第6話 初配信
「配信中、特に気をつけてほしいことは2つ」
「はい!ししょー!」
「まず1つ。モンスターは切り刻んだり、叩き潰したりするような倒し方をしない。可能なら、殺さず気絶させる」
「大丈夫!中層くらいまでなら、全部気絶させられます!」
「もう1つ。俺は配信中、アリスを正面から撮らないようにする。顔から身元を特定されないようにするためだ。アリスは、声色をちょっと高めに変えて、声で特定されないように気をつけてくれ。可愛い感じの声にできればベスト」
「あー、あー……『みなさん、こんにちは!』……どうですかっ!?」
「か、かわいい……あ!うん、OK!」
アリスがやりたいと言った、雑談配信。
その配信者は、探索配信を見るにA級以上の探索者だが、中層より下に降りることはせず、グロ描写を極力排除し、オモシロおかしく探索することを主旨としている。だから雑談に参加するコメントも、過激な発言は無く、気遣いのできる人ばかりだ。
俺とアリスが目指す配信は、そんな優しい配信。
辛い気持ちの人も、一旦、日常から離れて、楽しく過ごせる。そんな空間を提供するような配信だ。
それから、俺達の身元がバレるのは今のところ、徹底的に避ける方針にした。
S級以上の探索者の配信は、深層探索や激しいバトルを期待する過激な視聴者が集まって、荒れやすい傾向にある。アリスが
だから、少なくとも最初は、アリスの素性がバレないようにする。後々、情報を開示するにしても、状況を見て、だ。
配信に先んじて、1週間はSNSを使って宣伝・配信予告をした。
アリスの考えた文章があまりに女子感が無く、添削に思ったより時間がかかって苦労した。どういう生活をして育ってきたんだ……?しかし、苦労の甲斐あって初配信には、30人くらいが見に来てくれている。
コメントしてくれる人数を考えたら、雑談をするにはまだ少ない。
しかし十分だ。ここから増やしていけばいい。
配信開始の時間が来た。
俺はアリスに手で合図を送り、カメラを回す。
「はじめまして!弟子の”でし子”といいます!よろしくお願いします!」
配信開始はダンジョンの入り口を背景に、背中を向けたアリスの全身を写す。
「カメラマンは私のししょーです!普段は戦わないけど、本気を出すとすごい人です!」
なお、顔はいつものマスクで口元を隠し、仮面で目元も隠している。代わりに首から下は、体のラインがわかりやすい薄めの防具を着用。女子であることはしっかりアピール。
俺はカメラを回しながら、コメント欄をチェック。
―― こんにちはー!
―― 声がかわいい!
―― 探索者?何級?
―― 防具薄くない?大丈夫?
視聴者の数に反して、コメント数が多い。喋りたがりが多いのだろうか?若い女子目当ての人もいそう。
―― 師匠は男?
―― 危ないときは師匠が助けてくれるのかな
アリスの声も、ちゃんと視聴者に届いているようだ。配信画面とコメントは、俺の手元のスマホと、アリスの頭につけたモニターで画面共有。俺とアリスが同時に見られるようにしている。アリスには、適宜コメントにも返事してもらうことになっている。
「今日は、このダンジョンの低層を探検していきたいと思います!さっそく行きます!」
そう言って、アリスはつかつかとダンジョンの中へ入っていく。俺も、続いてダンジョンの中へ。
声からも緊張が伝わってくる。さっきまではリラックスした様子だったが、コメントを見て、配信しているという実感が湧いてきたのかも。
「このダンジョンは2年前に発見された、比較的新しいダンジョンで……」
探索開始から10分、モンスターに遭遇しない間は、事前に調べたダンジョンの情報を解説しながら、アリスは歩く。
視聴者が退屈しない工夫を、ということで、アリスが出したアイデアだ。
ダンジョン内のマップも事前に頭に入れて、歩くルートも大体決めている。
俺は、前を進むアリスの背中を撮りながら、後ろを歩く。
「あ、分かれ道ですね!右か、左!どっちがいいですか!?」
10分後にぶつかった分岐。ここは、可能ならコメントに聞いて、進む道を決めることにしていた。
―― 右!
―― じゃあ俺は左だ!
―― 右!左!っていいながら指差すのかわいい
コメントがちゃんと反応してくれるのは助かる。こういうときに無反応だと、言うことに困るからな……
「じゃあ、右に行きます!コメントありがとうございます!」
「広いところに出ました!あ!モンスターがいます!」
分岐の先は、高校の教室くらいのスペースがあり、中型犬サイズのウサギが5匹程度、鋭い牙をこちらへ向けていた。体毛が血色の悪い紫色なので、デカめのウサギではなく、れっきとしたモンスターだ。
予定通り。モンスターの数も、多すぎず少なすぎず。いい見せ場になりそうだ。
「やっつけます!」
アリスは飛びかかってきたウサギたちの体に手を触れ、次々と弾き飛ばす。モンスターの動きにうまく対応し、カメラには横顔が映ることもほぼ無い。
アリスの能力は、魔法・物理攻撃関係なく、あらゆる攻撃を跳ね返す『
「やっつけました!」
ものの1分で、飛びかかってきた4匹のウサギは地面に引っくり返って気絶している状態に。
残り1匹は、ただ事でないことに気づき、ダンジョンのさらに奥へ逃げていった。
―― 強い!
―― 無傷じゃん
―― 師匠の出る幕なくね?
いや、師匠の出る幕、一生無いから。むしろ、俺がモンスターに襲われないか、ずっと恐怖だった。
「じゃあ、奥に進みましょー!」
アリスは一度モンスターを倒したら、緊張が取れてきたのか、朗らかに喋れるようになってきた。テンションが上がってきたのか、指先をフリフリ揺らしながら、スキップぎみに歩く。背中から楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
―― 楽しそう
―― 指フリフリしてるのかわいい
でしょ?うちのアリス、可愛いでしょ。素顔はもっと可愛いんだが、見せられないのが残念。
「今日は、もうちょっとだけ探索したら終わりますね!」
2時間くらい経ったところで、アリスが言う。もちろん、予定通りの流れ。
知っているルートしか通っていないので、探索というより解説配信っぽくなったが、最初は危なげなく配信を終えること、そして、アリスの人の
視聴者数は、100人程度に増えている。有名配信者と比べたら全然だが、初配信としては上々だ。
―― もっとみたい!
―― 無理しないでいいよ
―― ちょっと退屈だったな
退屈で結構。スリリングな配信を見たかったら、他の配信を……
―― 配信者狩り来てる
……ん?
―― マジ?
―― すぐ下のフロアでやられてる配信者いたよ
配信者狩り!?最近話題になってるが、そういうのが現れないようなマイナーなダンジョンを選んだつもりだったのに!絡まれないうちに、早めに配信を終えて……
「おい」
その瞬間、ダンジョンの奥から、女のドスの利いた低い声が聞こえた。
「カメラが見えるな」
ズルズルと、何か重たいものを引きずる音とともに、髪の長い筋肉質の女がこちらへ姿を現した。
女が引きずっているのは、人間だ。
ボコボコに殴られた痕がある、気絶した男。
「お前らも、配信者だな?ついでだから、狩ってやるよ」
気づくのが遅かったぁー!
配信者狩りに遭遇しちまった……!
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