第7話 配信者狩り
その女は、般若の面を着けていた。
面の奥で光る瞳は、俺達を鋭く睨み付けている。
「あたしは配信者狩りの『
女は低い声で言うと、腕を振り、手で掴んでいた男をアリスの目の前めがけて投げた。
俺は、カメラをその男が映らないように逸らした。
男の顔は痣だらけで、とても映せたものじゃない。
配信者狩り。
1年前、ダンジョン探索配信中に配信者が通り魔に襲われる、という事件を発端に増えた、配信者を狙う襲撃犯の呼称だ。
その動機は、配信者が配信で入手していた金品を奪い取る強盗、有名人に対する逆恨み、愉快犯など多岐に渡る。
配信者狩りが現れた配信は、雰囲気がそれまでと一変し、重々しいものとなる。テレビの生放送中に、出演者がナイフで刺される事件が起こったのを想像するとわかりやすい。
特に、俺がアーカイブで見たことがある、この『炎羅』という女が現れた配信は、必ず凄惨なものとなる。
この女は配信者を、暴力で徹底的に痛めつける。
泣いて土下座するまで、痛めつけるのを絶対にやめない。
いま、アリスの前に投げつけた男を、俺は知っている。
チャンネル登録者数が50万人を越える、人気の配信者。A級探索者で、中層のモンスターに囲まれても戦い抜いてみせる、勇敢な戦士でもある。
それが今は、痣だらけの、目元には涙の痕が残る顔で、アリスの前で横たわって気絶している。普段の配信で見せる姿は、見る影も無い。
「あたしはな、『配信者』っていう人間が、この世で一番嫌いなんだ」
炎羅は言う。
動画でも聞いたことがある、彼女が配信者を襲うときの前口上だ。
「訓練を受けて鍛え抜いた探索者が、怪物や罠と戦いながら命を賭けて挑み、歴史の跡や人類の進歩の手がかりを発見して帰る。それが、本来の『探索』だ。だが、お前ら『配信者』は何だ?危険から逃げ、探索を売り物にし、財宝を荒らすだけで発見になど見向きもしない。お前らのせいで、探索はくだらない『娯楽』と認識されてしまった」
語りながら、炎羅は背中の剣を抜いた。
深層に眠っていた名刀、『
「だから、あたしは『配信者』を叩きのめす。配信で見せるヘラヘラとした化けの皮を剥がし、危険を前に怯えた、情けない本当の姿を配信で晒す。配信なんざをぼんやり眺めてる、平和ボケした視聴者どもの目を覚まさせるためにな」
炎羅は、刀を構えた。
アリスは
今のうちに、配信を切って……
「おい、なんで配信切ろうとしてんだ?」
アリスの前に対峙していたはずの炎羅の声が、俺の耳元で聞こえた。
俺は、全身の肌が粟立った。
「これからが見所だろ?」
炎羅は俺からスマホとカメラを素早く奪い取ると、カメラをこちらに向けた。
俺は、慌てて顔を隠す。
念のために俺もマスクはつけていたが、目元までは隠していない。
炎羅は、俺とアリスから距離を取りながら、俺とアリスにカメラを向けている。
「あたしが撮ってやるよ。遠慮すんなよ。そっちに落ちてる
炎羅の、般若面から覗かせた瞳の目線が、アリスの前で倒れた男へ動いた。
「殴られて泣き出すまで、あたしが撮ってやったんだからさ!!」
地面を強く蹴って、炎羅がアリスめがけて走る。
むせかえるくらいの土煙を巻き上げ、とてつもない速さでアリスに迫る炎羅は、刀を振り上げた。
あくまで、狙いは配信に映っていたアリスのようだ。
アリスは動じることなく、仮面の奥の瞳は炎羅を見据えている。
この戦い、どうなる?
俺の胸を、不安がよぎった。
炎羅の強さは本物だ。
S級探索者すら、彼女の餌食になったことがある。それも、炎羅は無傷での勝利。
彼女は配信者狩りで、その実力の底を見せたことが無い。
一方アリスはSS級、日本最強の探索者だ。
しかしそれは、探索者の中で最強という話。
配信者狩りのような、探索者以外とも争って決められた等級ではない。
アリスと炎羅、どちらが強いか……それは、まったく未知の領域だ。
勝てるのか、アリス……!?
炎羅は、アリスの腕に名刀『凰魔』の刃を振り下ろした。
ガギィ……ン!
刃が何かに激しくぶつかる音、そして、数メートル離れた俺が目を開けていられないほどの、衝撃波。
地面に落ちる、名刀『凰魔』の折れた刃先。
アリス、無傷。
前言撤回します。
大丈夫。アリスが勝ちます。
「……あ?」
炎羅は何が起こったか分からず、刃先の折れた『凰魔』を眺める。
だが、炎羅も修羅場をくぐり抜けた人間の一人。気持ちを一瞬で切り替え、折れた刀を捨てて右脚の回し蹴りを放った。
ガァン!
しかしその右脚は放った威力そのままに空中へ弾かれ、バランスを崩した炎羅はその場で尻餅をついた。
俺は、この間にアリスと炎羅から数十メートルの距離を取った。
これで、戦いの巻き添えを回避できるだろうか?
アリスの強さに安心したものの、今度は別の心配が出てきた。
せっかく初配信で作った、のんびりとした雰囲気が、こんな激しい戦いではぶち壊しだ。いや、逆に、配信者狩りを退けてみせれば視聴者は今後、安心して配信を見に来てくれるか?
いや、ダメだ!そんな圧倒的な強さがバレたら、一気に色んな視聴者がやって来て、平穏な配信ができなくなってしまう!
難しいだろうが……なんとか強さを誤魔化しつつ、炎羅を退けてくれ。炎羅を完全に倒さなくたっていいから……!
「物理攻撃に強いんだな!だったら……」
炎羅は、さらに気を取り直して、アリスから再び距離を取った。
そして、掌を広げて、アリスに向ける。
掌の前に、大きな火球が姿を現した。
俺が前に遭遇したドラゴンの火球よりも、大きく眩い大火球だ。
炎羅め、魔法もこんなに強力だったのか!?
「泣いて謝ったら、許してやるよ!」
炎羅は、大声で叫んだ。
「この大きさなら、避けられないだろ!?」
確かに、今いるフロアは高校の教室より少し大きいくらいの広さで、逃げ場は少ない。
こんな大火球を何とかしてしまったら、ただ者じゃないことは明らかだ。まずいぞ、アリス!
物理攻撃は効かないと分かったんだ。ここで「ごめんなさーい!」と嘘泣きすれば、ボコボコにされることは無いはずだ。それとも、俺が先に……
「撃ってみなよ」
それまで、黙って炎羅の攻撃を捌いていたアリスが、口を開いた。
だが、その言葉は俺の意図とは全く反するものだった。
「探索者の大変さくらい、知ってる。最深層の怖さも、辛さも知ってる」
アリスが口にしたのは、炎羅を挑発するような言葉だった。
「撃ってみなよ!子どもみたいなあなたの攻撃、私には通じないから!」
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