第4話 弟子入り志願

「魔王様は今、世界征服に必要な人材を集めてるの。アリスのことも、気になってるみたい」

 ヒカリは言う。

「だから、私と一緒に来て?」




 ヒカリは、人の心を読む能力を持っている。しかも斬撃は飛ばせるし、動きは速いし……動画で見たことがあるS級探索者より、遙かに強く感じる。


 そして”魔王様”って誰?そんな奴がいるって話、聞いたことがない。


 とにかく。

 人質を取られている以上、こちらが不利だ。




「……わかった。言うこと、聞くから」


 アリスは歩み出し、俺の前から離れて行く。


「どこへついていけばいいの?」

「魔王様は最深層の、さらに下にいるの。このダンジョンからも行けるから、私についてきて」




天音あまねさん!」

「ごめんね。私が行ったら、すぐ逃げてね」

 こちらを見ずに言うと、アリスは、ヒカリの方へ歩みを進めだした。


 それを見て、ヒカリは笑みで口元を緩めた。




 俺のパーティのリーダーは、全身を斬られてから、もうピクリとも動かない。

 人質に取られた回復役ヒーラーは、気を失っている。

 杖を失った魔法使いウィザードは、アリスとヒカリのやり取りをただ呆然と眺めている。


 何の能力もない俺に、何ができる?


 けど、このままアリスを行かせるわけにはいかない。

 助けてくれたアリスを見捨てる気か、俺!


 できることを考えろ。

 たとえヒカリに考えを読まれるとしても。

 何も考えなかったら、何も解決はしない。

 記憶の中から、何かヒントを見つけるんだ。




『あれくらいのドラゴン、余裕だよ。私達、S級探索者だから』

『人の心を読む能力が使えるんだね』

『あんな恥ずかしいの、桜坂さくらざかくんも好きじゃないよね!?』




 1つだけ、作戦を思いついた。




 上手くいくかは分からない。けど、迷ってる暇はない。


 俺は、ヒカリに向かって突進した。




「何考えてるの?」

 がむしゃらに突っ込んでくる俺を、ヒカリは冷ややかな目で見る。


 無策で突っ込んでくるように見える俺の考えを、読もうとしている。


 そうだ。これが、俺の狙いだ!







「なっ……!?」




 俺の考えを読んだのだろう。

 ヒカリは、驚きで明らかに動きが止まった。




「な……な……!」

 戸惑うヒカリに向かって、俺は勢いのままタックルした。

 無防備にタックルを喰らったヒカリは、俺に押し倒されるように地面に倒れた。

 抱えていた人質の回復役ヒーラーが、ヒカリの腕から離れる。


「なんでこんなところで……」


 ヒカリは、俺の考えを読んだことで……




 顔を真っ赤にしていた。




 ヒカリも、まさか俺が突撃しながら考えているとは、思わなかっただろう。


 さっき落ちていたAVの内容を、鮮明に思い出しているとは!




「こ、この、変態!」

 叫ぶヒカリは耳まで赤くして、瞳を潤ませている。

 AVのパッケージでもあれだけ動揺していたんだ。内容を見せれば、さらに動揺することは想像にかたくない。




 狙い通り、ヒカリは完全に動揺し、人質から離れた。


「はっ!?」

 だが、その失態にヒカリはすぐに気づいたようだ。

「この……!」


 今度は俺めがけて、ヒカリは右手のナイフを振り上げた。


 しかし、アリスがヒカリのナイフを弾くには、十分な隙があった。


「ヒカリちゃん!」

 ヒカリがナイフを振り下ろすと同時に、アリスの左手がナイフに触れた。

 ナイフはヒカリの右手から離れ、宙を舞う。


「くっ……!」

 ヒカリは、アリスと俺から逃げるように離れ、地面を蹴った。

 薄暗くてよく見えていなかったが、ヒカリの移動した方は森が途切れていて、断崖絶壁になっている。




「さ……桜坂くんがなかなか手強いみたいだから、今日は撤退してあげる」

 ヒカリは、震え声で捨て台詞を言うと、もう一度地面を蹴り、崖の下へ落ちていった。


 S級探索者の実力があるんだ。身を投げたのではなく、何らかの方法で崖の下に着地できるのだろう。







 なんとか、撃退できた……


 俺は何かを失った気分だが、とりあえず今が無事なのを喜ぼう。

 俺が戦闘中にAVのこと考えてたってヒカリが言いふらしたら人生終わるけど、今は気にするな。


 アリスは、俺の前で背を向けている。

 ずっと一緒に戦ってきた友達に裏切られたんだ……

 やっぱり、ショックだろうな。




 一部始終を呆然と見ていた魔法使いウィザードは、ハッと我に返ると、こちらへ歩いてきた。

 おいおい、まさかここでもアリスをナンパしようとしないだろうな?


「盾、いや、桜坂……」

 しかし意外にも、声を掛けた相手は俺だった。




「お前がまさか、S級もビビるような能力を持ってるなんてな」




 ……ん?




