【085】BLACK×WHITE ~オールイン・クロスオーバー!~



 ◇  ◇  ◇



 都心にそびえるオフィスビルの最上階。かつてトレードマークとしていた白のライダースジャケットに身を包み、彼は久方ぶりにその部屋を訪れた。

 秘書型AIがうやうやしく彼を招き入れるが早いか、文字通り諸手を挙げて歓迎を示したのは、未来的な社長室プレジデントルームにおよそ似つかわしくない巫女みこ装束姿の少女。その頭上ではふさふさの狐耳がぴょこんと張り、愛嬌のある顔立ちには満面の笑みが浮かんでいる。


「久しいの、お犬様よ。おっと、今は別の名があるのじゃったか」

「昔のままでいいよ。儲かってそうだな、コン」

「くっく。その名で呼ばれるのも数年ぶりじゃ」


 懐かしい呼び名と小気味よい笑い声が、短くも濃い戦いの日々を彼に思い出させた。

 妖術特務機関出身のエージェント「白犬」。それが、ここでの彼の顔である。


「あのバイクでおぬしと共に被災地を駆け回った日々が昨日のことのようじゃわい」

「そんなナリして年寄りみたいなこと言いやがって」


 彼がソファに腰を下ろすや否や、狐娘はどこからともなく取り出した手水舎ちょうずや柄杓ひしゃくで、ローテーブルの上のカップに紅茶を注いできた。


「それはどこから突っ込んだらいいんだ?」

「なに、たまにはこともしておかんと、神通力が鈍ってしまうでな。お望みなら日本酒も出せるぞ?」

「あいにくバイクなんでな」


 なみなみの紅茶に口をつける彼を満足げに見て、彼女は自身の尻尾を撫でながら言う。


「お互い多忙の身。わっちと旧交を温めに来た訳でもなかろう」

「ああ。お前の力を借りたい」


 聞こう、と身を乗り出して応じる狐娘を前に、彼は今回の仕事ミッションの内容を語り始めた。


「――ってワケだ。化かすのは得意だろ?」

「まあ、の」


 稲荷の遣いと敏腕経営者の二足の草鞋を履くあやかし少女は、ふむ、と喉を鳴らして続けた。


「他ならぬおぬしの頼み、力を貸すのはやぶさかでないが。しかしせんな、直接突入して制圧すれば済むじゃろうに」

「そうもいかない事情があってな」


 彼が持つ万年筆型プロジェクターから、社長室の白い壁に映像が映し出される。

 CMや特集番組で見かけぬ日はない巨大回転寿司店。満席の店内で忙しなく働き回っているのは、緑の甲羅を背負った河童娘、猫耳の目立つ黒猫娘、ピアスと銀髪をギラつかせたデスメタル娘の姿だった。

 若き特級ニンジャ上忍マスターに仕える自称・三人娘。裏稼業の世界で彗星の如く頭角を現した四人組フォーマンセルの噂は、この妖狐とて知らぬ筈はない。


「ふぅん……。これはまた面倒なことになっとるの」

「まあ、の世界に生きてる限り、いつかは宿命だがな……」


 吐き出すように言う彼に、狐娘はくくっと笑って流し目を向ける。


「いいじゃろ、忍者ハーレムの娘っ子どもに負けてはおれん。パートナーは量より質じゃと、わっちが彼奴きゃつらに教えてやる」

「バチバチは控えめで頼むぜ。……しっかし、お前の口調。ほんと、昔のラノベのパクリみたいだな」

「よく言われるがの。あっちが狼と香辛料なら、こっちは狐と油揚げじゃ」

「何一つ上手いこと言えてねーぞ」



 ◇



 それから、思い出話も早々に社長室を辞し、愛車のスズキKATANAを走らせていた彼が、赤信号を前にスピードを緩めたその時。


「――ッ!」


 フルフェイスのバイザーすれすれをかすめて、スペツナズナイフの刀身が路面に突き立っていた。

 咄嗟に鞍上から飛び退き、振り仰いだ建物の屋上には、漆黒の装束を纏った襲撃者の姿。


「白昼堂々の襲撃とは、闇の住人が聞いて呆れるぜ」


 煙を上げて路面を削る単車の悲鳴をバックに、白と黒、二つの視線が高低差を隔てて交錯する。


「妖術特務機関の生き残り『白犬』だな。あんたに恨みはないが、これも仕事だ」

「そうかよ。なら、こっちも遠慮なく相手させてもらう!」


 組織の形見の妖力腕環ブレスを起動させ、彼は片手に炎を纏って跳び上がった。



 ◆  ◆  ◆



「にゃぁーっ。やっとお昼休みだにゃん」


 今日も今日とて大賑わいの巨大回転寿司店。休憩室の片隅のテーブルに上体を投げ出し、猫耳女子のラムダが束の間の解放感たっぷりに言うと、河童の流々子るるこもクタクタの声で続けた。


