【072】怪異と恋するガッコー生活。【残酷描写あり/GL要素あり】

 トイレに隠れて一息ついたかと思ったら、女子達のはしゃぎ声が近付いてくる。私は再び息を潜める。笑い声がぴたりと止む。

「あっ、待って、ここ……、もしかして『あの子』いるんじゃない?」

「えマジ?」

「なんか嫌だ、行こ」

 ぱたぱたと足音が遠ざかっていく。私がいるのが先にバレて、良かったのか、悪かったのか……。

 留年を続け『あの子』と呼ばれるようになった私の居心地は、年々悪くなる。咽せ返るような春の匂い。私だけを取り残して更新されてしまった、新学期の匂い。私だけ赤信号で留まり続けている。


 みぃら☆に初めて会ったのは、トイレから出た後、深海のようにしんと静まり返った廊下を歩いている時だった。屋上に続く扉を開けたみぃら☆は、髪を明るく染めていて、スカートも短かった。

 ギャルがサボってる現場に出会してしまった、と思った私は引き返そうとしたが、目が合ってしまった。ばっちりアイメイクを決めたその目と。

「あ、やべ」

 青ざめた顔でみぃら☆が呟いた。その耳にモアイ像のマスコットがついたピアスが揺れる。短いスカートから煙草の箱が落ちた。



「アンノさん、これ今日のっす」

 みぃら☆はそう言って、私に食べかけのでろっでろに伸びきった鍋焼きうどんを渡してきた。今日のみぃら☆は河童のピアスを付けている。

 みぃら☆が毎日のように昼休み、学校の屋上で私に食べ物の貢物を捧げてくるのが奇妙な習慣になって一か月が経つ。最初は汚い鞄を漁って万年筆を差し出そうとしたが、それは高そうで断った。

「私に煙草を告げ口する相手なんていないのに頑張るね」

 私は自嘲気味に笑う。

「口止めっていうか最早お供えっす」

「そういやそっか」

 私の顔は、メイクをしているみぃら☆よりド派手だ。青白いを通り越して、緑の肌。飛び出した目玉、滴る血液。初対面のみぃら☆がビビりながらとは言え、普通に話しかけてきたのが奇跡だ。ギャルのコミュ力というやつ?

 私はもう、。この世の中にずっと留年し続けている、永遠の女子高生だ。


 この学校の生徒で、生きている時から留年していた覚えまではあるが、それ以外は忘れた。私は姿を消せず、誰の目にも見える怨霊やゾンビの類の怪異になった――。

 だから、人目を忍んで日々をやり過ごしていた。

 私を目撃してしまった人は、『あの子』だとか『あいつ』だとか呼ぶ。みぃら☆は「アンノウンのアンノさんはどうっしょ」と提案してきた。


 ……食べかけの鍋焼きうどんがお供えっていうのも微妙だ。

 ひしゃくに日本酒汲んでかけたりする方がそれっぽくない?

「お供え物って、食べかけじゃなくって食べる前に渡すものじゃない?」

 私は疑問を口にしながら、鍋焼きうどんから湧く生気を啜る。汁の表面に、みぃら☆のグロスのラメが浮いていて、ちょっとドキリとする。

 屋上には生ぬるい初夏の風が吹く。



「あーし、部活立ち上げよっかなって思うんすよ」

 今日は未確認飛行物体のピアスをつけたみぃら☆が青のりの緑とラメのゴールドが混じった唇を開いた。今日の昼食兼お供え物はUFOである。

「部活ぅ?」

「うたい文句は幽霊部員大歓迎! モノホンの幽霊と幽霊部員がいる部活って面白そーじゃないっすか。で、今年の夏もあっちぃから、納涼目当てにオカルト研究部とかどうっすか」

 下敷きの団扇でぱたぱた仰ぎながらみぃら☆が言う。

 そのあと部活の話は聞かなかったから、あの時のみぃら☆は暑さに頭やられそうになってたんだろうな。



「アンノさん、いきなりハイクを詠めって言われて思い浮かぶっすか?」

 珍しくみぃら☆がお洒落なピアスをしている……と思ったけど、近寄ると手裏剣だな、と分かった。ダイエット中だとかで、今日のお供え物はグミの忍者めしである。

「……秋風や 木の葉隠れの シノビかな」

 落ち葉が強風で飛んできたのを見て、そう作ってみた。

「おっ、早い。あーし『赤信号 みんなで渡れば 怖くない』くらいしか思い浮かばないっすよ」

「それよくあるやつだし駄目なやつじゃん!」

 私は笑いながら、「赤信号 二人で留まれば 怖くない」という浮かんだ二句目を、そのまま心にしまい込んだ。



 冬でも短いスカートで頑張るみぃらが、アツアツの肉まんを、雪「合格祈願」の文字がついたネイルのついた指で二つに割る。湯気がほわぁっと沸き立ち、「合格祈願」を隠す。ぎっしり詰まった具が零れ落ちそうになる。

「はふぅっ」

 黒猫のピアスをした耳を真っ赤にして、みぃら☆が肉まんにかぶりつく。

 私は肉まんの生気を吸いつつ、肉まんそのものを食べられないことを初めて残念に思った。

 みぃらは何も言わないけど、春になったらいなくなる。また学校に一人残された私は、前よりずっと寂しくなるだろう。



 みぃら☆のお供えは滞り始めた。校舎で、忙しそうに駆け回っているみぃら☆の姿を見た。校内でのみぃら☆を見たくなくて立ち去った。みぃら☆はみぃら☆の現実が大切になってきたのかもしれない。それでいい。開かない屋上へ続く扉の曇りガラスから光が差し込む。

