第5話 配信パーティ結成
俺に人生初の弟子ができてから、1日が経った。
俺を盾にしてきたパーティのメンバーから、連絡は一切来ていない。パーティのグループラインにも新着メッセージが無い。俺を抜いた別のグループを作っているのだろう。俺を恐れて、距離を取っているようだ。
つまり俺は晴れて、あのパーティから解放されたんだ。
あとは新しい仲間を見つければ、楽しくダンジョン探索配信ができる。
しかし、問題がまだ一つ残っている。
「ししょー!」
俺の弟子こと、
「今日こそ、一緒にダンジョン探索しましょう!ししょー!」
彼女は休み時間、俺の席へやって来た。
くっ……この時間は水筒のお茶を飲んで、まったりしようとしてたのに……!
「いま、『師匠』って言った……?」
「ヤバ」
近くの席でお喋りしていた女子達が、こちらを見て何やらヒソヒソ言っている。やめてくれアリス、教室で俺を師匠と呼ばないでくれ。
「あ、昨日は一人でダンジョン探索、お疲れさまでした!」
アリスは、元気はつらつで俺に挨拶する。
彼女は昨日も『一緒にダンジョン探索してください!』と言ってきた。が、これは色々と理由をつけて、何とか断った。
一度は『アリスと配信したい』と思ったが、よく考えたらおそろしく危険な行為だ。
もし配信中に俺が無能力者とバレたら、アリスが失望するどころじゃ済まない。もし前のパーティの連中が、その配信を見て真実を知ったら、俺に何をしてくることか……
一緒に配信できないなら、一緒にダンジョン探索する理由も無い。アリスと一緒にいればいるほど、リスクが増えるだけだ。
「弟子の私を好きに使ってください!」
アリスは、マスク越しでもわかりやすいニッコニコの笑顔で、俺に依頼する。
美少女に『私を好きに使ってください!』なんて言われるとんでもシチュエーション、もう二度と無いかもしれない。が、それでも承諾するわけにはいかない。
「そうだな……いや、今日の放課後も、ちょっと用事が……」
「えー……」
俺の歯切れの悪い返事に、アリスの笑顔が曇る。
「えっと……じゃあ、別の日でもいいです!いつなら大丈夫ですか?私、予定合わせます!」
「う、うーん……最近は、そうだなあ……あんまりなあ……」
「……」
何を言っても否定的な俺を前に、アリスはとうとう俯き加減になってしまった。
「しょ……しょうがないですよね!」
アリスは、わざと明るく振る舞うような感じで、顔を上げた。
「ししょーは、優秀だから忙しいもんね。今のは忘れてください……」
言葉には表していないが、その瞳が悲しみや寂しさを訴えている。
そのあと、自分の席に戻ろうと俺に背を向けるが、そのとき見せた横顔は明らかに落ち込んでいた。
なんか……可哀想だな。
昨日、友達に裏切られたばかりなのに、俺からも拒否されて……
いやいや、アリスは日本最強の探索者だ。ダンジョン探索配信をすれば、色んな人から応援してもらえるだろうし、ネットで募集すれば仲間だっていくらでも……
そう自分を説得しながら、俺は鞄から水筒を出し、口につけた。
「そうだ、ししょー!」
アリスは、くるりとこちらを振り向いて、俺の顔を見た。
「『ダンジョン探索配信』って、何ですか?」
「ぶっ!?」
俺は、思わず口に含んだお茶を吹き出しそうになった。
まさか、アリスも人の心を読む力がある!?
「昨日、探索の帰りにすれ違った人達が、『ダンジョン探索配信やろうか』って話してて。そんな言葉、初めて聞きました!」
「げほっ!げほっ!」
「配信って、インターネットで何かするんですよね?私、インターネットって学校の授業でしか使ったことないから、よく知らなくて!」
ん?お茶でむせてて前半よく聞こえなかったけど、人から聞いたって言った?っていうか、インターネットよく知らないって、今時そんなことある?
「で、でもスマホは持ってるんだよね?」
「スマホ持ってないです!」
変わった子だな。探索するダンジョンの情報を事前に調べることもできるから、スマホは必須アイテムだと思うんだが……
「スマホとかで探索の様子を撮影して、ネットに投稿するんだよ」
「え!?どうして!?」
「みんなに見てもらうために」
「見てもらって、どうするの!?」
「コメントもらったり、『いいね』をもらったり……」
「えー、面白そう!配信って、どうやったらできるんですか!?」
「え?」
「やり方、教えてください!」
ダンジョン探索配信のことなら、子どもの頃から配信を見て育った俺は、自分で言うのもなんだが、かなり詳しい。
しかし、スマホすら持ってない子に一から説明するのは、結構時間がかかるぞ。
「教えるよ。ただ、時間がかかるから……」
「わかりました!じゃあ、放課後にお願いします!」
「え、放課後?」
昼休みじゃダメなのか?と思ったが、まあ話をするだけだ、問題ないだろう、と思い直す。
「そうだな。じゃあ、放課後に」
「ありがとうございます!」
俺に約束を取り付けたアリスの瞳は、喜びで輝いている。
「ししょーとお話できる!やったー!」
俺の席から離れていくアリスは、嬉しさのあまり両手の指先をフリフリと揺らしながら、スキップぎみに歩いていった。なんだ、あの可愛い生き物!?
しかし、アリスが配信か……
SS級探索者だって自己紹介したら、一気にバズるだろうな。
まあ、一緒に配信するわけじゃない俺には、関係無い話か。
「こっちです!」
俺は放課後、アリスに手首を握られ、学校の外へ連れて行かれた。え!?教室で話すんじゃないの!?
アリスの細い指が俺の手首に触れた瞬間、近くの女子の「キャー」という、新たなカップルを見つけた喜びの悲鳴みたいなのが聞こえたが、もはや細かいことを気にしてはいけない。
「学校ではおもてなしできないので、ここまで来て頂きました!」
アリスが俺を連れてきたのは、デートでしか来ないような、おしゃれなカフェだった。
「お金は私が払います!好きなものを注文してください!」
「いや、お金は払うよ……」
言いつつ、俺はメニューを見る。
高い。紅茶一杯3000円て。ス○バの一番高いのより高い。一杯頼むので限界だ。
「それで、『ダンジョン探索配信』って、どうやってやるんですか!?」
注文を終えると、アリスがキラキラした目で俺を見つめる。
「えーっと、じゃあ、まず……」
俺は自分のスマホの画面で実際にチャンネルを見せながら、説明をした。
俺がよく見る配信者を例に、撮影の仕方、生配信の仕方、動画の作り方などを解説。
俺の語りは熱くなり、ついつい1時間近くの解説になってしまった。
しかしアリスは、すべての話を真剣に聞いてくれた。
そして、彼女が出した結論は……
「私、ししょーと一緒に配信したいです!」
「俺と!?」
「だって、スマホの操作とか、難しそうだから、一人じゃできなさそうだし……」
「慣れればできると思うけどなあ」
「ししょーが一緒だと心強いし、それに、二人でやった方が楽しそうです!」
「……アリスは、なんでダンジョン探索配信をしたいんだ?」
俺は、真剣な表情でアリスに尋ねた。
とても大事なことだからだ。
俺は、バズろうと頑張るより、友達と楽しくやって盛り上がりたい。
前のパーティみたいに、バズろうとして無理したり、炎上したり、パーティ内が険悪な雰囲気になったり……そんなことまでして、バズろうとすることに価値があるとは思えない。
もしアリスが、有名になりたい、という理由で配信したいのなら、俺は一緒には……
「んー……私、これがやってみたいから」
そう言って、アリスは俺のスマホに表示されている、配信のアーカイブ映像を指差した。
それは探索中の映像ではなく、探索を終えて、場所を移動して雑談をしている場面だった。
ときどきコメントの内容を拾って、それに返事をしたり、投げ銭のお礼を言ったりしている。
「これ、コメントがみんな面白いこと書いてて、楽しそう!これがやりたい!」
「え?これ……?」
「これって、ダンジョン探索しないと、できないですよね?」
『雑談枠』と呼ばれる、雑談がメインの配信は存在する。だが、最初から雑談だけでは視聴者は集まらない。何か、配信者の魅力が伝わるような配信をして、チャンネル登録者を増やすのが先だ。今の流行なら、やはりダンジョン探索配信だろう。視聴者も、アリスが話しやすい、ダンジョン探索に興味のある人が集まるはずだ。
「まあ、絶対ではないけど、天音さんならダンジョン探索配信を先にした方がいいね」
「やっぱり!」
アリスは納得した表情で、うんうんと頷く。
「それに、ししょーも配信の話をしてるとき、楽しそうでした。だから、ししょーも誰かと配信したいんじゃないかなって思って……」
そしてアリスは、マスクを下にずらしてアイスティーのストローに口をつけた後、言った。
「な、何となくですよ!違ったらごめんなさい!でも、もし一緒に配信してくれたら、すごく嬉しいなって……」
アリスは、ちょっとだけ俯いた。
恥ずかしそうに、唇を少し曲げている。
マスクを外したアリスの顔は表情豊かで、可愛い。
こんなに魅力的で、強くて、野心的じゃなく平穏な配信が好きな仲間。
断ったら今後、他に現れるだろうか?
……無能力者だってことは、上手く立ち回れば、バレずにやることだってできるはずだ。
「バズろうとか、有名になろうとかは、しないからな」
俺は、念を押しながら、言った。
「アリスが楽しく喋れるように、手伝いするだけなら、いいよ」
「やったー!」
アリスの表情が、ぱあっと明るくなった。
「よろしくお願いします!」
かくして、俺はアリスとダンジョン探索配信をすることになった。
カフェでは、どこを探索するかを一緒に決めて、準備するものを確認して。
解散した後、俺は家で、どういう形式で配信をするといいか、何時間も夢中になって考えた。
こんなにワクワクするのは、前のパーティに探索を誘われたとき以来かもしれない。
いや、今回のワクワクは、あのとき以上だ。
そして、俺の弟子・アリスとのダンジョン探索配信は、始まりの日を迎えた。
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