「見たぜ。S級探索者のヒカリが、顔真っ赤にして取り乱すなんて……よっぽど強い能力なんだろ!?」

「い、いや……」

「S級が思わず『変態』と叫ぶような、変態的に強い能力……一体何なんだ!?」


 そういう『変態』じゃないんだよなぁ。


「と、とにかく、今まで『盾』なんて呼んで、悪かった。許してくれ!な!」

 そう言って、魔法使いウィザードは俺にペコペコと頭を下げる。


 そっか。

 俺が強いと思ったら、見直すんじゃなくて、ビビるんだな。


「もう盾になれなんて言わない。リーダーにもそう言っとく。探索も、嫌なら来なくたっていい。だから……」

 魔法使いウィザードは、完全に怯えている。俺が強い能力を持っていると、心から勘違いしているようだ。




 誤解でこんなに怯えてるのは、ちょっと可哀想だ。

 けど、今まで俺を盾にしてきたのが原因なんだ。このままビビらせとこう。




 考えていると、アリスがこちらを向いた。

 そのとき、俺は我に返る。

 魔法使いウィザードより近くで見ていたアリスは、気づいてるはずだ。俺が能力なんて持ってないことに。

 このまま黙ってたら、アリスに怒られるに違いない。

 怒られる前に、自分から明かしといた方がいいか!?




「あ、実は……」

「すごい!」


 アリスは、開口一番、俺を褒め称えた。


「ヒカリちゃんをあんな風に圧倒する人、初めて見た!どんな能力を使ったの!?」




 ……えっ?




「私、攻撃されたのを跳ね返すのは得意だけど、先制攻撃して友達を守るのは苦手で……だから、桜坂くんみたいな力を身につけたい!」


 いや、戦闘中にエッチなこと考えただけですよ?絶対身につけない方がいいと思うけど。

 しかしアリスは目を輝かせて、熱視線を俺に送る。


「教えて!ヒカリちゃんに何をしたの!?」

「あ……いや……」

 『エッチなことを考えたんだ』なんて、言えるわけないだろ!


「そ、そっか……そうだよね……」

 俺が返す言葉に困っていると、アリスは俯いて、勝手に考察を始めた。

「そんなにすごい力、他人に簡単に教えるわけないもんね。でも、秘密は知りたいし……そ、そうだ!」


 アリスは、ハッと思いついたように顔を上げて、俺の顔を見上げた。




「私を、弟子にしてください!」




「はい!?」

 俺は、驚愕で裏返った声を出してしまった。


「それでいつか、私に秘密を教えてもいい相手だと、認めてもらいます!」


 S級探索者が、俺の弟子に!?ムリムリムリ!無能力者だって、いつかバレてしまう!


「で……弟子などは、取っていなくてダナ……」

 俺は、さっきのヒカリ以上の動揺を見せつつ、やんわりと断ろうとする。が、しかし。


「私、ヒカリちゃんもいないから、一人だし……だから、まずは桜坂くんのパーティに入れてもらえるだけでいいの。お手伝いとして!」

 アリスは、必死で俺の弟子になろうとしてくる。

「だから、お願い……」




 そのとき、ここまでの戦いでボロボロになってきていたのか、アリスのマスクの紐が切れて、地面に落ちた。

 構わず、素顔で俺を見つめるアリス。

 驚いたことに、その左頬には、十字架のような紋章が刻まれている。

 さらに、もっと驚いたことに、マスクを外したアリスの素顔は、外す前より可愛い。

 綺麗な輪郭の顔に、可愛らしいラインの唇、白くて美しい肌……

 完全無欠の美少女だ。




「お願いします!」


 このまま尊敬されたまま終わるには、断るのが一番だ。

 しかし、アリスの押しと、この美少女と一緒にダンジョン探索したいという俺の欲望が……


「し、仕方ないな」


 俺に「Yes」を口走らせてしまった。




「やったー!」


 アリスは満面の笑みで、両手を挙げて喜んだ。可愛い。たまらん。




「S級が弟子に……ば、化け物……!」

 魔法使いウィザードは、一連のやり取りを聞いてさらにビビっていた。




「あ、これ、私の名刺です。ラインのIDもあるから、受け取ってください!」

 アリスは、そう言うとポケットから名刺を取り出して、俺に差し出した。


「ど、どうも……」

 おずおずと受け取って見た名刺の内容に、俺は再び驚愕した。




『探索者 ランク:SS 天音アリス』




 SSダブルエス級!?


「えっと、天音あまねさんって、S級じゃ……」

「なんか最近、S級の上に新しくできたランクみたいです!ヒカリちゃんが『SS級ってバレると面倒』って言ったから、普段はS級って言ってます!」


 SSダブルエス級のことは、ニュースで見て知っている。

 S級探索者の中から、飛び抜けて強い者を分類するため、新たに設定された階級だ。

 日本では現在、SS級の認定を受けた探索者は、一人しか存在しない。


 つまりアリスは、今の日本で最強の探索者ということだ。


 そういえば、思い出した。

 日本初・SS級の認定を受けた探索者は、頬に十字架の紋章を持つ女だ、って噂。




「よろしくお願いします、ししょー(師匠)!」




 俺は確信した。

 本当のことがバレたら、俺は死ぬ。


 でも、俺を慕うアリスを見て、のんきにも思ってしまった。


 アリスと、ダンジョン探索配信してみたい。

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