「寿司屋の地下で河童を強制労働させてるってジョーク、笑い事じゃねえっぺ……」


 二人の向かいでは、デスメタル女子のSEIRAが廃棄の寿司を口に放り込みながら、涙目で頷いている。


「セイラも泣くほどツライっぺ?」

「バカ。ワサビがみたんだよ」

「舌ピなんか開けてるからにゃん」

あか出汁だしも飲めねえ猫舌に言われたかねぇ……」


 と、そこでSEIRAのスマホから男の声が流れ始めた。動画配信に偽装した主人マスターからの暗号通信だ。


はいどーも定時連絡今回の忍者潜入作戦のキッチンは首尾はどうだ?味噌煮込み風その店の周囲で鍋焼きうどん不審な動きはでござるよー何か掴めたか?


 三人は揃って画面を覗き込み、周囲のスタッフに気付かれないよう、雑談を装って通信に応える。


この人の動画変な業者がいつも飯テロ店の周りをが絶妙だにゃんうろついてるにゃ

オラのレシピにはバイトの中にも敵わねえけろも怪しいのがいるっぺ

んな飯テロ野郎よりそれよりどうしたんだよバンドの主、オマエPV動画とか見ようぜ怪我してるじゃねーか

旨さのポイントはちょっと念力使いの赤味噌でござる敵とやりあってなこれが卵と心配するな、よく合うんでござるなこっちの仕事に支障はない

晩ごはんは次はボク達これがいいにゃん!も加勢するにゃん!

油揚げにもヘタに目立って味がしみて敵を刺激する旨いの何ののもマズい今夜の献立はお前らは引き続き決まりでござるな!店の用心棒をやってろ


 それぞれに主の身を案じる表情を浮かべながらも、小さく頷く三人だった。



 ◇  ◇  ◇



 狐娘コンに支援を依頼して一週間。その工作が完了したとの連絡を受け、ついに、内偵を重ねてきた標的ターゲットの根城に乗り込む時が来た。

 巨大回転寿司店の地下に繋がる広大な暗渠あんきょに突入した彼を待ち受けていたのは、異形のオーラを纏った三つの人影。


「ここを通すワケにはいかねえ」

「主人からの命令でね」

「『白犬』さんよ、ここがテメーの墓場になるぜ」


敵勢力呼称レジストコード甲羅カラパス』『漆黒ブラック』『悪魔デビル』……! 戦いは避けて通れないか……!)


 各々の得物えものを手に飛びかかってくる敵達に、彼は腕環ブレスから妖力結界を展開して応戦する――。



 ◆  ◆  ◆



 その少し前、流々子ら三人娘は暗渠の深奥に呼び出され、黒服達に囲まれた組織の首領・乙姫と対面していた。


「わらわに歯向かうネズミがこの地下に忍び込んでおる。お前達には依頼料に見合う働きをしてもらおう」

「敵の素性は?」


 鋭い目をしたSEIRAの問いに、乙姫はフンと笑って答える。


「妖術使い『白犬』。帰るべき組織を失った一匹狼よ」


 息を呑む三人。その時、張り詰めた空気を壊すように、息せき切って駆け込んでくる黒服の姿があった。


「乙姫様! 甲羅カメ漆黒クロダイ悪魔タコがやられました!」

「なにっ!?」


 直後、暗渠に爆発音が轟いたかと思うと、朦々もうもうと立ち込める白煙の中に一つの影が姿を現す。ばちりと爆ぜる妖力の火花を纏って、悠然と一同の前に歩み出たのは――


「し、『白犬』!」


 いや――


っ!」


 デスメタル娘の叫びに続いて、河童娘と黒猫娘も「彼氏さ!」「ご主人さま!」と揃って声を上げた。


「おう、お前ら。お遊びは終わりだ。こっからが本当の仕事ミッションだぜ」


 飄々と言い放つ彼の言葉に、驚くのは乙姫と黒服達ばかり。


「『白犬』がこやつらの主人……!? ということはっ!」

「我々の依頼を受けるフリをして、一方では我々の計画を潰す策を巡らせていたのか!」

「卑怯だぞ、貴様っ!」

「ああ。ニンジャだからな」


 ある時は妖術使いのエージェント「白犬」、ある時は若き特級ニンジャ上忍マスターにしてハーレムの主。七つの顔を使い分ける彼にとって、利益相反の依頼を逆手に取るくらいは容易いことだった。


