第11話 炎上の予感

 初配信の翌日、俺は教室に入るなり、アリスが座っている席へ直行した。


天音あまねさん、ちょっといいかな!?」




「はい!」

 アリスは、俺の顔を見ると嬉しそうな笑顔で返事をする。

 しかし今日の俺は、その朗らかな笑顔にこたえられるような話題は用意していない。



「やっぱり付き合ってるんだ……」

「これからコクるのかもよ?」

 やめろ、周りの女子!変な注目のされ方を気にするのは、配信だけで十分だ!




 始業までに話を終えられるように、早足で歩きながら人気ひとけの少ない場所を探す俺。俺の後ろについて、廊下を歩くアリス。


「あ、昨日のメッセージ、返事できなくてごめんなさい。探索を夜中までやってて、それで……」

「いや、いいよ。忙しかったんだなって思っただけ」

 アリスが申し訳なさそうに話し始めたので、俺は彼女をフォローするような言葉を選んで返答した。実際、メッセージの返信が来なかったことは気にしていない。

 昨日見た、検証動画のことで頭が一杯だったからだ。







 人通りが無い校舎裏に来たところで、俺はアリスに例の……”元ダンジョン探索協会職員・トウヤの解説チャンネル”の動画を見せた。




「ここが、配信者”でし子”さんと配信者狩り・炎羅えんらが対峙したと思われる場所です」


 動画の終盤は、動画作成者であるトウヤが、俺達が炎羅と遭遇したダンジョンフロアに来ている映像だった。


「”でし子”さんの配信と同じルートを通ってきたので、ここで間違いないでしょう。そして……」

 トウヤは滑舌かつぜつ良く喋りながら、地面に落ちていた何かを拾い上げた。

 それは、刀の刃先だった。

「この形状、炎羅の愛刀『凰魔おうま』の切っ先で間違いないでしょう。やはり”でし子”さんとの対決中に、折られていましたね。さらに」


 カメラの視点が、フロアの天井を向く。

 一部が大きな吹き抜けのようになっていて、数十メートル上の地表から日差しが差し込んでいる。


「僕は以前、このダンジョンに来たことがあります。このフロアの天井までの高さは、せいぜい3メートル程度でした。それが、今はこの状態。炎羅の魔法の仕業でしょう。ここで最も驚くべきは……」


 続いて、カメラは地面を映す。


「壁の模様と足跡の位置から判断して、天井のえぐられた場所は、ということです。それも、抉られ方から見て魔法は”でし子”さんの頭上をまっすぐ、真上に向かって進行したとみられます」




「この人、すごいね。壁の模様まで見て判断してるんだぁ」

 アリスは、動画を見ながらつぶやいた。いや、感心してる場合じゃないんだが!?




「”でし子”さんは『炎羅の魔法が暴発した』と言っていましたが、暴発した魔法は通常、直線や曲線を描いて飛んでいきます。最初は直進して、その後90度方向を変えて真上へ飛ぶ……そんなことは、あり得ません。魔法は暴発ではなく、、とみるのが、自然な発想といえます」




 トウヤが言う通り、”でし子”……その正体は、SSダブルエス級女子高生探索者・天音アリス……は炎羅の魔法を弾き、彼女の闘争心を折ることで勝利を収めた。

 配信では『炎羅の魔法が暴発したおかげで逃げれた』とウソをついた。アリスが実力者とバレて配信が荒れるのを防ぐため、俺が指示してアリスに言わせたものだ。

 だがこんな形で、1日と経たずに真実に近づく人間がいるとは、夢にも思わなかった。俺は昨日、この動画を見て、どう対応していいものかずっと頭を悩ませている。




「この考察、および、これまでに判明している炎羅の実力から導かれる”でし子”さんの本当の強さを、探索者の等級に換算すると……」




 この動画を見た視聴者たちは、トウヤの言うことを信じるだろうか?

 そして、”でし子”の正体が何者なのか、怪しむだろうか?


 ”でし子”がウソつきだと、批判するだろうか?




「その強さは、低く見積もってもS級中位。高ければ、S級上位以上でしょうね」




 動画は最後に、配信者の強さランキングが表示された。


「今まで考察してきた配信者の中で、1番強いですね。”でし子”さんの、今後の動きに注目です。最後に一言!配信者の強さは、配信画面だけでは演出・やらせが多く判別できません。S級と名乗っていた配信者が本当はE級、E級と謙遜していた配信者が実はS級、など、ザラにあります。ですが、僕のチャンネルでは配信映像だけでなく、こうした実地での調査も踏まえた正確な分析を行います。安心して『いいね』とチャンネル登録をなさってください。以上、トウヤでした!」







「この人、すごいね!」

 アリスは、事の重大さに気づいていないのか、のんきな感想を述べる。

「こういう人がいると、探索もはかどりそう!パーティに欲しいかも!」


「そうじゃないだろ!」




 俺が思わず大きな声を出してしまったせいで、アリスは驚いた顔で俺を見つめた。




 違う。

 俺はアリスを叱る立場じゃない。

 俺は、アリスに下手なウソをつかせてしまった罪悪感に潰されそうな、ただのバカ野郎だ。




「いや、ごめん……」

 気持ちを落ち着けながら出した俺の声は、震えていた。

「今の問題は、俺のせいで天音さんが、ウソつきだと思われるかもしれないってことだ。しかも、せっかく隠そうとしていた実力も、暴かれそうになってるし……」




「大丈夫だよ、ししょー!」

 アリスは、気休めなのか本気で思っているのかよく分からない、底抜けに明るい声で言った。

「バレちゃったなら、説明すればいいんだよ」


「説明って……ウソついてたってことを?」

「ウソを言ったのも、理由があったからでしょ?だから、その理由まで説明して、みんなに納得してもらうしかないよ」

 そう言うアリスは、眉を曲げて少し残念そうな顔をしながらも、さほど落ち込んだ様子は見せずに話す。


「本当は、バレない方がうまくいったのにね」







 翌日の探索配信の冒頭、ダンジョンに入る前に、アリスがトウヤの動画内容についてコメントをすることになった。

 くだんのトウヤの動画は一日で50万再生を越え、その影響かSNSで”でし子”の強さに関する議論のつぶやきが増えてきた。もはや『炎羅からは逃げました』と言い張ってしのげる状態ではない。


 アリスは「コメントの内容は任せてください!私がうまく話をまとめます!」と言った。

 本当に大丈夫なのだろうか?……しかし、俺は二日悩んでもうまい言い訳が思いつかなかった。だから、アリスに甘えるような形で、任せることになってしまった。


 アリスから、一つだけ要望があった。

 それは、「私が強いことを、認める発言をさせてほしい」とのこと。

 トウヤの動画内容を肯定する……真実を認めるなら、それは避けられないことだ。俺は了承した。


 気になるのはそんなことより、アリスがウソつきとして炎上する可能性だ。




 配信は、始まる前から1000人以上の視聴者が待機していた。


 前回、初配信の開始時と比べれば、30倍以上の人数だ。

 だが、チャンネル登録数は、前回の終わり、30人からほとんど増えていない。


 ほとんどの視聴者が、興味本位で見に来ているだけ。

 噂の”でし子”が本当に強いのか?”でし子”はウソつきなのか?それが、知りたいだけ。


 想像以上に、危険な状況だ。だが、アリスは全く臆した様子は見せず、配信開始を待っている。




 クソ!神様、なんとかなってくれ!




 俺は祈るような気持ちで、配信をスタートさせた。

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