第16話 勇者
天井に開いた穴から上のフロアへ登るのは、トウヤの風魔法の力を借りれば難しくない。1フロアずつ穴を通って登っていき、6階層上のフロアまであっという間に到達できた。
「繰り返しになりますが、僕は下で光魔法の準備をします。なので、師匠殿が落下する際の補助はできません。いいですか?」
トウヤは、俺の案に乗り気ではない。ここへ来る前も、彼は俺に同じ忠告をした。
「大丈夫、何とかします」
俺は、震える拳を隠しながら、返事をした。
本当は、大丈夫じゃない。
ここからアリス達のいる一番下のフロアまでは、7階層、約50メートルの距離を落下することになる。
アリスまで辿り着けば、着地時の衝撃はアリスが操り、俺は無衝撃で到着できる。問題は辿り着くまでだ。地面に開いた7つの穴をくぐり、7階層下のフロアまで落ちるわけだが……穴の位置はそれぞれ、上下左右に若干ずれている。全ての穴をくぐり抜けるには、限られたルートをまっすぐに落ちなければならない。
だが、落下の勢いで体の制御が効かない中、そんなことをするのは、並大抵のことではない。
「何か秘策があるのか、それとも単なる無謀なのか……僕は、それをあなたに問いはしません」
トウヤは、俺に背を向けて言った。
「問うてあなたが何を答えようと、信用に足る根拠は無いからです。かつて僕の元を去ったアシスタントが、そうでした。彼の言葉には説得力があったが、彼の行動は、その言葉とかけ離れたものだった」
「……」
「だから、あなたが成功するか、失敗するか……その結果だけを僕は受け入れます。とにかく、あなたが全力を尽くせるよう、祈りますよ」
「……ああ」
「……お弟子さんを、泣かせないでくださいね」
トウヤは、地面の穴を順番に降りて、下のフロアへ向かった。
きっと、トウヤは俺のことをずっと疑っている。本当は”でし子”が尊敬するような能力など、持ってないんじゃないかと。
きっと、アリスは不安に思っている。上へ向かう俺を見送る彼女の目は、心配でいっぱいだった。
俺はバカだ。
この作戦が成功しても、
それどころか、失敗すれば俺も死ぬ。この作戦を了承した、みんなに心の傷が残るかもしれない。
それでも。
助ける方法が思いついたのに、試さずに見捨てることは、できない。
大丈夫だ。最初の踏み切りに失敗しなければ、決して無茶な挑戦ではないはずだ。
恐怖に負けたら、踏み切りに失敗するぞ。
やると決めたんだ、今更、怖じ気づくな。
「準備はいいですかっ?ししょーが地面に降りたら、全ての攻撃を私に撃ってください!」
アリスが、トウヤの光魔法用の”
「準備はいいですか?ししょー!」
アリスが、こちらを見上げた。
彼女が立っている場所めがけて落ちることができれば、成功だ。
飛び降りる位置を、何度も慎重に目で確認。
大丈夫だ。きっといける。
「いけます!」
俺は、自分にも活を入れる気持ちで、力一杯叫んだ。
「お願いします!」
アリスは、俺に応えるように叫んだ。
俺は、意を決して飛び込んだ。
落下位置は悪くない。あっという間に3つの穴を抜け、残り4つ。
落下の速度は、ぐんぐんと上がる。
5つめを抜ける頃には、思考が落下速度に追いつかない。
だが、ほんの一瞬だが、見えた。
最後の穴の端に、ぶつかる!
