第17話 魔王降臨1

 俺とアリスの配信デビューから、1ヶ月。


 チャンネル登録者数は80万人を越えた。


 地震のときの救助活動がネットニュースの記事になり、検索サイトのトップに載ったのは大きかった。記事のタイトルは『ダンジョン探索中の災害の危険性』。俺達を勇者ヒーローと祭り上げるような記事ではなかったが、今まで俺達を知らなかった層が配信に来るきっかけとなった。

 さらに、一緒に救助活動をしたトウヤが、動画で俺達の話題を出したのも影響力大。彼の視聴者からも、かなりの数が俺達の配信に来ている。




 中層探索は、今日までに2回配信した。

 どちらも、アリスの強さのおかげで危なげなく終えられた。これも、人気上昇に繋がったようだ。大抵の配信者は中層だと苦戦が多く、ハラハラさせられる場面が多い。アリスの場合、中層のモンスターも涼しげな顔で圧倒するので、見ていて心地いい、というコメント多数。







「”10本道のダンジョン”が、一位だね」

「探索が進んでないらしいからなぁ」

 放課後に、アリスとカフェで次の探索先を打ち合わせる。

 これも今や、日課の1つになった。

 最近、探索するダンジョンをSNSの投票で決める、という企画を始めた。今日は、その投票結果を一緒に見ている。


「ヒカリちゃんがいなくなったダンジョンだねぇ」

「あ、ああ……」

 自分から言うのか……その話題は避けようと思っていたが、そんな気を遣う必要は無かったようだ。


 ”10本道のダンジョン”とは、序盤で10方向に通路が分かれていることから名付けられたダンジョンだ。道が入り組み、巣くうモンスターも強く、ダンジョンが発見から1ヶ月以上経った今も探索があまり進まず、深層に辿り着いた探索者は未だゼロ。


 そして、アリスが俺の弟子になったダンジョンでもある。


「そういえば今日、先生から聞かれたの。行方不明のヒカリちゃんについて、何か知ってるか?って」

「今更?前にも聞かれたんじゃないの?」

「うん。でも一昨日おとつい、街でヒカリちゃんを見た人がいるんだって」


 いぬいヒカリは、俺とアリスのクラスメイトだ。

 俺と配信を始める前は、アリスと一緒にダンジョン探索をしていた。

 本人いわく、S級探索者。少なくとも、並の探索者では歯が立たないくらいには強い。おまけに『人の心を読む』という能力持ち。


 俺のパーティと一緒に探索中、突然裏切り、アリスを”魔王様”の元へ連れて行こうとした。

 何とか撃退したが、以来、行方不明。学校にも自宅にも、一度も姿を見せていない。


 ”魔王様”とはいったい何者なのか?捕まえて問いただすこともできない。


「なあ、アリス」

「はい、ししょー!」

「”魔王”って、いったい何者なんだろうな」

「そういう名前の人なんじゃないの?」


 そう言うと、アリスはマスクの紐を片耳だけ外して、ドリンクのストローに口をつけた。

 アリスは左頬に、十字架の紋章がある。日本最強と名高いSSダブルエス級探索者の頬には紋章がある、という噂が広く出回っているので、彼女は身バレ防止のためマスクを常用している。


「”人”って……人間なのかな?」

「んー……」


 俺の質問を聞きながら、アリスはストローを吸う。マスクを外したアリスは美少女過ぎて、その所作まで思わず見とれてしまう。

 白く細い指がストローを軽くつまんで、桃色の唇でくわえる。一つ一つが、いちいち可愛らしくて、美しい。


 ……あんまり見てると気持ち悪い奴だぞ、俺。


「でも、少なくとも話は通じるんじゃない?」

 ストローから口を離して、アリスが言う。


 ”魔王”というと、ゲームに出てくる”魔王”は大抵、モンスターの親玉だ。ということは当然、”魔王”もモンスターなわけで。


「話の通じるモンスターかもしれん」

「そうかな?」

「人間だと思うの?」

「んー……分かんない」

「……まあ、どっちでもいいか」


 裏切った当時のヒカリの発言によれば、”10本道のダンジョン”の最深層よりも下に行くと、”魔王”に会えるのだとか。

 だが、次の探索も中層より下に行く気は無い。魔王に会うことは、きっと無いだろう。

 仮に会ったとしてもアリスの方が強いだろうから、心配にも思わない。




「せっかく一位だし、行く?”10本道のダンジョン”」

「はーい!」

 俺の案に、アリスは快く同意した。







 2日後、俺達は”10本道のダンジョン”の前で、配信を開始していた。


「こんにちは!”でし子”です!今日は投票で一位になった”10本道のダンジョン”に挑戦したいと思います!」



―― こんでしー!

―― わくわく

―― 気をつけて!

