【083】名もなき巨人


 その巨人はあまりに大きくて、頭の方が霞がかかって見えない。

 その巨人に生物学的名前はない。ただ巨人とだけ呼ばれている。

 その巨人の身体はいわゆる人とはかけ離れている。腕と思われるものは二本の関節と二本のぐるぐる。脚と思われるパーツは三本。尻尾が一枚。あと背中に何かがひと盛り。

 その巨人が何頭いるか未だに把握されていない。この惑星があまりに広大過ぎて、まだ全域調査が完了しておらず、未調査エリアにまだ見ぬ巨人がうじゃうじゃいるかもしれない。

 その巨人の生態は何一つわかっていない。何年生きるのか。どうやって生まれるのか。何を食べるのか。どこから来たのか。どこへ行くのか。

 その巨人はあまりに大きくて、死骸が一つあれば、人間百万人が三世代に渡って食べていくだけの食糧とエネルギー源の発酵油が手に入る。

 その巨人に生物学的名前は、まだない。大事なことなので二度言いました。




「もうすぐだ。儂も初めて見る」


 わたしのじいちゃんは遺骸掘りの名人。みんなが今暮らしている洞窟町もおじいちゃんたちが掘った町だ。


「キーニ、よく見ておけよ」


 巨人の全高は四万メートルはある。体重は計り知れない。

 わたしたちが暮らす惑星ソラリスは地球よりも数倍は大きい星。その分だけ空も高く、巨人の頭部は雲の向こう側にあってうっすら影にしか見えない。


「ひょっとしたらもう死んどるかもしれん。バカデカ過ぎて、倒れるのにも時間がかかるんだ」


 人類が母なる星、地球を離れて千余年。わたしたち人類の子孫がこの惑星ソラリスに移住して数百年に至る。


「巨人が倒れると大風が吹き荒れて大地震が揺れまくる。それさえ凌げば、あとは儂らのものだ」


 わたしたちは巨人の体内で暮らしている。肉を掘り、洞窟のように道を張り巡らせる。

 巨人の遺骸は肥沃な大地そのものだ。わたしたちは巨人の遺骸を解体しながらそこに町を構築する。腕に、脚に、尻尾に、腹に。五万人は暮らせる町が各パーツに作られる。

 うまく太い血管にぶち当たればそれで安泰だ。巨人の血は地球で言う石油に近い。よく燃えるエネルギーであり、固形化すれば万能素材になる。我々ソラリス星系人類になくてはならない資源だ。


「あやつ一頭おれば、そうだな。キーニに子どもが生まれて、その子がまた子供を産んで、さらにその子が大きくなるまで、儂らは食うものにもエネルギーにも住む場所にも困らん。まさに天の恵みだ」


 巨人の細胞はあまりに巨大過ぎて微生物もバクテリアも分解できず、永遠に腐ることもない。細胞の肉質はゼラチンみたいにプルプルしていて、焼くといい塩梅で硬くなり、美味い。栄養も豊富で、その肉に植物の種を蒔けばすぐに発芽して畑になるくらいだ。もしも骨にまで町の開発が進めば大成功だ。


「わたし、まだ子ども産む気はないな」


 じいちゃんと目を合わせないためにわたしはゴーグルを装着した。わたしもじいちゃんみたいな遺骸掘り師になる。誰かのお嫁さんになるつもりはない。


「まあ、それもいいだろうて」


 巨人の骨は何にでも使える。頑丈で加工しやすい建材にも、精製して道具の消耗パーツにもなる。


「巨人ってさ、じいちゃん」


「何だ? キーニ」


「おしゃべりできるのかな?」


「さあな。何か歌のようなのを歌っているのは聞いたことあるが、知らん」


 内臓は謎ばかり。人間と構造がまるで違うので、まだまだ研究中だ。しかしどの内臓も人類の暮らしになくてはならない資源をもたらしてくれることは確かだ。

 巨人に捨てるとこなし。わたしたち人類は、巨人の遺骸に町を作って暮らしている。


「あの巨人も歌を歌うのかな。聞いてみたいな」


「もう死んでるかもしれんし、まあ、キーニも生きてりゃいつかは別の巨人に会うかもしれんな」


 全高四万メートルの名も無き巨人が、今まさに倒れようとしていた。新しい町作りのため、数万人単位で移住が始まる。一大イベントの超引っ越しの始まりだ。

 巨人が傾いて、倒れるまで二十時間はかかるらしい。空気が押し出されて大嵐になり、倒れた衝撃で大地震が起きる前に、一眠りしておこう。

 巨人は死ぬが、わたしたちの町となる。まるでカーテンコールのように、再び活き活きと歌うのだ。



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(本文の文字数:1,688字)

(使用したお題:「うた」「カーテンコール」)

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