩はブーメランのような曲線を描いてリリィの方へ飛ぶ。
リリィは岩を片手で弾いたが、そのあと痛そうに手を振るっている。
「ししょー!大丈夫!?」
アリスが、地上の穴から俺のところまで飛んできていた。
「アリ……」
「他人の魔力で器用に飛ぶね!」
アリスに続いて、魔王がここへ降りてきた。
「だが、こっちもそろそろ攻略できそうだよ、『
魔王は、両腕を広げ、両の掌に光球を作り出した。
身の毛がよだつ。
奴の攻撃は、アリスでも跳ね返せはしない。
今撃たれたら、倒れている探索者の数人は確実に死ぬ!
「痛いなぁ!」
リリィが、不機嫌な顔で俺達を睨む。
リリィの周囲は、魔力を帯びて紫に光る岩石達が、無数に宙に浮いている。
他の探索者どころじゃない!俺も普通にヤバいだろ、どう考えても!
どうする!?考えろ!何か打開策を……
……。何も思いつかねぇ……
「おい、そこのガキと『魔王』とか名乗ってるやつ」
上から、声が聞こえた。
「カメラ持ってるってことは、配信者だよな?」
聞き覚えのある、声。
その声の主は、般若の面を着け、刀を手に俺達の前へ降り立った。
「配信者狩りの『
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