第15話 パニック

 俺とトウヤが駆けつけたとき、魔法使いウィザードは大きな瓦礫に囲まれて、身動きが取れない状態だった。

 そこに群がる小悪魔ゴブリンが4匹。大きさはどれも、小川で俺を襲ったものと同じくらい。2匹が、身の丈よりも長い槍を持ち、瓦礫の隙間から魔法使いウィザードを突き刺そうと、何度も試みている。


「助けてくれぇ!」


 走ってくる俺達を見つけると、魔法使いウィザードは悲痛な叫び声を上げた。




小悪魔ゴブリンは、多少の知能があるのが鬱陶うっとうしいですね」


 トウヤは走る速度を上げ、小悪魔ゴブリン達に向かっていった。

 小悪魔ゴブリン達がそれに気づき振り向く瞬間、トウヤは既に剣を振るっていた。

 2匹の槍を持つ腕を斬り、舞うように体を回転させながら、次々と小悪魔ゴブリン達を斬り捨てる。

 最後の一匹が一矢報いろうと空中へ跳び上がったとき、トウヤは最後の一撃を振るった。

 空中の小悪魔ゴブリンはトウヤの頭上を通り過ぎて、地面へ頭から落下した。




「あ、ありがとうございます……」

「この瓦礫を崩すには、魔力の”溜め”が必要ですね」


 魔法使いウィザードの言葉を気にも留めず、トウヤは俺を見て言った。


「早速ですが、師匠殿の手助けをお願いすることになりそうです。いいですか?」


 俺は、即座に返答する。

「もちろん。そのために、来たんだ」




「では、マーカーを両手で高く掲げてください」

 トウヤは俺に”マーカー”と呼ばれる短い杖を手渡すと、俺と瓦礫の中の魔法使いウィザードから10メートルほど離れた。


「腕が疲れても、絶対に下げないように。魔法が師匠殿に当たります」




 ”マーカー”の使い方は、トウヤの動画で見たことがある。

 ”印”は、狙いを定めづらい高威力の魔法を撃つ際に利用するものだ。魔法が自動的に”印”の放つ魔力めがけて飛んでくれる。しかし”印”が効力を発揮するのは、誰かが持っている時だけ。

 なお、”印”を持つ人間が魔力を使える必要は無い。瓦礫の中の魔法使いウィザードは手を挙げるスペースが無い。ということで”印”持ち係は、俺が適任というわけだ。




 トウヤは剣を鞘に収め、両手を正面に掲げて目を瞑った。

 掲げた掌の前に、最初は小さな光の弾が見えた。

 それはみるみる大きくなり、その直径はトウヤの身長よりも大きくなった。

 大きな光の弾の下端が地面に触れた。ジュウゥ……という何かが焼けるような音とともに、地面の土が消滅するのが見えた。


「いきます!」


 トウヤの合図と同時に、光の弾がこちらへ向かってくる。

 いや、このデカさだと“印”ごと俺に当たらないか?俺は心配になり、”印”を腕が引きちぎれんばかりに上へ掲げるが、どうやら杞憂のようだ。光の弾はちゃんと俺の頭上を通過し、”印”の上を通っていった。


 光の弾は、通過した領域の瓦礫を飲み込み、消滅させていき、俺と魔法使いウィザードの上を通り過ぎたあと、空間に滲むように消えていった。




「ご協力、ありがとうございました。残りの瓦礫は、簡単に除去できるはずです」

 トウヤは、俺から”印”を回収すると、魔法使いウィザードの頭上に残っていた薄い瓦礫を、魔法で手早く撤去した。

「ケガは無いですか?」


「ありがとう、助かった……」

 魔法使いウィザードは、安堵のため息を漏らした。

「だから言ったんだ、俺達に中層は、まだ早いんだって……」




「”でし子”さんの方へ行きましょうか。先ほど救助した方、ついて来れますか?」

 トウヤは、もう次の場所への移動を始めようとしていた。アリスの方は?と思い、俺はトウヤから事前に渡された連絡用のスマホを見た。が、アリスから救助完了の連絡は無い。トウヤが、こちらの救助が完了した旨を既にチャットで報告している。いつの間に……


「じゃあ、一旦でし子と別れた場所に戻って、そこからリーダーの説明したルートを……」

「必要ありません」

「えっ?」

「周辺のマップは頭に入っています。最短距離で行きましょう」


 さすがトウヤ、すげぇな……


「救助はスピードが命ですからね」







「動画ではアシスタントがいましたよね」

 俺は、走りながらトウヤに尋ねた。

「動画では”印”を持つのも、その人がやってて……今日は、来てないんですか?」

「もうとっくに辞めましたよ」

「えっ!?」

「深層の探索中、パニックになって、機材を持ったまま逃げていきました。その後、消息不明です」


 俺は驚きで足が止まりそうになったが、トウヤに置いていかれそうになったので慌てて走る。


「た、大変でしたね……」

「なので、他人は信用しないようにしてるんです」







 俺達は数分で、アリス達が向かった、回復役ヒーラーがいる場所の真上に到着した。

 回復役ヒーラーは地面の崩落により、1つ下のフロアへ瓦礫と共に落ちてしまったらしい。その場所は、地面だけでなく頭上も崩落しており、視線を上げると5つほど上のフロアまで見える。

 下は、高さが5メートルくらいのフロアで、見下ろすとアリスとリーダー、そして、瓦礫に挟まれた回復役ヒーラーの姿が目に入った。


「あっ、ししょー!」

 アリスは、俺達に気づいてこちらを見上げた。

「ダメです!この瓦礫、魔力が混ざってて手榴弾で壊せないの!」

 そして、わずかに声を震わせながら、叫んだ。

「私の手榴弾は移動用で、威力を抑えてあるから……!」




 状況は、魔法使いウィザードよりもはるかに悪かった。

 倒れている回復役ヒーラーの上には真っ黒で分厚い瓦礫が、重々しく乗っている。


 回復役ヒーラーの女子はうつ伏せで横たわり、胸から上だけが瓦礫の外に出ている。




 彼女は、血でできた赤い水たまりの中で、倒れていた。







 ――なんで俺は、ダンジョン探索なんて始めたんだ?

 突然、俺の脳裏を疑問がよぎった。

 ――なんで配信なんて始めたんだ?

 今の状況とは、全く関係のない……

 ――人が死ぬ可能性があることくらい、わかってたじゃないか。

 思い出してはいけない、何かを思い出しそうになっている。

 ――それが嫌だから、目立たず平穏に、楽しく生きることだけを考えてきたのに。

 昔、必死で忘れて、やっと忘れたことも忘れられた、悪夢のような記憶を。

 ――また、自分の手で人を殺すことになったらどうする?




「うわああぁぁ!」

 俺は、魔法使いウィザードの悲痛な叫び声を聞いて、我に返った。

「だから言ったんだ!中層なんてまだ早いって!反対しただろ!行きたがったのはお前だけだ!責任取れよ!」

 上階から浴びせられる言葉を、リーダーは黙って聞いている。

 普段は何か言われたら、すぐに暴言を返していた男が、黙って俯いている。


「何とか言えよ、このうすらバカ!お前がちゃんと考えないから……」


 さらに怒りの言葉を浴びせようとした魔法使いウィザードの頭をトウヤが後ろからわし掴みし、地面に叩きつけた。



「感情のままに叫ぶのは建設的でないので、議論をしましょう」

 トウヤは、動かなくなった魔法使いウィザードを掴んだまま、言った。


「まず、この中に治癒魔法を使える人間がいない以上、一刻も早く瓦礫から助け出し、応急処置をして救助を待つのが最善策でしょう」


 トウヤは、実に冷静に話を進める。


「しかし、その方の上に乗っている瓦礫、魔力が相当に混ざっている。……僕の光魔法を最大出力で撃っても、破壊には威力が足りません」

「私の手榴弾が、まだ5個残ってるよ。これと同時に撃ったらどう?」

「でし子さんが移動時に使っているものと同威力なら、それでもまだ足りません」


「……俺も、全力で鉄球を振るう。それでも、ダメか?」

 リーダーが、自身の武器である鉄球を手に、言った。

「腕がへし折れてもいい。全力で……」


「以前に配信されていた頃から、よほど力が増していない限り、無理ですね」

「!?」

「2ヶ月ほど前まで、配信されてましたよね?2ヶ月で威力が3倍くらいに増していれば、話は別ですが」

「そ、それは……」

「それに加えて、このお仲間の魔法使いウィザードさんが、以前の3倍ほどの威力の魔法を撃てれば、この瓦礫は破壊できます。できますか?」

「……」

「……瓦礫に下手な衝撃を与えれば、その下にいる彼女の命は余計に削られます。無理なら、何もせずに2時間待った方がマシでしょうね」




 ……俺にできることは、何だ?

 魔力が使えない俺は、物理的な力で瓦礫を攻撃するしかない。

 しかし、リーダーの鉄球や魔法に匹敵する威力を出すなんて、俺にはとても……


「師匠殿は、何か攻撃手段はありますか?もしくは、何か案は?」

 トウヤが、俺を見た。

「師匠と言うからには、高威力の技を持っていてもおかしくありませんが……今まで見た感じ、とてもそうは……」

「ししょーの凄さは、そういうところじゃないよ」


 煽るような口調のトウヤに、アリスが言う。

「ししょーは今、考えてるんだよ。余計なこと言って、邪魔しないで」




「……なあ、トウヤ」

 俺は、頭をフル回転させながら、トウヤに言った。

「俺が、この上から落下したら、どれくらいの衝撃になる?」

 俺は、頭上を指差す。

 天井が崩れて、上のフロアがいくつも、露わになっている。


「落下でできるエネルギーも、でし子が操れる。それも加えたら、瓦礫、壊せそう?」




「バカの発想ですね」

 トウヤは言う。

「あの位置から下まで、思い通りにまっすぐ落ちられるとでも?」




「瓦礫を壊せるか、って聞いてるんだ」

 落下中の自分の体をコントロールするのは、難しい。

 俺は、そんなことも知らずに、言ってるわけじゃない。

「可能性があるなら、命を賭けてでもやってみる価値はある」

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