【086】即興お題漫才闇鍋バトルその4

「……」

「……」

「はいどうも」

「他は皆、真ん中の階段から出てきたのに儂らだけ袖からゆっくりゆっくり出させてもろて」

「足が悪いんやからそのほうがええやないか」

「言うても60年から漫才やっとるわけですからね。そりゃあ、あっちもこっちも悪いとこだらけですよ」

「えー、夢現ゆめうつつあいじ、貴方あなたれんじと申します。よろしくお願いします」

「お願いします」

「コロナもようやく落ち着いて、こうして寄席に立たせてもうてますけど、本当にここ数年は大変でしたわ」

「そもそもお客さんを呼ばれへんわけやからね」

「動画配信みたいな新しいことには私らみたいなじじいは呼ばれませんから」

「こうして舞台に立たせて貰えることがいかに有り難いか」

「今日で最後のつもりでやらせてもらいます」

「こら! 儂らが言うたら洒落にならん」

「お互いもう風呂桶に片足突っ込んでますからねえ」

「それをいうなら棺桶や。なにをちょっとほっこりしようとしとるんや」

「昔は巡業いうてね。日本中色々なところを回らせて頂いたものですよ」

「そうでしたねえ。私は行く先々でお土産を買うのが好きでね」

「ほおー、例えばどんなもの買いました?」

「東北やったら美味しい日本酒、伊賀に行ったら忍者の手裏剣」

「ええですなあ」

「長崎鍋焼きうどんに、広島は宮島のひしゃくやのうて匙やのうて、えーっと」

「長崎はちゃんぽんで、宮島はしゃもじやな」

「しかしまあ年寄りちゅうは得でんなー。ボケたフリしてこうしてお題を入れられる」

「こらこら」

「他にもスイスで万年筆、イースター島でモアイ像の置物」

「スイスやらイースター島で漫才やって誰が見にくるんや! いい加減なことばっかり言うてからに」

「でもこれでお題はいくつか使えたからあとは好き勝手にやらせてもらえるいうこっちゃで」

「まあそれはそうやな」

「コロナも大変ですけど、もひとつ大変なのがウクライナの戦争ですわ」

「開戦から1年経ってもまだ続いてますなあ」

「私も昔、太平洋戦争で兵隊に駆り出された身としては胸の詰まる思いがします」

「ほお、あんた、へーやったん」

「私は陸軍配属でね。重機関銃を任されてね」

「へーやったんですか。へーをねえ。へー」

「何や臭そうな言い方やな」

「臭そうで思い出したけど君のとこの細君は元気かいな?」

「何で思い出してくれとるんや」

「攻め込むロシア軍はウクライナの原発にまで攻撃を仕掛けてね」

「原発が破壊されたらこれはもう大変なことですよ」

「そこいらじゅう放射能に犯されて草も生えへん不毛の地に……草も生えへんで思い出したけど君のとこの細君は」

「もおええちゅうねん!」

「ところで我が家でも先日、ウクライナ戦争が始まりまして」

「いやいや何を言うとるんや。君は日本在住やないか」

「でもこれはまさしくウクライナ戦争でして」

「どういうことなんや? 説明してみい」

「家で昼飯をね、細君と食べておったわけですよ。で、私は前々から春になったらゼンマイの炊いたのを食卓に出してくれとリクエストしとったんですよ。僕はゼンマイの炊いたんがものすご好きでねえ」

「ええですなあゼンマイ」

「けどこれが一向に出てこない。それで僕は細君にゼンマイはいつだしてくれるんやと聞いたわけですわ」

「はあなるほど」

「そしたら細君、コロナで舞台も減って収入も減ったところにこの物価高騰の波、あんな食いでのない高いものよう買えません、とこう言いよったんですわ」

「ほほお」

「さすがに私も腹が立ってね。それをやりくりして亭主にうまいもん喰わすのが家内の務めやないか! と、ばしっと言うたったんですわ。すると細君の顔色が変わってみるみる鬼の形相に。いわゆるプチンと切れたいうやつですわ」

「こりゃ大変や」

「続けざまに、そない言うならこれから昼も晩も一品減らさせて貰います。そしたら食費もちょっとは浮くわいな、言うてきてね。ゼンマイスキーとプッチーンによるウクワイナ戦争勃発ですわ」

「いやいや、それのどこがウクライナ戦争なんや」

「これはもうまさしくそのものですよ」

「はなウクライナの首都、キーウは出てくるんかいな」

「一品減らす言われた私は、なんとかもう一品確保しようと細君の前にあるキーウリの浅漬けに手を伸ばしたんですが、これがなかな相手も堅牢で侵略と奪還を繰り返してですなあ」

「ほなNATOは出てくるんかいな!」

「細君の抵抗があまりに激しいもんやから、キーウリを諦めて冷蔵庫からナトーウと取り出してかき混ぜ取るわけですわな」

「なんか聞く前からそんな気いしてたわ。ほな戦車は出てくるんか! アメリカやEUから戦地に戦車が来てるはずやないか!」

「そりゃ出てきますよ」

「どこにや」

「あまりに戦争が激しいもんやから、隣の関君がどうしたどうした言うて駆けつけてくれて」

「戦車と関係ないやないか」

「この関君、洗車の途中で駆けつけてくれたんですわ」

「もうええわ!」


 ※ ※ ※


「いやー、熱演! 昨年亡くなられた夢現あいじ師匠の後を追うように今年一月に亡くなられた貴方れんじ師匠、お二人が最期の舞台で演じられた『我が家のウクライナ戦争』を、ものまね芸人のJQさん、浜口まさあきさんお二方に演じて頂きました。どうもありがとうございましたー」



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(本文の文字数:2,103字)

(使用したお題:「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「日本酒」「モアイ像」《叙述トリックの使用》「ひしゃく」「万年筆」)

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