手足がぶつかるくらいなら死にはしない。
だが、ぶつかる体の部位を調整することなど、この落下の勢いでは不可能だ。
既に体の傾き加減が変わり、頭から落下する状態。ぶつかるのは、頭だ……
……落下の方向が、強い風によりほんの少し、それた。
風の障壁のようなものを感じた。
そして、その瞬間、ほんの一瞬だが、杖を構える、
ほんの少し、表情を緩ませて。
『俺だけ仲間はずれには、させないぜ』って、顔で。
「オーケーです!」
アリスが叫ぶ。
気づけば俺は、アリスの足下に倒れていた。
アリスが手を掲げた頭上には、暴風のような強い空気の流れが、渦を巻いている。
成功したんだ。
そう思うと同時に、トウヤの光魔法がアリスの頭上を通過した。
トウヤの放った光の弾は、アリスの頭上で歪み、暴風と混ざって大きなうねりを作る。
「うおおおお!」
それに向かって、リーダーが鉄球を振り回した。
「スイング……クラッシャー!」
鉄球から放たれた衝撃はアリスの頭上のうねりに飲み込まれ、さらに強大なエネルギーの奔流を作った。
アリスはそれを、
瓦礫は、その攻撃を一旦は受け止めた。
だが、次第に瓦礫は震え始め……
ついには、粉々に砕け散った。
瓦礫が砕け散ると同時に、アリスの放ったエネルギーは全て消滅した。
「成功です!」
アリスは、俺を見下ろして満面の笑顔を見せた。
ただ、その目には……
「まだまだ、これからですよ!」
トウヤは医療キットを手に、急いで
「応急処置をします!手が空いている者は手伝いを!」
「うわあぁぁん!」
フロア内に、アリスの泣き声が響いた。
アリスは俺を抱きしめて、大声で泣き出した。
「ししょー、よかった……よかったぁ……!」
涙でマスクをぐちゃぐちゃに濡らして、俺の服まで少し濡らしながら。
その全身で、柔らかな温もりを俺に与えながら。
「ご、ごめん……」
俺は、アリスの勢いに圧倒されながら、小さく謝った。
でも、心の中には、喜びと幸福感があった。
生きてここにいる喜びと、アリスに大事に想われている幸福を、胸いっぱいに感じた。
トウヤは
アリスが大泣きから小泣きくらいに落ち着いて、俺がトウヤのもとへ向かったときには、トウヤは既にリーダーと共に応急処置を終えていた。
「内臓の損傷はありそうですが、呼吸は落ち着いているし、魔力も安定しています。命に別状は無いかと」
俺が傍に来ると、トウヤは言った。
「ありがとう……トウヤ、ありがとう」
「何言ってるんです?瓦礫が乗ったままでは、瓦礫の魔力にあてられて確実に死んでいました。あなたの功績です」
「いや、そんな……」
照れて視線を外すと、俺は瓦礫の隙間に落ちているカメラを見つけた。
「あれ?あれって……」
俺は、瓦礫が崩れてこないか注意しながら、そっとカメラを拾い上げる。
これだけのことがあっても、カメラは未だに録画を続けていた。
さらに、その近くに俺のスマホが落ちているのも見つけた。
画面を確認する。スマホは、支障なく動作した。
なんと、まだ配信を継続中だった。
「あ……でし子さん!マスク外すの、向こう向いてやって!」
俺は、涙で濡れたマスクを外そうとしているアリスに向けて注意喚起した。
「配信、まだ続いてる!」
俺は、配信画面とコメントを確認した。
カメラとスマホは地震発生時に俺の手から離れた後、
以降、カメラはずっとこのフロアの様子を配信していた。
音声は乱れてあまり取れていないが、映像に関しては俺が落下してアリスが瓦礫を破壊するところまで、しっかり撮影されている。
『お願い……ザザ……』
『ゴオオォォ……』
『……です!』
こんな感じで、作戦の話し合いの音声もほぼ聞き取れないので、俺が突然、上から颯爽と降りてきたような映像になっている。
―― 師匠きた!?
―― 師匠の動き、とんでもない速さだな。さすがでし子の師匠だわ
―― 地震、地上は全然揺れてないよ!
―― 近くで瓦礫に挟まってる人、血出てない?やばくない?
―― みんなで瓦礫を撤去してたのか
―― 師匠も加勢したおかげで瓦礫、なんとかなったな
―― 治療してるのトウヤじゃない?
―― 師匠がカメラにきづいたw
「え、えーと……すいません、配信中に地震が起きまして……」
―― 師匠だ!
―― 声はじめてきいた
―― でし子も師匠もお疲れ様!
「瓦礫に挟まれてる人がいましたが、何とか応急処置して、今は救助を待ってます」
―― 師匠が降りたって瓦礫壊すの、ヒーローみたいだった
―― 師匠、本当にすごい人だったんだな
……ん?何か、勘違いが始まってませんか?
―― ところで、一緒にいるのって、動画作成者のトウヤ?
「どうも、不本意な形ではありますが”でし子”さんとコラボしてしまいました、トウヤです」
トウヤが、俺の横に来て勝手に喋り始めた。
ニヤニヤしている。あ、こいつ、楽しんでるな!?
「現場に居合わせて救助に挑みましたが、僕だけではどうにもできない場面が、いくつもありました。特に最後はご覧の通り、師匠殿がいなければこちらの女性は、助からなかったでしょう」
―― すげえ
―― トウヤも認めたか
―― でし子も映してー!
「まさに師匠殿は、今回の
くっ、トウヤめ……また厄介事が起きそうなことを……
「みんな、お待たせしました!」
予備のマスクに付け替えたアリスが、俺とトウヤの後ろから顔を出した。
「中層探索が途中で終わっちゃってごめんなさい!探索はまた今度、ちゃんとやりますね!」
―― でし子ー!こんでしー!
―― こんでし!
―― いいよ、探索はまた今度で
―― 意図せずトウヤとコラボできたな
―― まぶた赤くなってる?
アリスは、嬉しそうな笑顔を見せる。
……とにかく、みんな助かって本当によかった。
勇者といえば”魔王”ってのがいるって、誰かが言ってたっけ?と、ふと思い出した。なんで、こんなこと思い出したんだろ。
救助は、この1時間後くらいに到着した。その間に、
今日の出来事は後日、ネットニュースでも取り上げられた。
その結果、起こった事態は……俺の想像を超えるものだった。
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