【071】ばかものどもの宴
有線で黒猫のタンゴが流れる店内はけだるい。テーブルの上には河童巻きとラーメンサラダと焼きおにぎりとフライドポテトとが少しずつ残り、永遠に減っていかないような気がした。なぜこんなバランスの悪い注文をしたのかというとそれは俺たちがばかものだからだった。
例えば目の前で紅茶サワーを飲む大館幸一は、卒業に赤信号が点りかけているというのに二か月も大学に顔を見せず、しばらくぶりに戻ってきた時に何をしていたのかと尋ねたら「免許取ってきたぜ」などと言うので、ああ就職のことを少しは考えていたのか、とわずかばかり見直した俺の前に得意げに「ニンジャ二級」の免許証を出してきたくらいのばかものである。挙げ句来年は一級に挑戦するぜと息巻いていた。
大館の右横で日本酒をちびちびやっている金倉光は月刊〇ーを愛読しており、それだけならいいもののチャクラパワーを開いて念力を身につけるためにとへそにピアスをあけてかゆいからと即やめたり、モアイと未確認飛行物体の関連性を暴くと言い出してイースター島に渡ったりした上、旅行の感想を聞いたらいかにチリワインがうまかったかを力説し肝心のモアイについては何も語らなかったというばかものである。あと、船旅には不可欠だからとうちから勝手に持ち出したひしゃくはどうしたんだ。
その金蔵の右隣で半分酔いつぶれてどこの国のものかよく分からないうたを歌っているのは岬希里。これからは深海生物の時代がくる、と根拠のない自信のもとに「深海生物×万年筆インク」なる商品を作りこれで文房具女子にバカウケ、と言って大コケした。センジュナマコ色だのダイオウグソクムシ色だのどれも地味だったからだ。やはりばかものである。どうしてコウモリダコ色とかを作らないのか。いやそれにしても売れないとは思うが。
そして岬の右手に座って鍋焼きうどんをすするのがトニー・モデーヨ。自分の名前を「外にも出よ 触るるばかりに 春の月」というあの名句にかけて、ぼくを春の月だと思って触れてみないか? と好きな女の子を口説き、「キモッ」と吐き捨てられて即振られたという日本語に堪能なばかものである。あと本当にキモいから二度とやるな。そこそこいい男なのだが、今も半熟の卵の黄身が絡まったうどん、つゆをたっぷり吸いこんだお麩、あつあつの香り高いネギ、サクサクとした食感を残しつつかつおだしになじんだ海老天、それらに夢中になるあまり鼻水垂らしていることにも気づいていない様子でどこから見てもばかものである。
トニーがうどんをすすりこんでいる間、その右で大館が仕方なしといった感じに残った料理を片付け、金倉は岬を揺り起こした。時間的にも帰る頃だったが、皆、なんとなくそれがためらわれているようだった。
大館が伝票を確認し、17512円だからちょうど割り切れるな、と言い、金倉が、4で割り切れる数は不吉だ、と呻き、岬はあの野郎がいないせいだ、と吠え、トニーはそうですね、と呟いた。そして四人は口々に、これからだってのにあんな死に方するなんて、あいつは本当にどうしようもないばかものだ、と怒りと嘆きの合唱を始めた。
俺はテーブルの真ん中に浮かんで四方からの声を聞いていた。そうばかもの呼ばわりしてくれるなよ。お前らの顔をもう一度見ておきたくて、緞帳の向こうから戻ってきたんだぜ。観客から見えないカーテンコールにどれだけの意味があるのかは分からないけれど。
だがまあ、カーテンコールをあまり長引かせるのは良いものじゃない。そろそろお開きの時間だろう。向こうで待っているから、現世の舞台でばかものエピソードをたくさん積み重ねてきてくれ。
それでは。
閉幕(カーテンフォール)。
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(本文の文字数:1,499字)
(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》「ひしゃく」《飯テロ要素の使用》「念力」「万年筆」「ピアス」「カーテンコール」「紅茶」「深海」「赤信号」《和歌or俳句の使用》)
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