【049】ふらふらの河童と赤ら顔のおじいさん
人通りのない山道で、黒猫が河童に出会った。
「こんにちは」
「こんにちは」
そのまま行き過ぎようとする河童を黒猫が呼び止めた。
「すみません。この近くに美味しいうどんを食べさせる店はありませんか」
「うどんですか」
「ええ」
小さな風呂敷包みを背負った黒猫を前に、河童はしばし考えた。そしてはたと顔を上げた。
「物知りのおじいさんがいます。この先の忍者屋敷で受付をやっているのですが。道が入り組んでわかりにくいかもしれません。よかったらご一緒しましょう」
「ご親切にありがとう」
河童の案内で黒猫は山道を奥へ進んだ。
河童の言う通り、枝分かれになった細道を右へ左へ曲がった先に、黒猫の想像よりもこじんまりした黒塗りの屋敷があった。河童に従って受付へ行くと、中に立派な白い顎髭をたくわえたおじいさんが座っていた。
「おや、いらっしゃい」
「こんにちは。いいお天気ですね」
「まったくだ。もう春が近い」
二人で青空を見上げたあと、河童がおじいさんに尋ねた。
「ところでこのあたりに美味しいうどん屋を知りませんか」
「うどんかね。あるよ、一軒。少し歩くが。お供しようか。ちょうど昼休みの時間だ」
「それは助かります」
「よろしくお願いします」と黒猫がおじいさんに頭を下げた。
おじいさんと河童と黒猫は連れ立って忍者屋敷の敷地を出た。道すがら互いに簡単な自己紹介をした。黒猫は旅の途中で、最北端にある岬を目指しているという。
「あの辺りはずいぶん寒いと聞くよ。大丈夫かい」
河童は黒猫が自分よりも年少だと知り、くだけた口調でそう尋ねた。
「ええ、覚悟はしています。そこでしか聴けないうたがあるそうです。永遠を唄ったうた」
「詩人だね」と言って河童は肩をすくめると、自分は遠い先祖の代からこの山に棲んでいると言った。
「うどんなんて日頃食べないんだけど、おじいさんのお勧めには興味があってね」
おじいさんがたっぷりとした白い顎髭を揺らして笑った。
「前から一度訊いてみたかったんだけど」と河童がおじいさんに向かって言った。
「どうして忍者屋敷で受付なんてしているんです?」
「頼まれてな」
「誰に?」
「古い知り合いじゃよ」
おじいさんは自分の顎髭を触りながらのんびり言った。
「退職してから暇になったんで、世界旅行のガイドブックに載っている簡単な日常会話を片っ端から覚えたんじゃ。あの屋敷にはニンジャが好きな外国の観光客が大勢来るじゃろう。それでな」
「オーラ!」と黒猫が突然声を上げた。
「アミーゴ!」とおじいさんが応じた。
うどん屋の看板が見えてきた。
店内は混んでいた。皆いったいどこから集まってきたのか、香りのよい湯気が立つ中、熱心に食事をしている。二人がけのテーブルが空いていた。小さな丸椅子をひとつ借りて、黒猫がそこへ腰かけた。
「わしは鍋焼きうどんにする」とおじいさんが早々に言った。
「いまの時期にしか食えんからな」
黒猫は隣のテーブルを見た。大きな輪っかのピアスを鼻にぶら下げたモアイ像が、ふうふう息を吹きかけながら食べにくそうに啜っているのは天ぷらうどんだ。丼からはみ出るほど大きな海老に、黒猫は目を見張った。どうやら衣でカムフラージュされているのではなさそうだ。
「ぼくは天ぷらにします」と黒猫が言って肉球を少し舐めた。
メニューのページを繰りながら熱心に写真を見定めていた河童が、ドリンクの項目で視線を止めた。
「日本酒か。熱燗とざるにするかな」
注文を取りに来た店員から、ざるはうどんとそばの二種類があると言われ、河童は嬉しそうにそばを頼み、頭の皿へコップの水を半分かけた。
店を出ると、黒猫はおじいさんに礼を言った。
「どうもごちそうさまでした」
「なーに」とおじいさんは赤い顔で鷹揚に頷いた。
「まだ仕事があるのに飲んじゃって〜」と河童がおぼつかない足取りでおじいさんをからかった。
「いいんじゃよ。どうせ今日は客が少ない」
黒猫が背中の風呂敷包みから大きなひしゃくを抜き出した。
「すみません。ぼくはここで。いろいろお世話になりました」
ひしゃくに乗って山向こうへ飛んでいく黒猫を、河童とおじいさんが見送った。
「詩人くん、達者でなー!」
「聞こえんよ」
「あれも未確認飛行物体って言うんですかね」
「言わんだろう。ひしゃくに乗った黒猫だと我々が確認済みじゃ」
ふう、と河童が大きな息をついた。
「少々飲み過ぎました」
「わしは食い過ぎたよ」
ふらふらの河童と赤ら顔のおじいさんは、くっついたり離れたりしながら山道を下っていった。
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(本文の文字数:1,817字)
(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」「ひしゃく」「ピアス」)
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