【024】俺と彼女の密室恋愛

部屋に入ってくるとすぐ、美雪はセミダブルのベッドに倒れ込むようにダイブした。

ロングスカートのスリットから、ちらりと覗く美雪の脚は、雪のように美しかった。

そんな美雪の脚をちらりと見た俺は、美雪の匂いを確認するために、彼女の胸元に頭を埋めた。


やっぱりだ。頬がほんのり赤らんでいたから、勘づいてはいたが、美雪はお酒を飲んでいる。美雪の首筋を見ると、彼女の白い肌の上に、くっきりとした紅い花が咲いていた。


たしか、職場の男に、美味しい日本酒の店があるから、飲みに誘われているって言っていたっけ。そいつと一緒だったのだろうか。俺という存在がありながら、他の男にこんな痕を付けさせるなんて、どれだけガードが甘いんだよ。美雪の首筋に噛みついて、その痕を消し去りたいと思った俺は、美雪の首筋に舌を伸ばした。


「……もう、だめだってば」


そんな俺の企みに気付いたのか、美雪は俺から逃げるように、シャワールームに逃げ込む。だいぶ飲まされたのか、足元が少しふらついていた。


まったく、浮気ものめ。

どれだけ俺が、耐えていると思っているんだ?

今度その身体を、他の男に触れさせるようなことをしたら、俺はもう、この家を出て行くぞ。

そうは思ってはいても、俺はこの家を出て行ったことはない。シャワールームから出てきた美雪が、その後にどれだけ俺のことを愛してくれるか、知っているからだった。


シャワーの音が鳴り止み、しばらくしてバスタオル姿の美雪が出てくる。美雪はベッドで待つ俺のことを一瞬だけ見てから、お鍋に水を入れ、火をつけた。


バスタオル姿のまま、美雪が作っているのは、美雪の好物の鍋焼きうどんだ。ダシの香りが、俺の嗅覚をそそる。飲んで帰った後の美雪は、いつも変わらず鍋焼きうどんを作る。どんなに暑い夏の夜でも、深夜1時を過ぎていてもだ。

いいからさっさと、食事を終わらせて、俺に美雪の肌をたっぷり堪能させてくれ!

叫び出したい気持ちをグッと堪えて、俺は美雪が鍋焼きうどんを作る姿をじっと見ていた。


「食べる?」


いつものごとく、振り返った美雪は俺に聞いてくる。俺はゆっくりと首を横に振った。


美雪は小さなダイニングテーブルに、出来立ての鍋焼きうどんを置いた。そしてまだ飲み足りなかったのか、冷蔵庫でよく冷えていた日本酒を、ガラス製のおちょこに注ぐと、ベッドに寝そべる俺がよく見えるように腰を下ろした。


美味しそうに、鍋焼きうどんをすする美雪は、すっぴんでもやっぱり綺麗だ。ついついその姿に見とれていると、食べ終わった美雪が、俺の隣に、ちょこんと腰を下ろした。


「今日、職場の人が日本酒の美味しい店に連れて行ってくれるっていうから、着いて行ったのに、お店がいっぱいで入れなくて、結局ホテルのラウンジだったの。しかも、日本酒なんてなくて、マジ有り得ない」


美雪は大の日本酒好きだ。

俺の勝手なイメージなのかもしれないが、女の子だったら日本酒よりも、カクテルやサワー、ワインを好みそうなのに、美雪が日本酒以外を飲むことはまずない。少なくても家の中では、日本酒以外のお酒を飲むことはなかった。


美雪の話を、俺は静かに聞いてあげる。きっと、日本酒が飲めなかった時点で、その男に対する美雪の点数は、大幅にダウンしたことだろう。


「しかもね、彼ったら新婚旅行はハワイでのんびり過ごしたいんですって。私、新婚旅行はイースター島でモアイ像を見るって決めてるのに、美雪、変って笑うのよ。もう、突き飛ばして帰ってきちゃった」


俺は、二度頷いた。まぁ確かに、これも俺の勝手なイメージだが、新婚旅行でモアイ像を見たいと思う女の子より、ハワイに行きたいと言っている女の子の方が多いだろう。

だけど俺は、ずっとそんな美雪を見てきたから、美雪が変だとはまったく思ってないし、そんな美雪のことが愛しくて堪らなかった。


そもそも、美雪は普通の女の子とは、ほんの少しだけ、ずれているかもしれない。夜中に食べる鍋焼きうどんもそうだ。

そして、部屋の片隅に飾ってある、河童のぬいぐるみ。あれは、俺が美雪と一緒に住み始めた頃に、美雪がUFOキャッチャーで取ってきたやつだ。女の子なら、イルカやパンダのような可愛らしいぬいぐるみを好みそうだけど、美雪はあの河童のぬいぐるみをとても気に入っているらしい。数千円かけて、やっと手に入れたと言っていた。でも俺は、その河童のぬいぐるみには、俺の心の底を見透かされている気がして、なんとなく苦手意識を感じていた。


美雪は、俺のものだ。

美雪の身体の上に乗り、美雪の首筋についた紅い跡の上に舌を這わす。

だいたい、本当にただの職場の男なのか?

ただ飲んだだけで、どうして首筋に、こんな痕をつけさせるんだよ?

美雪は、俺の身体をゆっくりと撫でると、俺に軽く口づけた。


「待って、ニンジャ。片付けたら一緒に寝ようね」


俺を抱きあげた美雪は、優しく微笑んで俺をベッドの上におろす。

俺は美雪の背中に向かって、精一杯の想いを言葉にした。


「俺は美雪のこと、この先も永遠に愛してるから」


美雪にはきっと、この言葉は届かない。でも、今度生まれ変わったら、絶対黒猫ではなく、人間になるから。

それまで俺は、美雪の側で、黒猫のニンジャとして、美雪だけを守っていく。



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(本文の文字数:2,124字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「日本酒」「モアイ像」《叙述トリックの使用》)

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