第12話 チャンネル登録感謝御礼

「こんにちは、弟子の”でし子”です!お久しぶりです!」


 配信が始まるとアリスは、いつもと同じ、明るいトーンで話し始めた。


―― こんにちは!

―― 思ったよりかわいい

―― 本当は炎羅倒したってマジ?

―― SNSで黙ってるってことは、やっぱりウソついてたの?

―― 前回とコメントの雰囲気全然違うな 


 やはり、炎羅関連のコメントがさっそく多い。そのことを質問攻めするためだけに配信に来ている人も、少なくなさそうだ。




「探索の前に、前回の発言について、訂正があります!」


―― さっそく炎羅の話か

―― やっぱりウソだったのか

―― 理由を正直に話してくれるなら、俺はでし子を支持する。かわいいから

―― 女の見た目に惑わされてるコメントがいるな


「えっと……あのとき私は『配信者狩りさんから逃げ切りました』と言いましたが、ごめんなさい。本当は、逃げてはいません。配信者狩りさん……炎羅さんの攻撃を全部防いで、炎羅さんの方が撤退していきました」


―― 倒したんじゃないの?

―― またウソかもしれないぞ


「ウソついてごめんなさい。本当のことを言わなかったことには、理由があります。それは……」




 なあ、アリス。

 『強さがバレたら配信が荒れると思ったからです』。

 そんなことを言って、視聴者は納得してくれるか?

 自分のために簡単にウソをつく奴だ、って思われるだけじゃないのか?


 俺は、もう諦めがついてしまった。

 ごめん、アリス。




「炎羅さんが簡単に負けたって思われたら、他の配信者さんが可哀想だと思ったからです」




 ……ん?

 そうだっけ??




「私、能力のせいで身のこなしが素人っぽいから、大して強くないと思われがちなんです。そんな私が『炎羅さんを撃退しました!』って言ったら……『ひょっとして、炎羅って弱いんじゃ?』って思われて……『今まで炎羅にやられてきた配信者達って、情けないな』って、思われるんじゃないかって、考えたんです」




 アリスは自身の魔力を使えず、敵の攻撃を跳ね返す能力『支配反撃エクスカウンター』を駆使して戦う。

 ゆえにアリス自身は戦闘中の動きがつたなく、配信中の戦闘で強さがバレにくい理由の1つとなっている。

 そして、配信者の強さは配信映像だけでは判別が難しい。このことは、今回の騒動の発端となったトウヤの動画でも言われている、紛れもない事実だ。

 炎羅が弱いと思われたら、同時に、炎羅に負けた配信者の印象も悪くなる……言われてみれば確かにそうだ。




「だから、『運良く逃げられた』ことにすれば、炎羅さんの評価は下がらないし、他の配信者さんも情けないと思われずに済む。……でも、バレて余計に信用無くしちゃいましたね……」


 アリスは、そう言って肩を落とす。が。


「でも、一つだけ、言わせてください」


 すぐに肩を上げて、両手の拳をぎゅっと握ってみせた。


「私、本当に強いです。S級探索者さんでも簡単に勝てないくらいには、強いです!そして炎羅さんも、本当に強かったです!」



―― 他の配信者のためのウソだったの?

―― 本当かなあ

―― 強さはトウヤの予想通りだな

―― 逆に最初からしっかり強さアピールした方がよかったんじゃ?

―― ↑配信の時点で信憑性がない。トウヤも言ってたろ



「ただ、見ていて安心な配信をしたいので、深層から下に行く予定はまだないです!今まで強さをアピールしなかったのは、過激な配信を期待されたくないから、っていう理由があります!」



―― 俺はでし子がかわいいのを見れればそれでいいよ

―― 探索は無理しなくていいよ

―― ちなみにでし子ちゃんの等級は?やっぱりS級?



「えっと、私の等級について質問がありましたが、厳密には強さと探索者の等級には関係がありません。探索者の等級は強さじゃなく、探索したことがある階層の深さで決まるので!だから、等級が上の方が強い可能性が高いですけど、絶対ではないんですよね!」


 アリスは検証動画の喋り方が気に入ったのか、トウヤのような口調で話す。




「だから私の等級は、まだ内緒です!気になる人はぜひ、私の探索配信を見てください!では行きます!」




 そう言うと、アリスは意気揚々、ずかずかとダンジョン内へ足を踏み入れていく。

 俺は、慌ててカメラを持って後に続いた。




 アリスの、ちょっと天然とも取れる、ウソをついた理由。そして、悪気の無い天真爛漫な振る舞い。

 そのおかげで配信は荒れることなく、多くの視聴者で賑わった。




 ウソをついたのは他の配信者のため……

 視聴者を納得させるための方便か、それとも本当に、そう思っていたのか。


 俺は『俺達の配信が荒れるのを防ぐ』ことばかりを考えていた。

 だから、ウソをつく理由が何か、アリスと確認すらしなかった。

 

 配信については、俺の方が詳しい。だから、俺がリードしなきゃならない。

 実はそれこそが俺の、一番の思い上がりだったのかもしれない。


 少なくとも、チャンネルの規模が小さい今のうちは……俺が無理にサポートしようと思わず、もっとアリスに自由にやらせても、いいのかもしれない。




 同時視聴者数が増えている。

 5000人になっている。

 チャンネル登録が増えている。

 1時間で10万人突破した。




 ……いや、もうそんな規模になるの!?







 それ以降、2週間ほどの配信活動は、順風満帆すぎるほど順風満帆……

 いや、そんな生易しい言葉では済まないほど、快進撃を続けた。


 チャンネル登録者数は50万人を突破。配信の同時視聴者数は平均8000人、多いときは1万人を超すようになった。

 人気の秘訣は、まずはアリスのまだまだ底を見せない強さ。さらに、SSダブルエス級探索者の経験に物を言わせた、危なげの無い探索。そして何より……アリスの人のさ、可愛らしさ、ずっと見ていたくなるような、探索中の楽しげな姿。

 師匠の存在は、ほぼ空気。……いや、それでいいんだ。寂しくなんかないさ。




 気になることと言えば、最近、中層以降の探索を期待する声が増えてきたことだ。今までは中層の手前までで探索を止めていたが、そろそろ中層にも手を出していくべきタイミングかもしれない。

 アリスは「中層も行けそう!」と乗り気だ。


 初配信からちょうど3週間が経った日。

 中層探索配信を決行することとなった。




「中層って壁の模様が気持ち悪くて、あんまり好きじゃないんだぁ」

 配信直前の待機時間、アリスは俺にそう話す。


「注目するポイント、壁なの?」

「はい!モンスターは、低層とたいして変わらないですし!」


 中層は、前のパーティの時にカメラマンとして随行したことがある。正直、居心地がハンパじゃなく悪い。

 アリスが言う通り、中層の壁は紫と黄色の滲みのような模様があり、非常に毒々しい。空気はよどみきっていて、常に霧がかかったように視界が悪い。

 そこら中に酸の湖と、血のような色をした毒沼がある。

 なお、モンスターは低層とは比べものにならないほど強い。アリスが『変わらない』と思うのは、おそらくアリスが強すぎて違いを感じられないからだろう。







 カメラの準備ができて、いよいよ配信開始、というタイミングで。




 俺達と同世代くらいの若い男が、俺のカメラの脇を通り過ぎた。

 その男が通り過ぎ際に、呟くように言った。


「やっぱり、最初の中層探索はここにしますよね」




 その声に、俺は聞き覚えがあった。


 見た目が動画より若く見えたから、声を聞くまでは気づかなかった。


 あの、検証動画の作成主。


 トウヤだ。




「奇遇ですね。僕もこれから、ここを探索するんです」


 俺達より先にダンジョンの入り口の前に立つと、トウヤはこちらを振り向いて言った。


「中で会うかもしれませんね、よろしくお願いします」




「あの、トウヤさんですよね!?」


 俺は、トウヤを呼び止めた。

 知識豊富な、動画作成者。

 ダンジョン探索配信もやっていることは、後で知った。配信者としても、俺達の先輩にあたる。


 そして、俺達を炎上させかけた、原因を作った男。


「あ、あの、”でし子”の検証動画、どうして作ろうと思ったんですか!?」


 配信直前の俺達を見て”でし子”とその師匠であることは、一目で分かったはずだ。俺は思わず、ストレートに問いかけた。




「お二人に、配信の先輩として一つだけアドバイスです。安易なウソは良くないですよ」


 トウヤは質問に答える代わりに、言った。余裕を持った笑みを、携えながら。


「お二人の最悪のケースは、あのままウソがバレなかった結果、”配信者狩り”とグルだと疑われることでした」




 そう言い残すと、トウヤはダンジョンの奥へ姿を消した。

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