第2話 合同探索

 学校の休み時間。一人で昼食を終えた後。


 うとうとしながらイヤホンでラジオを聞いていたら、番組の合間にニュースが流れてきた。


『次のニュースは、相次ぐ被害で話題になっている、ダンジョン内での誘拐事件についてです。道具を使わずに他者を治療できる、いわゆる回復役ヒーラーが狙われやすく、警察は注意を呼びかけ……』




 はあ……


 他の探索者も大変だな。


 けど盾にされてる俺は、ひょっとして誰かにさらわれた方がマシな扱いをしてもらえるんじゃ?




『次は、”他者の思考を読む能力”を悪用し、銀行口座の暗証番号を盗む手口が……』




 ふと、右肩にツンツンと、何か柔らかいものが当たる感触がした。

 振り向くと、隣の席に座っている女子が、俺の肩を指でつついていた。


 いぬいヒカリだ。昨日、ダンジョン内で会った子。


 何かを言っている。俺は、耳からイヤホンを外した。




「今日の放課後、一緒にダンジョン行こうよ」

 ヒカリが、小声で言った。


「えっ?でも……」

 言いながら、俺は前の方の席に座っている天音あまねアリスに、視線を向けた。彼女は横を向いて、近くの席の女子と会話している。


「場所教えるからさ、偶然一緒になった、って感じで合流しよ。何度も一緒に探索してれば、きっとアリスもパーティに入れようって気になるよ」


「そ、それは……」

 それは、かなり魅力的な提案だ。


 だが、今のパーティの奴らが許してくれるだろうか?

 ……いや、絶対に無理だ。


 俺は既に一度、パーティを抜けようとしたことがある。黙って他のパーティの探索に参加した。

 次の日、俺が参加したそのパーティは奴らの襲撃に遭い、半分は病院送り。

 俺も、その時に受けた傷のあとが……背中に残っている。




「ごめん。放課後は別の用事が入ってるから……」


 ヒカリとアリスがどれだけの実力者かは知らないが、俺のせいでキケンにさらすわけにはいかない。


「そう、残念」

 ヒカリは、気怠げに頬に手をついた。

「気が変わったら、いつでも声掛けてね」







 放課後、俺は普段よりも学校から遠い場所へ呼び出されていた。


 最近見つかった新しいダンジョンに入るらしい。


「今日のダンジョンは情報が少ない分、収穫も沢山見込める。気合い入れていくぞ!」


「おー!」

 リーダーの発破に、回復役ヒーラーの女子が元気に返事した。


「炎を吐いてくるモンスターが多いらしいって噂もあるぜ。『盾』が大活躍できそうだな」

 魔法使いウィザードの男子は、スマホ片手に俺を見下した目で見る。


「盾、ちゃんと働けよ!おら返事!」

「は……」

「よし、行くぞ!」

 リーダーが勇み足でダンジョンの中へ入っていくと、回復役ヒーラーはクスクスと笑いながら後に続いた。




 今日のダンジョンは、入った直後から異様な雰囲気を醸し出していた。

 入ってすぐの細い通路は、床、壁、天井の全てが雑草に覆われている。そして、それをしばらく歩くと、10方向もの通路に繋がる分かれ道になっていた。


「正面の階段は足跡が残ってる。戻ってきてる足跡もあるから、キケンなトラップは少なそうね」

 床を観察しながら回復役ヒーラーが言った。


「逆に右の階段は全く足跡が無い。ってことは……」

「まだ取られてない宝が多そうだ!よし、行くぞ!」

 魔法使いウィザードの言葉に続いてリーダーが威勢良く言った。


「えー?トラップあったら怖ーい」

 回復役ヒーラーはあまり乗り気では無い。


「よし、『盾』!前に来いや!」

 リーダーが、最後尾の俺の方を振り向いた。


 はあ……やっぱり、そうきたか。


トラップがあるか、慎重に調べながら進めよ」

「はい……」


 俺はパーティの先頭に立ち、懐中電灯で床を照らしながら進む。しかし階段も雑草で覆われていて、トラップのスイッチが隠れていても気づくのは難しいだろう。

 トラップは落とし穴のような比較的安全なものから、踏んだ瞬間に心臓を針で貫かれるような即死トラップまでさまざまだ。気づきにくくても、細心の注意を払いつつ進むしかない。


「おい!歩くのおせぇぞ!さっさと進めよ!」

 俺が前に出たことで最後尾になった魔法使いウィザードが、文句を言い始めた。

「いちいち床見ながら進むんじゃねぇ!てめぇが踏んで罠にかかるように、そこら中踏み荒らしながら進みゃいいんだよ!」

 指示に従わないと後で殴られるが、俺は今回だけは従わなかった。だって、即死罠踏んで死にたくないし。




「チッ!」

 階段を降りきって開けた場所に出た後、魔法使いウィザードが舌打ちしながら俺の後頭部をグーでぶん殴った。

 続いて罵倒か暴力がくると思ったら、意外にもそうじゃなく、彼は正面を見て呆然としていた。


 目の前には、森林が広がっていた。


「外に出た……わけじゃないよな」

 リーダーが呟く。


 俺は思わず、上を見た。天井は見えないが、見渡す限り真っ暗。外に出たなら、快晴の空が広がっているはずだ。


「こんな真っ暗なのに、木が生えるのかしら……?」

「迷わないようにするの、めんどくさそうだな」

 パーティメンバーは、口々に感想をらす。


「まっすぐ歩けば問題ねぇ!さっさと行くぞ!」

 リーダーは、相変わらず威勢だけいい発破をかける。

「いや……」

「『盾』、うるせぇぞ!さっさと前歩け!」


 リーダーは俺の言葉を遮って、先を進むよう促す。

 いや、まっすぐ進んでるかなんて、モンスターや罠に遭遇したら、すぐに分からなくなるぞ!?