「くっ……! かかれっ!」


 黒服を脱ぎ捨て、正体を現して襲いかかってくる魚人ぎょじん達を前に、彼は疾風はやての速さで忍者刀を振り抜く。


「これは、クロダイ野郎にオシャカにされた愛車カタナの分!」


 暗渠に響き渡る無数の足音。斬り捨てられた魚人達の屍を越えて、無数の敵勢が襲ってくるが――


「オラ達も戦うっぺ!」


 流々子の張り手が、ラムダの爪が、SEIRAの大鎌が、群がる敵をたちまち倒していく。


「おのれ……! だが、もう遅い!」


 暗渠に隠されたUFO兵器を起動させ、乙姫が叫んだ。


「わらわの操作一つで、この店の寿司を七日以内に食べた地上人ども全てが阿修羅バーサーカーと化す! 地獄と化した地上に攻め込み、今こそ我ら深海族が世界を支配するのじゃ!」

「大長編ドラえもんかよ」


 鼻で笑う彼を横目に、乙姫の操作で地上に向けてビームが噴き上がるが――。


「乙姫様っ、客どもが暴れ始めません!」

「なに……!?」

「食品流通にはちょっとしたコネがあってな。お前らの食材には全て、洗脳呪術を打ち消す反対呪符を混入済みだ」

「ぐぬぬ……! かくなる上は、全員踏み潰してくれる!」


 UFOから変形したモアイ型巨像が暗渠を揺るがし、逃げ惑う魚人達をも巻き込んで破壊を撒き散らす。その時、岩盤を突き破って巨像に食らいついたのは、さらに巨大な体躯を誇る石造りの獅子スフィンクスだった。

 その肩に腰掛けた狐娘が、ふふんと得意げに彼を見下ろしてくる。


「加勢に来てやったぞ。後方支援だけってのも性に合わんからの」

「だからってお前、スフィンクスソイツは戦力過多だろ……」


 巫女服をはためかせてヒラリと降り立った狐娘に、ラムダ達はぱちくりと目をしばたかせた。


「もしかして、ハーレムの新入りさんかにゃ!?」

「見くびるでないわ、子猫。わっちはおぬしらの先輩じゃ」

元カノ殺す(デスボイス)

「まあまあ、賑やかな方が楽しいっぺ!」


 そうして、彼とヒロイン達の奮戦により深海族の野望は潰え、闇の世界にまた一つ武勇伝が打ち立てられたのだった――。




 ◆◇◆ CURTAIN CALL ◆◇◆



(万雷の拍手を浴びる特別試写会にご来場頂いたメインキャスト陣)皆様、ありがとうございます。

(主役にマイクが渡る)主演の歌川永遠です。

(爽やかな笑顔で今回の映画は、観客を見渡し語るAI彼女シリーズのイケメン主演俳優)二度目の劇場版ということで

(狐娘役の人気アイドルがあの妖術編のコンちゃんが、主役の紹介に合わせちょっと大きくなって観客にピースサイン)登場するというね。

(彼女に水を向けつつちょっと見ない間にイジリを交えて楽屋での態度も観客の笑いを取る)大きくなってて(笑)

(苦笑気味になんでですか~、はにかむそんなことアイドル)ないですよ~

(河童娘役もいやいや、横から絡む)めっちゃある

(事前の台本の如くキツネじゃなくて猫娘役も加わる)天狗になってんの

(デスメタル役のねー、実るほど頭をグラドルが垂れる稲穂お決まりのかな、って教養ギャップを披露)肝に銘じて欲しいですね

(一通り笑いをちなみに、原作取った後でではこの後、原作漫画のなんと乙姫も宣伝も忘れないラブコメに合流してイケメン一層賑やか主演俳優)になるので

(まだまだ挨拶は続くが映画をご覧になった方はぜひニュース動画の原作もお楽しみ抜粋はここまで)頂ければ幸いです。



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(本文の文字数:4,000字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》「ひしゃく」《飯テロ要素の使用》「念力」「万年筆」「ピアス」「カーテンコール」「紅茶」「深海」「赤信号」《和歌or俳句の使用》)

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