 私は念力の類を持っている怪異ではないから、鍵のかかった場所へはいけない。


 

 毎日のように確かめていた屋上への扉は、ついに開いた。

 みぃら☆はいなかったけど、代わりにリプトンの紅茶紙パックが置いてある。久しぶりのお供えだ。そして紅茶を重しに、破ったノートの切れ端がぴらぴら風に揺れている。

「丶)レニωι、キレニ、キτ」

 みぃら☆からの置き手紙だった。

 ストローの飲み口に残るピンクのグロスを見て、不意に「間接キスじゃん」と思う。これまで散々みぃら☆の食べかけを貰ってきたのに、初めて意識する。ストローの飲み口に私の青い唇を触れさせ、生気を啜る。レモンティーは冷たく甘ったるかった。

 それにしても、屋上に置いてある手紙というと、不穏で嫌なイメージが付きまとう。

 私は、手紙は遺さなかった気がするけど――。



「そんなわけで、ギャルキャラはちょっと滑ったかなってカンジだったけど、皆さんと過ごせて本当に良かったです!」

 体育館の壇上に立ったスーツ姿のみぃら☆が全校生徒に向かって挨拶している。ハイビスカスのコサージュに、ドクロのピアス。

「ギャル滑ってないよみらい先生!」

「可愛かったよみらいちゃーん!」

 特に卒業した三年生が座っているゾーンから、生徒達の声が上がっているのを聞くと、よほど慕われていた先生だったんだ、と分かる。

 私にも生徒のついでにお別れするために、「りにんしきにきて」ってあの手紙で呼んだんだろうな、と暗幕に隠れた裏で思う。

「で、こっから余談。あーしが昼休みに姿くらまして何してたかって話なんだけど……」

 みぃら☆が声を潜め、生徒の間からざわめきが上がる。まさか……。

「有名な怪談があるっしょ。『あの子』とか『アイツ』とか呼ばれてる、そうそれ」

 ざわめきが大きくなり、ヒッと息を呑む声まで上がる。ちょっと、私のことを公の場で話すのは流石にやばいって!

「あーし、始業式の日にもうセンセーやめよっかなって思ってて、屋上に鍵持ってって煙草でも吸おっかなって思ったんです。まあ結局吸わなかったんすけど、代わりにあの子、アンノさんに会えました」

 生徒達が静まり返ったのが分かった。

「アンノさんと駄弁るのを昼休みの楽しみにしてて、そのうちセンセーも続ける気になって。それからも、やぱ部活の顧問持ったほーがいいのかな、とか授業で俳句作らせんのどーなん、とか悩んでた時に、アンノさんに相談するといつも気が晴れて」

 あれって相談だったのか……。

「なわけで、みんな勘違いしてっけどアンノさん別に怖い怪物じゃないんで! センセーが証明したんで、よろしく!」

 最後に、私がこの学校に居やすいようにしてくれたんだ。みぃら☆のやりたかったことは分かっ

「で、アンノさん――本名は初川杏乃はつかわあんのさんで、生きてたら歳はあーしの一個上なんすけど――、は、あーしが引き取ることにしましたっ。だからこの学校には怪異はもう出ません。位牌もご遺族が持て余してたっぽいので貰って来ちゃいました〜」

 ……は? 私の覚えてない情報も出てきたんだけど? それに……、「引き取る」?

「あーしはアンノさんを連れて、オカルトギャルティーチャー☆として次の学校に赴任しますが、気軽にLINEしてね〜」

 みぃら☆は私の位牌をぶんぶん振ると階段を駆け降りた。

 静かだった、というか呆気に取られていた会場がどよめく。当たり前だ、怪異の私さえ戸惑ってるんだから。

 みぃら☆は私の隠れていた暗幕をばさっと開ける。

「さ、アンノさんカーテンコールと行きましょうか!」

「ええ?」

 私の手を引いてみぃら☆は再び壇上へ駆け上がる。眩いスポットライトと、会場全員の視線を浴びる。

「じゃあ、アンノさんも一緒にさようなら! っす〜!」

 私は言われて思わずぺこりと頭を下げる。

 ……無害な怪異だったってことは、これで伝わったかな。

 会場からわっと拍手と歓声が上がる。中には「結婚おめでとー!」なんて声さえ聞こえた……。



 どうやらみぃら☆は事前に学校側に「生徒を無闇に怯えさせ、学業にも支障を来たすような厄介な怪談話を払拭するため、特殊メイクをした友人を連れて一芝居うつ」と説明していたらしい。根回しを完璧にした上でのあの挨拶だったというわけだ。

「だったら私にも説明しといてよ……」

「いやー、驚かせた方がその衝撃で学校の外に出れるかな、と思って」

 右手に花束を抱えたみぃら☆が左手で私の手を引く。

 校門から、一歩踏み出す。

「あ……」

 学校を、出ることが出来た。

「さ、アンノさん行きましょう。『青信号 二人で渡れば 怖くない』っすよ!」

「それ、フツーじゃん。みぃら☆現国の教師でしょ」

 呆れながら私は笑った。手を繋いで横断歩道を渡る。


 私の永遠の女子高校生生活は、みぃら☆と共に次の学校へと続いていく――。



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(本文の文字数:3,937字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》「ひしゃく」《飯テロ要素の使用》「念力」「万年筆」「ピアス」「カーテンコール」「紅茶」「深海」「赤信号」《和歌or俳句の使用》)

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