第9話 無事を報告配信

 配信者狩り・炎羅えんらの父親は、探索者だった。


 惑星学者の結成したチームに所属し、S級探索者としてチームをまもりながら、ダンジョンの探索をした。

 チームの目的は、ダンジョンの成り立ちや層の構成を研究し、ダンジョン誕生の謎を解明すること。

 常に命懸け。でも、チームの全員が仕事に誇りを持っていて、自分たちの研究が人類の発展に貢献できると信じていた。

 だから、危険な探索で命を落としたとしても、後悔はしない。納得できる。父は、そう語っていた。

 そして、話を聞かされていた炎羅自身も、思った。

 家にあまりいないのは寂しいけれど、仕事で死んだらすごく悲しいけれど、仕方ない。納得できると。


 2年前のある日、炎羅の父が死んだ。

 ダンジョン探索中のことだったという。

 原因は、深層を探索中、モンスターに襲われた別の探索者を咄嗟とっさかばって助けたこと。


 大泣きした葬儀の日、父が助けた探索者の男に会った。

 だが、ろくに挨拶もせずに帰っていったその男に、炎羅は違和感を覚えたという。




「数日後に動画で、その男の顔を見たときは驚いたよ」


 炎羅は、隣に体育座りしたアリスの方は見ずに、うつむきながら話す。


「そいつは最初に『深層から生還して、無事B級探索者に昇格しました』ってドヤ顔で言ったあと、父さんたち探索者のことを、好き放題言ってたんだ。『研究者はみんな根暗だし、そんな奴らを護衛する仕事は安月給で可哀想。死んで楽になった方がマシ』とか『本当の有能は、配信して稼いで、遊んで暮らす』とか。だから、あたしは納得できなかった。なんでお父さんは、あんな奴を助けて死ななきゃいけなかったのか、って」


 アリスは、何も言わずに炎羅を見つめ、話を聞いている。


「でも、もっと納得できなかったのは、そんな奴が『蛮勇』とか『堂々としてる』とか言われて、人気になってること。そして、なんで……なんであたしは、こんなに苦しまなきゃならないのか、って……ぐすっ」


 炎羅は、たまに鼻をすすって、涙声になりながら話す。




 俺はといえば、その様子を離れた場所から見守りつつ、スマホで配信のアーカイブを確認していた。

 理由はもちろん、炎羅との戦いに巻き込まれ、そして切れてしまった、配信に対する視聴者の反応が気になっているから。

 ……というのもあるが、本当は、炎羅の話を聞いてていいのかいけないのか、よくわからなくて……どうすればいいか、わからないから。

 とりあえず俺は、忙しそうにスマホの画面を操作している。




「あたしは、運動神経には自信があったし、魔力も使えた。だからあたしは、この男みたいな……人に迷惑をかけて楽してる、クソみたいな『配信者』って奴を成敗するのが使命なんだって、思うことにした。他に、どうすればいいか、わからないから」




 炎羅にカメラとスマホを奪われたあと、最初に炎羅がアリスに斬り掛かったシーン。

 映像がぶれていて、炎羅の刀がアリスに触れる瞬間や、炎羅が蹴りを放ったところは映っていない。アリスが攻撃をさばいたのか、喰らったのかも、よくわからない。アリスの強さは、配信でバレてはいないようだ。




「お面をつけて、鬼になったつもりになって、配信者を襲った。でも1年前、あたしが配信者を襲ってるところがカメラに映っちゃって……自分がやってることが配信でバレたとき、何かがふっきれた、っていうか……もう、『配信者を襲う人間』として有名になってやろう、って思ったら、急に気持ちが楽になった気がしたんだ」




 炎羅が魔力で火球を作ってしばらくしたら、配信が切れたようだ。熱で機器がエラーを起こしたのだろう。

 配信が切れる直前、それから、配信のアーカイブについたコメントを見ると……


―― でし子、逃げて!

―― 誰か助けに来れる探索者いないの!?

―― あつそう

―― でし子すごいな。ひょっとしてS級?


 アリスを心配する声がほとんどの中で、たまにアリスの強さを賞賛するコメントがある。だが、強いと言っている理由が、よくわからない。




「でも、さっきお前に言われて、楽になった理由がよくわかった。有名になって沢山の人に注目されたら、その中にあたしの気持ちを理解してくれる人がいるかもしれないって、思ったからだ。……ぐすっ。そんなわけ、ないのにな」




 途中で配信が切れて、そのまま何も言わないのは良くない。心配してる人もいたんだから。

 俺は、SNSで短いながら、無事を報告した。

 えっと、アリスの配信名、なんだっけ……あ、弟子だから”でし子”だった。


『でし子と師匠は、配信狩り・炎羅から逃げ切りました!無事です!心配してくださった方、ありがとうございます!また配信しますので、よければ”でし子”を友達のように、見守ってあげてください!』




「炎羅ちゃん」

「……なんだよ」

「私と、友達になろうよ」




「はあ!?おまっ……なに言ってんだ!?」

 炎羅は、その場から飛び上がってアリスから距離を取った。


「なにって、これだけお話してくれたんだから、友達になったっていいでしょ!」

 アリスも立ち上がって、炎羅に詰め寄る。

「連絡先、教えて!」



「ば、バカ言うなよ……さっきも言ったろ、あたしは、お前のこと殺そうとしたんだ……」

「本気で殺したかったんじゃなくて、勢いでしょ?私こそ、ごめんね。あおるような言い方しちゃって」

「な、なに言って……」

「だから、友達になろうよ!」

「何が『だから』なんだ!?」


 アリスに迫られて、たじたじの炎羅。

 SNSの反応を待ってスマホの画面を見ている俺の前を、後ろ歩きで引いていく炎羅と、ぐいぐい迫るアリスが通過する。

 炎羅はアリスから顔を逸らして、俺の方に顔を向けている。


 少しだけ、顔を赤らめていた。可愛い。


 思わず見とれた俺と、炎羅の目が一瞬だけ合った。

 彼女の顔は、さらに赤くなった。




「も……もう!」


 炎羅はアリスに背を向けて、ダンジョンの出口方面へ向かって走り出した。


「友達じゃねぇ!ライバルだ!あたしはこれから、もっと強くなってやるからな!」


 炎羅の声は、ぐんぐん遠く、小さくなっていった。


「それで、お前と肩を並べるくらい強くなったら、そしたら……」

 最後の方の言葉は、離れすぎて聞こえなかった。




「……行っちまったな」

 俺は、ぽつりとつぶやいた。


「大丈夫だよ」

 アリスも、呟くように言う。

「配信、続けてたら……いつかまた……」




「あ!」

 アリスが突然、叫んだ。

「配信!」


「ああ、途中で終わってたぞ」

 ようやく、俺の作業結果を報告できる。

「一応、SNSでは無事を報告しといた。戦いの映像は……」

「雑談は!?」




「……えっ?」

「探索の後の、雑談をしなきゃ!」


 いや、もうとっくに配信終わってるんだが。仮にいま雑談配信を始めても、視聴者が集まるとは到底思えない。


「まあ、今日は残念だが、雑談は次の機会じゃないか?」

「うっ……でもでも、『無事でした!』っていう報告は、映像でやった方がいいかと……!」

「そうか?」

「だ、だって、無事に喋ってる姿を見せた方が、みんな安心するだろうし……」

「まあ、それはそうだな」

「ほら!だ、だから、配信……」


 いつになく必死だな……雑談が本当に楽しみだったようだ。

 しかし、それも当たり前か。配信は、雑談が目的で始めたんだ。


「……今から始めても、誰も配信に来ないかもしれないぞ」

「一人でも来てくれたら、十分です!」

「……今から1時間後、ダンジョンの外に出たら始めるぞ」

「やったー!」




 SNSで配信予告をして、俺達は来た道を戻って、ダンジョンの外へ向かった。

 アリスはずっとご機嫌で、途中で遭遇するモンスターを軽やかなステップで気絶させていった。


 アリスは、人と話すのが本当に好きなんだな、と思った。

 炎羅とも、本当に友達になりたかったのだろう。挑発するような戦い方は見ていてヒヤヒヤしたが、彼女の本音を引き出すには、ああするしか無かったのだろう。




 ダンジョンの外に出たら、さっそく配信準備。配信開始まで、あと15分。

「よし、カメラもスマホも動作に問題なし!」

 炎羅の火球で熱せられたり、地面に落とされたりしたから、壊れていないか心配だった。しかしそんな心配も杞憂きゆうに終わり、俺は安堵の気持ちでいっぱいになった。カメラやスマホを買い直す金は、持っていないからだ。


「あれだけ酷使された後だからな。無事でよかった」

「……ししょーも、無事でよかった」


 テンションが上がってきた俺の前で、アリスがぽつりと呟いた。


「……あっ!失礼しました!ししょーなら、あの程度の敵は自分でも何とかできましたよね!」

 アリスは、慌てて弁解するように言う。







 そのとき、俺はふと気づいた。







 炎羅の攻撃が一度でも俺に向いたら、俺は無事じゃ済まなかった。







 アリスが挑発して煽り続けた理由は、炎羅の本音を引き出すためだけじゃない。

 炎羅の意識が俺に向かないように……俺を守るためにやっていたんだ。







「配信まで、あと5分ですね!楽しみです!」




 俺は、アリスのお荷物にならずに配信を続けられるだろうか。

 もし……もし、炎羅の父親のように、アリスが俺を庇って死んだとしたら、俺はどうやって生きていけばいいだろうか。




 自分が魔力を使えないことが、こんなに恨めしく思える日が来るなんて、思わなかった。




「時間だ。始めるぞ」




 自分のざわつく気持ちを抑えながら、俺はカメラを構えた。

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