【038】これは君に君自身を教えるための飲み会
これは君に君自身を教えるための飲み会。思い出させることは不可能だから。君の記憶は脳味噌と一緒に死んでしまって、もう戻ってはこない。私は君のまっさらなクローンに、私が知る限りの君の性質と、私と共有した思い出を教える。仕事に慣れてきたという新しい君が、それを望んだから。
ひしゃくで
ピアスホールは生まれつきではないから開け直さなければならなかった。まだ穴は安定しきっていないだろうし、君のいちばんのお気に入りだった揺れるニンジャのピアスが使えるようになるのは当分先だ。
土鍋が運ばれてきて、君はモアイ像をかたどった箸置きから紙の袋をかぶった割りばしをとる。君はよく箸袋で折り紙をしていた、と言うと、なに折ってました? と訊かれる。黙っていると、あたし何折ってたっけ、と言い直される。
鶴とか。あと、未確認飛行物体。
UFO? 折りかた知ってる?
知らない。毎回違うって言ってたし。
君は困ったように笑って土鍋のふたをあけた。同じ骨格、同じ筋肉のつきかただからか、困って笑う以前の君とよく似た顔だった。
たちのぼる湯気。つゆは
君は箸先でつまみ上げたうどんに、ふぅふぅと息をふきかける。
喋らなくてよくなったので、私はかつての君のことを考える。永遠に戻らない時間。君が歌ったでたらめなうたも、真夜中のアパートでふたり、うろおぼえで描いて大笑いした河童の絵も、念力じゃなくてパワーで君が曲げたスプーンのめちゃくちゃな形も、私が憶えているだけ。
万年筆ってさ、と呟いてみる。おんなじ型でも使ううちに癖がついて、その人だけのものになるっていうよね。君もさ、べつにあいつにならなくてもよくないかな。バックアップっていったって仕事できればいいじゃん。だから私とはさ、新しく、
君こそ。
遮られるなんて、こんなに強い瞳にぶつかるなんて、意外だった。まだ君はからっぽだと、おとなのかたちの赤ちゃんなんだと思っていたから。
君こそ、同じインクだからって、前のペンにそっくりの字、書かなくたっていいでしょ。
君が見つめる私の顔に、生身の人間のような表情はない。金属と人工樹脂、カメラとセンサ、モーターと電源。そういうもので私はできている。だから以前とは違う。本来の私が得たであろう体験を私は重ねていけない。鍋焼きうどんも日本酒も。どんどん違うものになっていく。それならば、いっそ。
だけど私は首を振る。
だめだよ。記憶があるから。忘れられないから。
そっか、ごめん、仲良しだったんだもんね。
仲良しすぎて一緒に死んだんでしょ。同じ車に乗ってて、仲良く事故で即死。このへんは私も知らないけど。
バックアップの方法は正反対だったの面白いよね。
私たちはそうだったよ。昔から。正反対で、仲良し。
へぇ。
ひとごとみたいに。
ひとごとなんだよ。だけど君とは友達になりたいって思ったな。今日でもう。
君は昔の君にそっくりな、けれどどこか決定的に違う顔で笑う。私はどうだろう。かつての私に似ている部分はあるだろうか。姿がこんなに違ってしまっても。
----------
(本文の文字数:1,409字)
(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》「ひしゃく」《飯テロ要素の使用》「念力」「万年筆」「ピアス」)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます