第8話 雑談

「”子どもみたいな”……だって?」 




 そう言ってアリスを睨む炎羅えんら


「あたしの攻撃を2回防いだからって、随分と調子に乗ってるみたいだなぁ!」


 彼女が着けている般若の面は、よく見ると少しヒビが入っている。

 さっきまでは無かった。アリスに攻撃したときの衝撃波で、面がいたんだのだろうか?




「調子に乗ってるのは、炎羅ちゃんの方でしょ?」

 アリスは、炎羅が魔力で作り出した大火球の前で、微動だにせず立っている。


「え、炎羅ちゃん……?」

「配信者をやっつけて世の中を変える、なんて言ってるけど、本当にやりたいのは、そんなことじゃないでしょ?」


 動じず語りかけてくるアリスに、若干困惑ぎみの炎羅。それを無視して、さらに話すアリス。


「自分が弱くて嫌いな人を痛めつけて、調子に乗ってるだけ」




「何だと?」


 炎羅の構えている火球が、さらに倍くらいの大きさに膨れ上がった。

 熱い。火球の熱気で、俺は額から汗が噴き出るのを感じた。


「まだまだ大きくできるぜ?謝るなら今のうちだ」


 炎羅は、さらに脅しの言葉をかける。


 が、アリスはそれに屈する様子を全く見せない。


「喰らったら、火だるまになるくらいじゃ済まない。言っとくけど、あたしはちゃんと覚悟できてるぜ?あんたを殺すことになっても、あたしは配信者に……」


 火球が、さらに大きくなる。


「配信者なんかに屈するくらいなら、あたしは人殺しにだってなってやる!」


 炎羅の顔に着けた面は、さらにヒビが大きくなって、面を縦に横断した大きなヒビになっている。







「ほら。そうやって強がりを言って、周りに気を遣ってもらおうとしてる」


「……は?」

「いつもそれでうまくいってるから、調子に乗ってるんでしょ?子どもみたいな人だね」




 アリス、どういうつもりだ?

 炎羅を挑発したって、いいことはない。

 今や、この場を飲み込みそうなほどに膨れ上がった火球……これを跳ね返す様子が、炎羅の構えるカメラに映ったら……

 アリスは『とんでもなく強い配信者』として一気に注目されてしまう。せっかく作ってきた穏やかな配信が、荒れてしまう。

 いや、それどころじゃない。


 襲いかかってきた炎羅を倒す様子が配信されたら……その過激さで炎上しかねない。


 まさかアリスのやつ、そのことに気づいていないのか?

 事が起こる前に、俺が場を収めるべきか……




「あ、あの!」

「本当に世界を変えようとしてる人は、何回か見たことあるよ!」




 俺が大きな声で注目を集めようとした瞬間に、アリスがさらに大声を上げて、話を始めてしまった。


「そういう人達はね。私みたいな、敵の中の一人……敵の親玉でもない人に、あなたみたいな、


 アリスの声のトーンは徐々に落ち着いていく。が、俺が話に割り込む余地はない。


「そういう人達はいつも、世界を見てる。世界がどう動くかにしか興味が無い。私を見ているようで、ずっとどこか、違うところを見てる。でも、あなたは違う」


「……何、言ってんだよ……」


「炎羅ちゃんの目は、ずっと私のことを見てる。私が何を言って、どう動いてくれるかばっかり気になってる。この戦いで視聴者がどう思うかとか、世界がどうなるかなんて……本当は全然、興味ない」


「ふざけんな!あたしは、配信者を狩って、それで……」


「配信者が、あなたが怒るのを怖がって、気を遣うのを見て、満足してるでしょ?全部、やってるのは自分のため。世界のためなんかじゃない」


「違う!あたしは世界を変える!こんな、配信者が金稼いで、調子に乗ってるような世界は……!」


「もっと素直になったら?本当は話を聞いてほしくて、自分の気持ちを、知ってほしいんでしょ?」




 どうしてしまったんだ、アリス……?

