【048】花とピアス【残酷描写あり】
テレビの二時間サスペンスでよく見るアレ。本当に使うんだ。
私は「KEEP OUT」と連続で書かれた黄色いテープが、バイト先のコンビニの入り口に巻かれているのを眺め、そんなことをぼんやりと思った。
事件現場となったコンビニの女性店長は怯えてしまってずっと震えているから、遅れて到着した警部とやらに私が再び説明をする。
「はい。コンビニといっても24時間営業ではないので。開店前に裏から入って金庫やレジが荒らされているのにすぐに気づいて110番したそうです」
「で、その後、店内の死体に気づいたということですな?」
警部の問いかけに店長は無言で頷き、思い出したくないというように顔を両手で覆う。
私は、一回りも年上の彼女を落ち着かせるように冷えた肩をさすって慰める。
混乱した店長が今日バイトに入っていると勘違いした私に「来なくてよい」と電話をかけ、不穏な雰囲気を感じ取った私が店に到着した時にはもう派出所の警官が来ていたので、私は店内に足を踏み入れてはいない。
直接、死体を目にしていないから冷静でいられるのかもしれない。
「死んでいたのは知らない男で間違いないんですね? 店の関係者ではない、と?」
「もちろん。あんな河童、知りません」
店長は汚らわしいというように、眉根を寄せてかぶりを振った。
今日は、年に一度の「妖怪祭り」。
老若男女、妖怪の仮装で村を練り歩き、呑めやうたえやの大騒ぎが許される日。都会でいうハロウィンみたいなものだ。
店内の日本酒で頭部を殴られたのが致命傷だと思われる河童も、今日のお祭りのために仮装していたのだろう。
もっとも、服はボロボロに破れ、全身血だらけだったという。相当酷いリンチに遭ったらしい。
「店の関係者でないなら、犯人の仲間割れですかね」
巡査の言葉に、警部は顎髭をさすりながら「うーん」と唸った。
仲間割れなんて帰ってからやって欲しい。いい迷惑だわ。
店の外でずっと質問に答えさせられていた私は、少しむくれて周囲を見渡した。
「ろくろ首」や「子泣き爺」、「砂かけ婆」などが楽しそうに神社に向かって歩き始めている。
黄色い規制線が貼られていることに気が付いて、足を止めて覗き込もうとする「ねずみ男」もいた。
私も今年初めて、彼氏と一緒にお祭りに参加するのだから、早く帰りたい。
彼は「狼男」の着ぐるみで、私は「猫娘」の仮装で。
この年で赤いスカートというのは抵抗があったから、少し色気のある黒猫をイメージしたタイツと耳を用意していたのに、まさかこんな事件に水を差されるなんて。
私は、何百年も続いているこの「妖怪祭り」のラストを想像して胸が躍った。
祭りの最後は家族単位で薪を燃やし、纏っていた妖怪の衣装を脱いで焼き払う。
冬の終わりの、幻想的な風景だ。
隣村に住む彼とはもう三年も付き合っているけど、私の家族と一緒に参加してもらうのは初めて。
今晩、彼と炎を見上げて、私からプロポーズするって決めている。
虫も殺さないくらい優しい笑顔の彼は、実直に畑仕事を続ける農家で、三年前、一目惚れした私が幾度好きだと告白しても、彼は毎回私を振ってくれた。
――私のどこが嫌い? 悪いところは全部直すから。
――違う。君は悪くない。
とうとう彼が根負けしたある日、いつも首に撒いていた手拭いを外し、私にうなじを見せてきた。
――俺は、君にふさわしくない。
耳の下から肩まで広がる、花の模様の入れ墨が、そこにはあった。
彼が前科持ちだったことを、私はその日、初めて知らされた。
不幸な生い立ちで悪事を働かなければ生きていけなかったこと。今も、悪い仲間からの誘惑や、昔の悪事をネタに恐喝されることがあることなど。私に隠していたことをすべて打ち明け、頭を垂れて大粒の涙をこぼした。
ところが私は、それを聞いても気持ちは全く揺らがなかった。
よく見ると入れ墨は、小さく可憐な五枚の花弁の、私も、私の家族も大好きな花だった。
私はその花びらの一枚一枚に優しく手を触れ、耳元にそっとくちを寄せた。
私があなたを幸せにするから。
そうして付き合いはじめて三年。
苦労は多かったけれど、昔の悪い仲間も徐々に彼に構わなくなってきて、彼は私の家族に会うことを決心してくれた。
――俺、幸せになっても、いいのかな。
ほろほろと泣きながら、二人は朝まで抱き合った。
「ね、おそろいのピアス買おう。お祭りが終わったら、永遠の愛のしるしに」
そう約束して、汗で濡れた彼のうなじの花をいつまでも愛撫した。
「まずは被害者の身元特定と目撃者捜しだな。じゃ、ご協力に感謝します」
警部が頭を下げて言った低い声で、私は、はっと現実に引き戻された。
お店に迎えにきた旦那さんに抱きかかえられるようにして帰っていく店長を見送ると、私も無性に彼に会いたくなった。「約束の時間には早いけど」と誰に言うでもなく呟きながら、端末を操作する。
通話ボタンを押して顔をあげた瞬間だった。
ちょうど担架にのせて運び出された、犯人の一味と言われた河童を見て、私は息をのんだ。
えっ。
担架にのせられた「狼男」の衣装の首もとから覗く、見覚えのある五枚の花弁の入れ墨。
私の手の中で呼び出し音が小さく鳴り始めると、担架の上からも僅かに振動音が響く。
うそ……。
――俺は、村のみんなの好物を作り続けなきゃいけないんだ。償いのために。
そう言って台風のなか、畑に向かった彼の後ろ姿。
――きゅうりの花はね、雄花は丸みがあって雌花はとんがっているんだ。まるで俺たちみたい。結婚したら尻に敷かれちゃうんだろうな。
夏の日の彼の照れ笑いが、春の風に吹かれて消えていく。
思考がまとまらずに立ち尽くす私の耳に、「ねずみ男」の仮装をしたものたちの声が届く。
――犯人が仲間割れだってよ
――人間の仮装をすると気が大きくなって、バカなことする若者が多いんだよ。
違う!
彼は、そんなことしない!
車に運ばれる担架に向かって駆け出した私の腕を、警部が強くつかんで引き留める。
再度、野次馬ならぬ野次河童の声が聞こえてくる。
――お皿が真っ二つに割れて、即死だな。いい気味だ。
やめて!
違う。私の知っている彼は……彼は、そんな河童じゃ、ない……。
私が精いっぱい伸ばした手の水かきから透けて見える車の後部扉が、パタンと閉まる。
溢れだした涙が、嘴をつたって足元に落ちる。
あの日約束をした、ピアスのように、輝きながら。
----------
(本文の文字数:2,597字)
(使用したお題:「永遠」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」《叙述トリックの使用》「ピアス」)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます