第3話 かつてない難敵

 S級探索者。

 それはS、A、B、C、D、Eと分類されたランクの中で、最深層に到達したことがある者のみが与えられる、最高の称号だ。




「一緒に行こうよ、桜坂さくらざかくん」


 いぬいヒカリは、俺の腕を引っ張って立たせると、楽しそうに言う。


「ダメだよ」

 マスクをした少女・天音あまねアリスがこちらへ歩みを進めながら言う。

「他の人も、後ろの階段から帰って。レベルが合ってないから」




「厄介なドラゴンは消えた……よし、行くぞ!」

 しかし俺のパーティのリーダーは、こんなことの後でも威勢よく吠える。


「い……嫌よ!あたし、死にたくない!」

 回復役ヒーラーは、必死に反対する。


「あ?何言ってんだ、てめぇ」

「ひっ……」

 しかしリーダーが睨むと、彼女は引きつった声を上げた。


「おら!『盾』!さっさと来い!」

 そして、リーダーは俺の腕を引っ張って、ヒカリとアリスの近くから引き離す。

 いや、俺はほっといてくれよ!そんなに盾、いる!?さっきみたいなモンスターには、まるで意味ないけど!?




「あらぁ、この子達、残念ながら帰らないみたいねぇ」

 ヒカリは、意地悪な笑みを浮かべた。

「ほっといたら、またキケンな目に遭うかも。他の子はともかく、無理矢理連れて行かれる桜坂さくらざかくん、かわいそー」


「ちゃんと断ればいいのに……」

 アリスは、困ったような目をした。そして……

「今日だけだよ」

 短く、告げた。




「やったー!」

 ヒカリは、嬉しそうにバンザイした。


「え……え?」

 こうして俺達パーティは心強い同行者を得たわけだが、リーダーは状況が飲み込めず困惑していた。







「アリスちゃん、2人だけでずっと探索してるの?」


 状況に慣れるのが人より早い魔法使いウィザードが、しきりにアリスに話しかけ始めた。


 S級探索者に取り入ろうとしているのか?

 それとも、単純にアリスと仲良くなりたい?……アリスは、マスクで素顔こそ分からないものの、色白で綺麗な肌に大きな黒い瞳の美少女だ。十分にあり得る。


「S級って、10人くらいしかいないんでしょ?すごいね!俺なんかさ……」


 アリスの反応が悪くても、めげずに話しかけ続ける魔法使いウィザード


「だから、ダンジョンってよくさ……」


 最初は反応が薄かったアリスも、徐々に気を許し始めたのか、たまに笑顔を見せながら話すようになった。


「でしょ?」

「うん、そうだね……」


 ……なんだか、もやもやする。

 アリスと仲良くなった魔法使いウィザードが俺より先にパーティを移籍してしまうのでは?というか、そもそも仲良くなりそうになってること自体が腹立つ!




「アリスが男の子と仲良くなるの、気になるんだ?」

 ヒカリが俺の隣に駆け寄って、いじわるな笑みを浮かべる。

「私よりアリスの方が好きなのー?」


「えっ!?いや……」

 俺は、ヒカリの放った言葉に、少し取り乱しかけた。

 自分の気持ちを見透かされたような気分。


「大丈夫だよ。あの感じは、全然気を許してないときの愛想笑いだから」


 ヒカリの発言に俺は内心、ホッと胸をなで下ろす。


「安心した?」

「ああ……あっ、いや!」

 問いかけに反射的に答えかけて、ハッとした。この返事じゃ、「俺はアリスのことが好きです」って言ってるようなもんだぞ!?


「いや!そういうわけじゃ……あっ?」

 ヒカリに言い返そうとした俺は、足に何かが引っかかる感触に気づいた。




 トラップか!?




 焦って足下を見るが、俺の足に引っかかったのは、誰かが落としたと思われる鞄。大きめのハンドバッグだ。


「鞄だね。こんなところに誰か、落としてったのかな?」

 ヒカリが鞄の持ち手を握って、俺の足から外してくれる。


 鞄の口が傾いて、何かのパッケージが転がり落ちた。

 パッケージには、カラフルな写真が掲載されている。


「きゃっ!?」

 ヒカリは、その写真を見ると、ビクッとして1歩後ろへ引いた。


「どうしたの?」

 後ろを歩いていたアリスが、怯えるような素振りのヒカリの肩越しに、パッケージを見る。

「あー、エッチなやつだー」

 そして、ちょっとだけ笑みで目を細めた。


 そのパッケージは、いわゆるAV……アダルトビデオのものだ。ダンジョンにこんなもの持ってくる奴、いるのか?


