第10話 検証動画

「こんにちは!でし子です!さっきは途中で配信止まって、ごめんなさい!」


 アリスは、初配信よりも慣れた喋りで、配信を進めた。


 視聴者数は現在、15人。探索時より減ったが、雑談のためだけに人が来てくれた時点で、探索配信の印象は悪くなかったと言える。

 炎羅については、『運良く逃げれた』という話にすることにした。炎羅はS級探索者も倒したことがある猛者だ。それをやっつけた、と言ってしまうと、色々と詮索されて面倒そうだからだ。


「配信者狩りさんに遭遇しましたが、無事逃げ切れました!」


―― 元気そうでよかった

―― よかった!

―― どうやってあんなのから逃げたんだw


「配信者狩りさんの魔法が暴発して、その隙に逃げれました!心配おかけしましたぁ……」


 カメラは引き気味で、顔をアップでは映さないように注意。アリスは目元に仮面、口元はマスク、フードを被って顔の輪郭も極力隠す。過度かもしれないが、身バレを防ぐにはこれくらいした方がいい。それに……これだけ隠しても、アリスはシルエットと声だけで可愛い。

 あとは、対応に困るコメントがあったときのために、俺もコメント欄をチェックしつつカメラを回す。


―― とにかく無事で何より

―― 炎羅の最初の攻撃は、どうやって防いだんですか?

―― 次はいつ探索するの?


「配信しながらの探索は、あさっての予定です!……えっと、炎羅えんらっていうのは、配信者狩りさんのことですね?最初の方は、脅しみたいなものだったから、私には当たってないです!」


―― 次は中層まで行けるといいね

―― 無理せずにね

―― 魔法の暴発って、その場で爆発したんですか?

―― 今度は未発見のアイテム見つけに行こ!


「中層以降は、行けたら、って感じですね。まだまだ配信始めたてなので、無理に深いところには行かないようにします!アイテム、今日は未収穫だけど、今度は何かあるといいねぇ。うふふ。……魔法の暴発、怖かったです!その場じゃなくて、変なところに飛んでったんだけど、爆発で何も見えなくなって怖かった!」




 アリスの強さを疑うコメントは無さそうだ。たまに炎羅との戦いに関する質問もあるが、アリスが違和感なく、うまく答えてくれている。




 30分後、配信は無事、終了。

 視聴者数は、多い時で20人程度だったが、対応に困るコメントは無く、終始、穏やかな配信だった。




「ししょー!ありがとうございましたー!」


 フードと仮面を外したアリスは、満足げな笑顔をしている。


「よかったな、雑談配信もちゃんとできて」

「はい!あさっての配信も楽しみです!どこに行きますかっ!?」

「そうだなあ……行く場所は、登録者数とかSNSの反応を見て、明日決めるか」

「はーい!」




 機材を片付けて撤収するまで、誰かに見られることもなく、本当にトラブル無しで終えられた。

 配信者狩りにさえ会わなければ、完璧な配信だったのになあ……

 いや、そんなことを言うのは、炎羅が可哀想か。

 少なくとも炎羅は、アリスと出会ったことで何かが、きっといい方向へ変わったのだから。


 アリスはこの後、別のダンジョン探索に一人で行くとのことだった。なので、今日はここで解散。

 「がんばってな」と声をかけたら、「はーい!ありがとうございます!」とアリスは嬉しそうに返事した。







 家に帰ってしばしの休息を取ったあと、俺はまずチャンネルの登録者数をチェックした。

 30人。

 配信時の最大同時視聴が45人だった。単純計算でいけば、視聴者の実に3分の2がチャンネル登録してくれたということだ。この数字は、かなりいい結果といえる。

 アリスにメッセージを送って、教えてやるか。ただ、彼女は家に置いてあるタブレットでしかメッセージを見られない。俺からの知らせを見るのは、いつになるやら。


 あとは、ネットで今日の配信が噂になっていないか、検索して調べまくった。

 特に気になるのは配信者狩り・炎羅がらみだ。彼女は有名な配信者狩りだから、彼女が配信に出てきてしまった時点で、ある程度話題にされるのは覚悟しなければならないだろう。


 配信者名”でし子”で検索……俺達の配信やSNSの投稿がヒットするだけで、不穏なバズり方は一切みられない。

 ”でし子、師匠”で検索……これも同様。


 ”でし子、炎羅”で検索……炎羅がらみの内容が沢山ヒット。逆に”でし子”が関わった話題は見当たらない。


 ただし、1つだけ、気になる動画がヒットした。




 【検証】最強クラスの配信者狩り・炎羅を破った女子配信者について分析してみた




 なんだ、この動画?

 この”女子配信者”ってのは、まさか”でし子”のことか?いや、アリスは配信でしっかり「逃げた」と言った。配信映像でも、破った様子は一切映っていない。

 しかし概要欄を見ると、『炎羅を破った女子配信者』として、”でし子”のチャンネルのリンクが貼られている。


 なんだこれ?動画の作成者は誰だ?


 ”元ダンジョン探索協会職員・トウヤの解説チャンネル”……誰だ、こいつ?チャンネル登録者数は48万人。それなりに知名度の高いチャンネルのようだ。




 動画を再生してみた。

 3Dを駆使した豪華なオープニング映像から始まり、数秒してそれが終わると、室内でテーブルに座っている男性の姿が映された。

 俺たち高校生ほどじゃないが、若者だ。大学生くらいだろうか。


「こんにちは、トウヤです。この動画では、有名な配信者狩り・炎羅に遭遇し、さらにそれを退けたと思われる配信者”でし子”について、配信アーカイブや現場を検証しながら解説していきたいと思います」


 トウヤと名乗る男性は、滑舌かつぜつが良く聞きやすい声で、話し始めた。


 しかし、話の内容が不穏だ。ドキドキしながら、俺は動画の視聴を続けた。


「まずは配信者狩り・炎羅について。彼女については、以前の動画でも解説しましたね。E級からS級まで、あらゆる等級の配信者を葬ってきた、強力な配信者狩りです。特に、『狙った配信者をすべて、確実に仕留めている』ことが脅威でした」


 トウヤは、長い説明を流暢りゅうちょうな喋りで進める。


「ところが今日、その炎羅と遭遇して、『逃げ切った』と言う配信者が現れました。しかも、これは後で解説しますが、実際は『逃げ切った』のではなく、『倒した』もしくは『撃退した』と考えられます」


 ……なんだって?

 炎羅に勝った瞬間は、映像には残っていない。

 話題性を出すために、何か証拠をでっち上げているのか?


「さて、次はその炎羅を退けた配信者”でし子”さんの紹介です。初めて聞く名前だ、という方が多いと思いますが、それもそのはず。”でし子”さんのチャンネルは先週開設されたばかりで、今日が初配信でした。そう、初配信で炎羅に遭遇したんですよね。ちなみに”でし子”という名前の由来は、カメラマンを務めている男性の弟子だから、だそうです。それでは、この”でし子”さんが炎羅との戦闘に至った経緯を、確認していきましょう」


 そしてトウヤは、俺達の配信開始から、炎羅に遭遇し、俺が炎羅にカメラとスマホを奪われるまでの流れを簡単に説明した。


「カメラを奪った炎羅は”でし子”に攻撃をしかけます。ここからは、配信から切り抜いた映像を使って検証と解説をしていきます」


 ……おいおい。配信の切り抜き、許可した覚え無いんだけど?

 と思いつつ、トウヤの解説が気になるので、とりあえず続きを見る。


「まず、この場面です。炎羅は”でし子”さんに、これ映ってないですけど、斬り掛かろうとしてるんですね。実際に斬り掛かった映像は残ってません。ただ、ここ。この瞬間ですね。一瞬、砂煙がぶわっと上がってます」


 トウヤの解説に合わせて、炎羅がアリスに斬り掛かったときの映像がスローで再生される。トウヤが言う通り、炎羅の刃がアリスにぶつかったであろう瞬間に、衝撃波で砂煙が上がっている。


「これは、炎羅の斬撃が何かと衝突したと思っていいでしょう。以前の動画で紹介した通り、炎羅の刀は名刀『凰魔おうま』です。店売りの剣なら軽くへし折れる威力の斬撃を撃てます。その斬撃を喰らったら当然、無事では済まないはずです。ところが次の場面」


 トウヤの言葉に合わせて、映像が斬撃直後のシーンに変わる。


「”でし子”さん、平然と立っています。そしてその横の方、ほら、これです!」


 映像が一時停止した。その画面に編集で入れた赤い楕円で、何かが囲われている。


「ここに映っているもの、よく見ると、刀の刃先のように見えます。うっすらと紫色に光ってますね。この色は、『凰魔』のまとう魔力の色です。先ほどの衝突で、『凰魔』が折れたと考えられます」


 ……こんな細かいところ、配信の映像を確認したときは気づかなかった。


「”でし子”さんはのちの雑談配信で、このときの斬撃は『自分には当たらなかった』と言っています。しかし『凰魔』がその辺にぶつかった拍子に折れるなんて、あり得ません。何か、隠された事実の匂いがしますね。なお、このあと炎羅は『物理攻撃に強いんだな』と言って魔法攻撃に移ります。物理攻撃では勝てないと判断したのでしょう。肉弾戦に強い、あの炎羅がですよ?」


 そして、切り抜き映像は終わり、再び座っているトウヤの姿が画面に映った。


「配信は、炎羅が魔法攻撃を準備している最中、エラー終了しました。なので戦いの結末は不明です。ただ”でし子”さんはこのあと雑談配信を行い、『魔法が暴発した隙に逃げた』と言っています。しかし、この雑談配信でも、怪しい点がありました」


 雑談配信で、怪しい点?

 アリスは、一切の不手際無く、やれていたはずだが……


「配信中、僕はコメントで、炎羅との戦いについて質問したんですよ、2回。すると、2回とも返答を一旦保留して、後からきたコメントに答えてから、僕の質問に戻って、返答しました。少し、答え方を考える時間が必要だった、と想像できます。一度だけなら偶然もあり得ますが、2回連続となると、偶然とはちょっと考えにくいですよね」


 配信の時、やたら丁寧な口調で質問してくる奴がいるな、とは思った。この男だったのか。


「以上の考察から、”でし子”さんは炎羅から逃げたのではなく、倒した、あるいは撃退したのではないか、という疑惑が生じました」


 まさか……

 まさか、こんな細かい考察をする奴がいたとは……!

 こんな奴がよりにもよって、ちょうど俺達の配信を見てたとか、厄介すぎる!




「しかしここで考察を終わっては、僕の説は本当にただの『疑惑』です。ここからが本番」


 え!?こいつ、まだ何かするの!?


「僕はこの配信のあと、実際に戦いが起こったダンジョンへと向かいました。現場での検証と考察をお送りします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る