「歩かねぇなら……ん?」

 苛立つリーダーは、上空に明かりを見つけて喋るのを中断した。


「ねえ、あれ……」

 回復役ヒーラーが指を差して、震えた声を出す。




 明かりは、木々の上を飛ぶドラゴンの口から漏れ出ている、炎だった。


 上の方にいるから、ドラゴンのサイズはハッキリとは分からない。ただ、なんとなくのサイズ感で言えば……


「その辺の家よりデカいぞ、あれ……」

 魔法使いウィザードも、俺と同じくらいの目測のようだった。


 あんなサイズのモンスターは、普通のダンジョンなら最深層……地下100階以降にいるか、いないかだ。

 ましてや、中層……地下30階に2,3回入ったことがあるだけの俺達にとって、あんなドラゴンは見るのも初めてだ。


 巨大な翼を広げて飛んでいたドラゴンは大きな口を開くと、遠くにある大きな岩に向かって火球を吐き出した。


 火球は2階建ての家くらい大きな岩を丸ごと飲み込み、轟音と共に消し飛ばした。


 跡には、メラメラと残り火が燃えるだけで、岩は跡形も無い。


「きゃあああ!」

 回復役ヒーラーが恐怖の悲鳴を上げた。


「ムリムリムリ!あんなのに襲われたら死んじゃう!あたし帰るから!」

 彼女はそう言い、降りてきた階段へ一目散に走る。


「おい、うるせえぞ!あのドラゴンに目ぇつけられたら……」

 注意しかけたリーダーが、血の気の引いた表情を見せた。


 さっきよりこちらへ近づいたドラゴンの顔が、こちらを見ている。

 正確には、俺達より少し後ろ。

 声を上げた、回復役ヒーラーの方だ。


「ぎゃっ!」

 短い悲鳴が聞こえた。見ると、回復役ヒーラーが何かに蹴躓けつまづいたのか、地面に倒れている。


 上空が、明るくなった。再びドラゴンを見ると、その大きく開いた口内で、青白い炎が太陽のように輝いている。


魔法使いウィザード!魔法で何か対抗……」

「できるわけないだろ!あんな規模の魔法、俺が撃てると思う!?」

 リーダーと魔法使いウィザードが言い合っている間にも、ドラゴンの口の中の炎は、さらに大きく、明るさを増していた。


 その間、俺は回復役ヒーラーの元へ駆け寄っていた。

「早く逃げよう!」




 俺はバカだ。

 さっきの規模の炎だ、ここまで近づかれた時点で、どこへ逃げたって炎は避けれない。

 頭の中で分かってるのに、回復役ヒーラーが怖がっているのを見て、ただ、何もできないのが悔しくて、駆け寄った。


 この子に覆い被さって炎を受けたら、この子だけでも助かる可能性はあるだろうか?

 いや、無いか……

 こんなところで死ぬのかよ、俺。

 昼にヒカリの誘いに乗ってたら、死なずに済んだかな?


 あーあ、俺、マヌケだなあ……




 ドラゴンの炎の明るさで周囲が照らされる。

 俺は、死を覚悟して目をつむろうとした。


 だが、閉じかけた目に映り込んだ。


 階段を駆け下りて、しゃがみ込んだ俺の背中の上を飛び越えていく人の姿。




 俺は目を開いて、振り返った。




 ドラゴンの口から放たれた、大火球。

 その前に立った、一人の少女。




 火球は少女に触れるか否かのところで、その進行方向を……


 真逆に変えた。


 特大の火球は、さらに大きさを増しながら、それを放ったはずのドラゴンの体を包み込んだ。


 鼓膜が破れんばかり、苦しみの咆吼ほうこうを上げながら、全身が炎上しているドラゴンはこちらに背を向けて飛び去り……

 そして、森の中へ落ちていった。




「あらら、山火事にならなきゃいいけど」


 呆気にとられてその場に座り込む俺と回復役ヒーラーの横に立った、もう一人の少女。

 その少女は……


いぬい……ヒカリさん?」

「あれー!桜坂さくらざかくんじゃない!奇遇だね!」

 俺を見ると、ヒカリは嬉しそうに言った。


 ってことは……


 さっきドラゴンの炎を跳ね返した少女を見た。


 マスクをした少女。やっぱり、天音あまねアリスだ。


「あれくらいのドラゴン、余裕だよ。私達、S級探索者だから」

 ヒカリは、得意げに言う。


「やっぱり、私達と一緒に探索しない?」

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