「す……すごいポーズしてた……!」

 ヒカリは両手で顔を覆っているが、指の隙間から見える彼女の頬と耳は真っ赤。

「ヒカリちゃん、こういうの苦手だもんねぇ」

 アリスは、平然とパッケージを眺めていた。

「でも、こんなところまで誰が持ってきたんだろ?」


「もう!ほっといて行こ!」

 ヒカリは、かかとでAVのパッケージを鞄の中に押し込むと、スタスタと一人で前へ歩き出した。

「あんな恥ずかしいの、桜坂くんも好きじゃないよね!?」


 言えない。そのAV、俺もダウンロード版を持っていることを。

 それ、女子高生とイチャイチャする系です。絶対に言えません。


 っていうか、さっき俺をからかっていたヒカリからは、想像できない取り乱しようだ。意外だな。


「アリスちゃん、エッチなの平気なの?むしろ好きだったり!?実は俺さあ……」

 おい魔法使いウィザード!ここぞとばかりに話を広げようとするな!







「でも、鞄があったってことは、そろそろかな」




 ヒカリが突然、独り言を口にした。




 さっきまでの高い声とは打って変わった、落ち着き払った声で。




 その変化に最初に反応したのは、アリスだった。

 ヒカリの隣にいる俺に向かって、アリスは右腕を伸ばす。


 それと同時に俺へ差し伸べるヒカリの手には……


 大型のナイフが握られていた。




「危ない!」


 誰かの声が上がった瞬間には既に、ナイフの刃がアリスの右腕に届いていた。

 しかし刃はアリスの腕に触れるか触れないかのところで弾かれ、その衝撃が空気の振動となってビリビリと俺の鼓膜を揺らす。


 刃が振り下ろされたアリスの腕は、無傷だった。


「やっぱり、私の攻撃も効かないね!」

 ヒカリはそう言いながら、地面を蹴って後ろへ跳び、俺とアリスから距離を取る。


「何!?何!?」

 状況が掴めず、オロオロと視線をあちこちへ動かす回復役ヒーラー

 さっきまでアリスの隣にいた魔法使いウィザードは、呆然としている。


「ヒカリちゃん、何のつもり!?」

 アリスが強い語調で問いただす。


「アリスのこと、ずっと狙ってたんだよ?」

 ヒカリは、攻撃を防がれたにもかかわらず、余裕そうだ。

「ずっと待ってたの。こうやって、弱い人と一緒に行動する時を」


 そう言ってヒカリは、うっすらと、不気味な笑みを浮かべる。


 その背後に、鉄球を振りかぶるパーティリーダーの姿があった。

 今の一瞬の動きで、ヒカリを敵と判断したのだろう。既に背後へ回っている決断力には驚かされる。


 しかし、ヒカリには通用しなかった。


「鉄球じゃ攻撃が遅いよ」

 ヒカリは後ろを見ることもせず、ナイフを背後に向けて数往復、振った。

 その斬撃は鉄球を両断し、リーダーの全身を切り裂く。


 リーダーは、背中から倒れて動かなくなった。


「きゃああ!?」

 回復役ヒーラーが悲鳴を上げるが、その口はすぐに手で塞がれた。


 ヒカリが瞬く間に回復役ヒーラーの後ろへ回り、口を左手で押さえたのだ。

 すると、回復役ヒーラーはすぐに白目を剥き、気を失った。左手に、何か薬でも握っていたのか!?


「私はアリスには勝てない。でも、人質を取ればアリスは、私を倒せなくなる」

 力なくうなだれる回復薬ヒーラーの体を左腕で支えながら、ヒカリは言う。


 そして、ナイフを握った右手を、大きく振った。


 どうやら、彼女は斬撃を飛ばすこともできるようだ。


 宙を飛ぶ空気の切れ目が狙ったのは、俺でもアリスでもない。

 飛んだ斬撃は魔法使いウィザードが手に握っていた杖を折り、使い物にならなくした。


「いつ魔法を撃つ隙ができるか、もう考えなくていいようにしてあげるね」


 ヒカリは、そう言って魔法使いウィザードに笑いかけるように目を細めた。




「人の心を読む能力が使えるんだね」

 アリスが、俺を守るように前に立ち、ヒカリと対峙する。


「そう。アリス以外の子が考えたことは、全部私に筒抜け。だから、人質は絶対に逃げられない」

 ヒカリが冷たい視線をアリスに向けた。

「お願いアリス。私と一緒に、『魔王様』のところまで来て」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る