【044】女医が教える♡宇宙一美味しい鍋焼きうどんの食べ方
「なんで海の家で食う焼きそばってあんなに美味いんだろうな」
――という世界人類共通の永遠の疑問を俺、十和田吾郎が口にした瞬間だった。
「こんにちは! 飯テロリストのインスリン・オブ・女医トイよ♡」
と、でかいしゃもじ片手に裸割烹着、ピアスのついた耳に黒縁眼鏡の巨乳美女が現れたのは……。
「いや、インリン・オブ・ジョイトイみたいに言われましても」
と、色気より食い気であることで他の追随を許さない俺は喜ぶよりも先に冷静に言ったが、インスリンさんは、
「エロテロリストのインリンも今やパイナップルで飯テロを行う飯テロリストになっているのでオッケー!」
と強引に押し切るのであった。
「まず、海の家で食べるということは、多くはその直前まで海水浴など、海で遊んでいるハズよ。だから、お腹がすくのね。空腹は最高の調味料! よって海の家で食べる焼きそばは普段より美味しい、というワ・ケ」
「おお、格好の割にはまともなことを言う!」
「それと、潮の匂いと波の音がスパイスになるわ」
「ああー、嗅覚に聴覚! 言われてみれば」
「更に、海で日焼けをしてカラダが小麦色に焼けるのとぉ、焼きそばの褐色の類似性!」
「うーん、そこの関連性は人によるかな」
「極めつけは海の家にしかない最高のトッピング! 砂が混じったジャッリジャリ感! 噛みしめる砂こそが海の家の焼きそばを宇宙一美味しくしているのよ!」
「それは……砂は……どうなのかな」
俺は困惑した。せっかく途中まで納得いってたのに惜しいな。
しかし、インスリンさんの飯談義には興味があった。
「じゃあ、たとえば鍋焼きうどんを宇宙一美味く食う方法はあるのかな?」
今夜は鍋焼きうどんにする予定だった。
「あ・る・わ・よっ」
インスリンさんはピアスと眼鏡をキラーン! と輝かせた。よし来た。インスリンさんは言う。
「まずは炬燵をだしてっ」
「ああー、寒―い冬を温める魔性の炬燵ぅー、炬燵出しちゃう~」
俺は炬燵を押し入れから出した。
「更に黒猫を用意しましょ」
「うん? 炬燵に猫までならまあ定番の組み合わせってことで分かるけど何で黒猫限定?」
「うどんの白とのコントラストってコ・ト」
「なるほど」
俺は近所の黒野良猫を捕まえてきた。
「うどんを掬うのはひしゃく。神社の手水舎(てみずや)を意識して厳かーに掬うのよ」
「うーむ、雰囲気出るなぁ」
俺はお玉代わりにひしゃくで鍋をかき回す。
「さぁて、こ・こ・で」
インスリンさんが溜めを作って、囁くように言う。
「欠かせないのが、日本酒♡」
「いいねぇ!」
俺は冷蔵庫からいい酒を取り出した。自作の鼻うたも自然に飛び出す。フンフンフーン♪
「さて、食べごろね」
鍋の蓋を開けると、もわあっと湯気が湧きたつ。よく煮えて美味そうだ。
さっそく箸で取ろうとする俺をインスリンさんは制止した。
「ここで念力よ」
「えっ」
「ハンドパワーで箸を曲げるのよ」
「そんなスプーン曲げみたいな!」
バキィッ!
俺は出来ないと思ったが箸はあっさり曲がった。割り箸だったからである。
「いや曲がったけど……この箸食いにくくね? 割れ方非対称だし、ちょっとささくれ立っているし……」
「いい? この不揃いな割れ方、歪み方こそが、うどんを美味しくするのよ」
「うぅーん」
俺はインスリンさんがさっき砂を焼きそばのトッピング扱いしていたことを思い出す。この、割れた木の感じの舌触りが良いということなのだろうか……。
首を傾げる俺に向かって、インスリンさんはウインクした。
「さ、カーテンを開けましょ」
インスリンさんは窓のカーテンを勢いよく開けた。そこは、見事な雪景色であった。
「うわあ」
うどんよりも白い冬景色。寒い外を見ながら炬燵で食ううどんは、なんという贅沢なものだろう! まさに、日本の冬。見慣れた道端の景色に雪が降り積もる。
「あー、あそこのお地蔵さんが雪被ってる……日本昔話の世界……」
「いいえ、あれはモアイ像よ♡」
「見慣れた光景じゃないんだけど!」
あの合羽を着て寒そうに通り過ぎる通行人はモアイ像に驚かないのだろうか。
「あれは河童よ♡」
「!?」
合羽を着た河童の前をシュタタタタ! とニンジャが通り過ぎる。
空を見ると、未確認飛行物体まで浮かんでいるではないか! 何これムーの世界?
「ニャー」
炬燵から顔を出して黒猫が鳴く。
「みんな、あなたの鍋焼きうどんが羨ましくってやってきたの。宇宙一美味しい鍋焼きうどんって、そういうことよ♡」
はあーっ、いやいやいや。そんな幻覚みたいな、そんな。
鍋焼きうどんの湯気で、マッチ売りの少女みたいな感じで幻覚が見えてる、なんてそんなことは――。
「はうあ!」
俺は正気に返った。う、うどんは! 宇宙一美味い鍋焼きうどんはどこだ!
「十和田さん、どうかされました?」
目の前の美女が黒縁眼鏡をくいっと上げた。耳のピアスがきらりと光る。
「い、インスリンさん!」
「はい。インスリン注射です。同意書をお願いします」
インスリンさんはさっきまでとは全く違う口調で俺に促した。インスリン、注射?
「ボールペンで構いませんよ。ああ、万年筆ありますからお貸ししましょうか」
と、彼女が胸ポケットから万年筆を取り出した。裸割烹着なんて珍妙な格好じゃなくて、ちゃんと白衣を着たこの人は俺の担当の女医さんだった。
そして、俺は糖尿病でこれからインスリン注射を受けるところだったのだ。つまり、インスリン・オブ・女医トイさんと宇宙一美味い鍋焼きうどんは、インスリン注射が怖い俺が見た幻覚――! すべてが幻覚!
「そんな! 俺の鍋焼きうどん! 日本酒―!!!」
「あ、十和田さん、鍋焼きうどんはともかく日本酒は控えて下さいね。健康に気を使うことが、美味しい食事をすることの一番のコツですから」
女医さんはにっこりと微笑んだ。
俺の健康生活はまだ始まったばかりである――。
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(本文の文字数:2,335字)
(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》「ひしゃく」《飯テロ要素の使用》「念力」「万年筆」「ピアス」)
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