【043】ニンジャの恋

 目を覚ますと、目の前に天井があった。何だ、と思って体を少し動かすけれど、ずいぶん狭いところにいるらしく、うまく身動きが取れない。暗いし、寒い。おかしいな。さっきまで数学の授業を受けていたはずなのに。

「気が付いたか」

 ささやくような声に驚いて「わあ」と声を出して体を起こすと、目の前にあった天井にガツンとおでこをぶつけた。痛ぁ……

「なにやつ!」

 寝ている真下から声がする。私は誰かに体を素早く引きずられる。何よ! と思った瞬間、私が寝ていたところの床から、勢いよく槍が突き出てきた。ひっ! と息をのむ。

「しー……」

 私を抱えている人が耳元でささやく。

「今夜のところは撤退だな」

 小さな声が呟くと、私は強い力に引きずられ、狭い暗い場所から連れ出された。

 外に出ると、月の美しい夜だった。私は、どこかの屋敷の天井裏にいたらしい。事態が理解できていないが、そんなことより、私は目の前の人を見て驚いた。

「あなた、もしかしてニンジャ?」

 漫画やアニメで見るニンジャの姿そのものだった。

「ニンジャ? 私は忍びだ。お前は、何者だ? その恰好は、新手のくのいちか?」

 私は制服姿のままだった。やっぱり数学の授業を受けていた記憶は間違いないみたい。これは夢かな。月光に照らされるニンジャが、凛々しい。

「額をぶつけただろう、こっちへ来い」

 おでこを触ると、たしかに痛かった。ニンジャは私の手をとって、歩き出す。近くにあった神社の手水舎からひしゃくで水をすくってくれた。

「これで冷やせ」

「あ、ありがとう」

 私はひしゃくの水で手を濡らし、額をぬぐった。血は出ていないみたい。

「あー!」

「どうした、大きな声を出すな」

「ごめんなさい。さっきの屋根裏にピアス落としたみたい」

「ぴあす?」

 私は、自分の耳にピアスがついていないことに気付いた。

「元カレにもらった大事なものだったのに」

「もとかれとは何だ?」

「付き合ってた男ってこと」

 ニンジャはわかるようなわからないような顔をした。

「大事なものなら、今度潜入したときに探してきてやろう」

「ほんと? ありがとう」

「今日の任務は終わりだ。ねぐらへ戻る。お前はどうする?」

 どうすると言われても、ここがどこなのかもわからない。そういうとニンジャは「では、うちへ来い」といって、歩き出した。

 暗い通りを歩いていると、黒猫が横切った。

「あ、猫!」

 私が追いかけようとすると「あれは陰陽道家の使いの者だ。追ってはならん」とニンジャにたしなめられた。オンミョウドウって何だろう。屋敷の並ぶ通りを抜けて、森に入った。森には川が流れている。じめじめしていてちょっと怖い。

「ねえ、ちょっと歩くの早いよ」

 ニンジャに追い付こうと小走りすると、川からザバリと何か出てきた。

「いやあ!」

「大きな声を出すな」

「何か、そこに……」

 川には、ぬらりとした何かがいる。

「ああ、なんだ。河童じゃないか。おどかすな」

 ええ? 河童に驚かない奴いる? ニンジャの世界では当たり前なのかな。私は川で泳いでいる河童に軽く会釈をして、また歩き出した。

 ニンジャの家は、小さな小屋だった。

「こんなもんしかないが」

 そう言って、ニンジャは鍋焼きうどんを作ってくれた。知らない野菜の入った不思議なうどんだったけれど、熱々で美味しかった。

「ありがとう」

「一杯どうだ」

 ニンジャは大きな瓶を持ってきた。

「なに、それ」

 私は小さなコップに注がれたそれを一口飲む。

「待って、これお酒じゃん」

 それは、いつも父親が飲んでいる日本酒のようなニオイがした。

「私、未成年なんだけど!」

「みせいねんとは何だ?」

「まだ子供ってこと」

「そうか。お前はまだ子供なのか」

 なぜかニンジャは寂しそうな顔をした。

「まだ高校生だよ」

「こうこうせいが何かわからないが、美しいおなごだと思ったのだ。嫁に、と思ったが、無理なんだな」

 私は、お酒のせいだけじゃなく頬が熱くなった。

「初めて会う人に何言ってんの」

「月光の下で見たお前は美しかった」

 私は黙った。一人でお酒を飲むニンジャは、ちょっとかっこよかった。でも、私は現代に戻りたい。

「ごめんね、ニンジャ。私、たぶんこの時代の人間じゃないから」

「ああ、おそらくそうなのだろうな」

 きっともう、永遠に会うことはないと思った。

「ぴあすとやらは、お前に返せそうにないな」

 私まで寂しい気持ちになる。初めて会った人なのに、しかもニンジャなのに、変なの。外ではフクロウがホウホウとうたを歌っている。それは、たぶんニンジャの知らない、私の好きな歌に似ていた。



「カーーット!」

 僕はカチンコを鳴らす。いい。すごくいいぞ。ヒロインの表情も素晴らしいし、ニンジャの演技も最高だ。久しぶりに大ヒットの予感だ。映画「ニンジャの恋」は、僕史上最高の映画になるぞ!



「休憩戻りました~ありがとうございます」

「おつかれ」

「なんかありました?」

「103号の佐藤さんがまた大きな声出していたよ」

「カット! って言ってました?」

「ああ、そうそう。職業せん妄かね」

「そうだと思います。若い頃、映画関係のお仕事なさっていたようですから」

「アルコール性の認知症によくあるもんね」

「そうですね」

「さあ、残りの夜勤も頑張りますか」

「朝まで平和でありますように~」



----------


(本文の文字数:2,109字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」《叙述トリックの使用》「ひしゃく」「ピアス」)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る