―― 中層までは余裕かな

―― 2階で最深層のドラゴンが出るらしいから、気をつけないと危険だぞ



「今回は、このダンジョンの中層を目指します!他のダンジョンより危険な箇所が多いので、気をつけて行きます!」




 入り口を通過してしばらくは、壁も天井も雑草に覆われた一本道。

 以前に来たときのことが、思い出される。

 ただ、その時より雑草が伸びている、ような気がする。前方が、より見通しづらくなっているような。


 そしてまもなく、これも以前に見たことがある、10方向の分かれ道に着いた。


「アンケートを採ります!どこに行きましょうか!?左から順に……1,2,3,4,5,6,7,8,9,10番!」


 一応、どのルートも調べられる範囲までは調べた。

 10本中、8本の通路は中層までのルートがネットに載っている。

 他の2本は、できれば引きたくない。

 そのうち1本……7番のルートは、以前ここへ来た時に選んだルートだ。森林を過ぎた先の崖を降りて、さらにドラゴンの生息地を抜けなければならない。最深層レベルの難易度と言われており、現状では突破率0%。

 もう1本……3番は、懐中電灯の光すら全く通らない、完全に暗闇のフロアがある。そして、ここに入った探索者の半分くらいは、入ったっきり戻ってこない。ぶっちゃけ行きたくない。このルートがもし選ばれたら、暗闇フロアの手前で『カメラに全く映らないので、引き返します』と言い訳して帰ろうか、と俺は密かに思っている。




「集計が終わりました!」


 アンケート結果を見ると、『4番』となった。

 よかった。難易度としては、10本中5位か6位くらい。モンスターは中層くらいの強さだが、アリスなら問題ない。



―― 7番がよかったなあ。ドラゴンをどう処理するか見たかった

―― 安全なルートでいいよ

―― 3番がよかった

―― 3番は帰ってこれないから絶対だめ



 色々なコメントがあるが、俺達は危険な冒険をする配信者ではないのだ。堅実にいく!


「4番に行きます!何があるでしょーか?楽しみにしつつ、気をつけていきます!」




 4番の通路に入ると、まずは朽ちた木で作られた階段を降りることになる。壊れそうか不安になるが、不安感から端を降りようとすると針が突き出てくるトラップに引っかかる。階段の真ん中を、ギシギシ言わせながら進むしかない。




「あれっ?人がいますね。探索者さんかな?」


 階段を降りた先で、アリスが誰かを見つけたようだ。




「おや!?奇遇ですね!」


 その男は、アリスを見るなりこっちに寄ってきた。

 全身に金ピカの鎧をまとい、剣も金ピカ。周囲に3人のカメラマンを控えさせている。

 最近絶賛売り出し中、セレブイケメン系配信者(自称)の……


「セレアーマーと申します!以後、お見知りおきを!」




 用意したようなリアクションと素早い挨拶。さては俺達の配信やSNSを見て、行き先を予測して動いてるな?


「ぜひ、ご同行を!」


 俺達の人気にあやかって、知名度を上げようとしているのか。こういう奴と遭遇するなら、アンケートで行き先を決めるのも考えものだな。


「あー……ごめんなさい、配信してるので、今は私達だけで探索します」

「じゃ、じゃあ、コラボ探索でも……」

「お話なら、また後でね」




「そ……それなら、中層まで競争だ!中層到達RTA!行くぞー!」


 アリスに邪険に扱われ、ばつが悪くなったのか、セレアーマーは俺達に背中を向けて一目散に走り出した。

 慌ててそれを追うカメラマン達。だが、セレアーマーの移動速度に全くついていけてない。

 それもそのはず。ああ見えてセレアーマーはA級探索者だ。

 彼の動画は、一度だけ見たことがある。彼の長所は、鎧を着ても尚、高速で動けること。そのスピードはあのトウヤもお墨付きで、S級探索者にも匹敵する速度……




 の、はずなのに。







「やあ。不用意に走ると、危ないよ」







 セレアーマーの首を鎧ごと掴み、正面から歩いてくる、黒のマントを羽織った……おそらく、人間が、現れた。

 黒の手袋もしていて、全身黒ずくめ。

 フードを深く被っており、顔は全く見えない。

 声は、マイクか何かを通したような声で、性別も年齢も、一切予測できない。


「ダンジョン内じゃ、こうやって狩られる危険がある」


 そいつが手に力を込めると、首元の鎧が砕けて、生身の首が締め上げられた。


「ぐ……あ……」

「配信を見て、せっかくだからここまで来てみたんだ。はぐれドラゴンを狩る用事もあったしね」

 気を失ったセレアーマーを掴んだ手を離すと、もう片方の手に掴んだドラゴンの頭を、こちらに見せた。


 そのドラゴンは、俺が以前、このダンジョンで見たドラゴンよりも、大きかった。

 それが、頭を人間の手で掴まれ、その大きな体躯を引きずられ、白目を剥いて気絶している。


「ダンジョン管理というのは、暇つぶしには最適だ。君もやってみるかい、?」




 今、なんて……?


 こいつ、アリスのことを知っている!?




「ああ、こんな地上に来たのは、久しぶりだ」

 黒ずくめの人間はそう言って、ドラゴンの頭を手から離す。

 ドラゴンの頭がドシャ、と重量感のある音を立てて地面に落ちる。

 そして、彼……もしくは彼女は、のんきに背伸びをした。




 アリスは、何も言わない。


 俺は、アリスの隣に立ち、彼女の表情を見た。




 これまでに無い緊張に満ちたおも持ちで、黒ずくめを睨んでいる。




「あ、あなた、誰ですか?」


 緊張感に耐えられず、俺は問いかけた。




「私か?」


 背伸びを終えた黒ずくめの人間は、俺を見た。




 その瞬間、髪の毛一本一本まで虫眼鏡でじっくり観察されているかのような、鋭い視線を全身に浴びた……そんな気がした。


 こいつからは、もう逃げられない。


 そう直感した。







 そして目の前の人物は、俺の質問に答えた。




「私は”魔王”だよ」

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