【025】あるミステリサークルの白熱した会議

「今度はじょじょつトリックに挑戦しようと思うんだ」

水を打ったように静まり返ってしまった部室で、いったんコホンと咳払いをしてから、私はもう一度ゆっくり口を開く。

「今度は、叙述トリックに、挑戦しようと思うんだ」

よし。言えた。部長の私がこれくらいで噛んでたらあかん。

こんなへっぽこだからミステリ部がミステリサークルに格落ちしちゃうのよ。

あ、だから私も部長じゃなくてサークル長か。


先輩たちが昨日卒業し、来年度は人数不足で廃部予定と言われたミステリ部。

でも新1年生が何人か入れば、暫定サークルから「部」に昇格する。

だから、同じく廃部寸前の演劇部に提供した歓迎会用一人芝居の脚本以外にも、「ミステリ盛沢山小冊子」を作って入学式後に配りまくりたいと思っている。

その、大事な作戦会議だ。

噛んだらあかん。


メガネ女子、なべちゃんが律儀に手を挙げて発言する。

「じょじょちゅトリックって、どんなのでしたっけ」

せっかく言い直したのに、また戻ってやがる。

私はため息をつきながら、メモにゆっくり書きながら説明する。

「じょ、じゅ、つ。叙述トリックとは……」かくかくしかじか。


私は自分の思考を整理するためにも、あらためて全部説明し、ふぅと息をつく。

「要は、あれですね。『なんとかの季節にどうこう』とか、『なーんとっか荘事件』とか、『文房具男』とか。未読の人に悪いからハッキリ題名言わないでおくけど、そういう話」

見た目から入るタイプのトレンチコート襟立て女、リカはそう言うと、自慢げに「必読ですよ」と付け加える。


そこでミステリ部の財務省、真鍋が思い出したように立ち上がって言った。

「ああ、主人公は黒猫と思って読んでたら白猫だったとか、犯人がモアイ像と思ってたらモヤイ像だったとか、そういう、映像化不可能な、読者にミスリードさせる話を考えればいいですね」

たとえ話へたか。

白でも黒でも同じ猫ならピンクでも驚かねぇ。せめて黒猫から喋る白犬に……。

「まって。モヤイ像ってなんだっけ?」

記憶の片隅にあったその言葉。はっきり違いを認識してなかったなと、スマホに『もあいもやいちがい』と音声検索をかけてみる。

「モヤイ像は渋谷の、ですね。モアイ像はイースター島の、デカヅラの。混同しがちだけど違うみたい」

某作家ファンの黒革の手袋女がスマホ検索の結果を見えるようにテーブルに置いて言う。指先がないタイプの手袋だから検索も素早い。

「でも、あの石像はトリックに使えそうですよね。じょじょつじゃなくても、なんかミステリ心をくすぐります」

黒革手袋女は「言えてない」ことなんか、もう気にしない。



その後も、くだらない話はラグビーボール並みに弾んだが、叙述トリックの具体案が何一つでないまま時間は流れ、部室の西側にある小さな窓から差し込んでいた夕陽が完全に沈んだころ。

遠慮がちなノック音がして、ドアがゆっくり少しだけ開いた。

「あの……」

「だれだっ?」

私は心底びっくりして振り返る。

こんなはずれの部室、カギ閉め確認の労務技師さんしか滅多に近寄らないのに。


入り口から体を半分だけ、ぬんと踏み入れてきた男子生徒がおずおずと尋ねる。

「あ……この部室は……ミステリーサークルですよね?」

「ミステリーサークル? いや、それじゃあ未確認飛行物体の停車場だから。ちがうから。ミステリサークルだから。チュパカブラとか河童のミイラとか興味ないから。いやなくもないけど、そっち系のミステリーじゃな……」

「あ、あ。ですよね」

男子生徒はストップ、ストップという風に手をかざして自分のターンに無理やり戻そうとする。

「すみません。演劇部かと思っちゃいまして。さっきから、何か、ちょっと。お取込み中っぽくて、いつ声をかけようかと……でも永遠に終わりそうになかったんで……」


いつから白熱した議論を聞いていたんだろう。私は耳までカッと熱くなった。

「たしかに、ここは演劇部と部室を共有しているので間違える人も多いけど、ドアの外の張り紙に月水金はミステリ部って書いてあるでしょ。火木が演劇部……」

恥ずかしさで俯いたまま早口でしゃべり続けた私も、そこでふと気がついた。


「もしかして、入部希望者?」

男性生徒が僅かにはにかんだ。


「最近『ニンジャは結婚できない』だかなんかをテレビで見てミステリと菜々緒さんに興味が湧いて。1年の江戸川と言います」

タイトル間違えてるし、菜々緒はこの際関係ないやないかい。でも、お前のその苗字だけで全て許す!


私は喜び勇んで立ち上がり、勇気ある彼と握手をしようと、失礼のないように黒革の手袋を外して右手を差し出した。


「歓迎します! 私がミステリサークル長、兼、演劇部部長の、真鍋リカ。なべちゃんって呼んで!」



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(本文の文字数:1,908字)

(使用したお題:「永遠」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》)

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