 炎羅に向かって、そんなことを教え諭したいのか?

 だが、俺は知ってる。実際に人に暴力を振るうようになった人間は、何を言っても……仮にどんなに正論だったとしても、『わかりました』と言って引き下がることはない。

 一度向けた攻撃を、おさめることなんて無い。




「何も知らないくせに……!」


 炎羅の火球を構える腕は、動揺からか震えている。その不安定な彼女とは対照的に、大火球は堂々とその場にとどまり、さらに大きく膨れ上がっていく。


「あたしがどんな思いで生きてきたかも知らないで!わかったような口をきくなよ!」


 炎羅は叫ぶ。


 ヒビの入っていた般若の面が、割れて地面に落ちた。


 現れた炎羅の素顔は、俺が想像していたよりずっと幼い顔つきで、人を傷つけることなんて好まなさそうな、優しい顔だった。




「謝れよ!あたしに屈しろよ、バカ!でなきゃ、あたしは……!」




 火球はもはや、目を閉じても眩しいほどに輝いている。俺は、腕で目の上を覆いながら、目を細く開けてアリスと炎羅のやり取りを眺める。




「撃ってみなよ!」


 アリスは引くことなく、さらに煽った。


「子どもみたいなあなたの、そんな攻撃!私には通用しないんだから!」







「ふざけんなぁ!!」




 ついに火球が、炎羅の手を離れてアリスに放たれた。


 動き出した瞬間から、激しい衝撃波が周囲を襲う。

 それを耐えるため、俺が腕で目を隠す直前に、炎羅の顔が見えた。




 あ……撃っちゃった……


 そんな顔を、したような気がした。




 ひときわ激しい輝きが目の前を覆って。


 そして、目の前で大きな爆弾が爆発したような、轟音がダンジョン中に鳴り響いた。







 輝きと爆音は、数秒で収まった。







 俺が目を開けると、真上の、このフロアの天井が無くなっていた。


 上にダンジョンのフロアは無く、地表まで岩盤が数十メートル続いている。その岩盤がえぐられ、俺達がいるフロアは天井が吹き抜けのようになった。


 岩盤の一部は地上まで抉られ、外の柔らかい日差しが、ここまで差し込んでいる。







 アリスは、さっきまでと同じ場所で、無傷で立っていた。







「もう、気は済んだ?」


 アリスの声で気づき、俺はハッと炎羅の方を見た。


 彼女は膝をついて、その場に座り込んでいた。


「お前、何者なんだよ……」




「聞いてほしいこと、ある?」

 アリスは、炎羅に問いかけた。

「何でもいいよ。何でも話して」


 アリスは、歩きだした。

 どんな攻撃でも動かなかったアリスの足が、地面を蹴って炎羅の方へ向かう。


「本当に言いたいことが辛くて言えないなら、雑談でもいいから。何でもいいから、言って」




「なんで、そんなに話ばっかり聞こうとしてんだよ……」

 炎羅は、少し涙声になっていた。

「あたしは、お前を殺そうとした。当たったら死ぬと思って、攻撃した」




「だったら、なおさら、このまま別れたくないよ」


 アリスは、炎羅の前に来ると、しゃがんで彼女と目線を合わせた。


「このまま別れちゃったら、炎羅ちゃんと仲良くなれない」




 俺は、ゆっくりと二人に近づいた。


 彼女が奪い取った俺のスマホが、地面に転がっている。配信はエラーで止まっていた。


 ふと、俺は視線を上げて、炎羅を見る。




 炎羅は、瞳から大粒の涙を零した。


「仲良くなんて、なれるわけないだろ……人を殺そうとした女なんかぁ……!」




「大丈夫だよ」

 アリスは目元の仮面とマスクを外し、笑顔を見せた。


「炎羅ちゃんは、悪い子じゃない気がするから!」

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