【023】来し方行く末

「相変わらず、全然、星が見えないね」

 酔い覚ましに窓を開けて、ふと空を見上げる。

 地元では当たり前に見えていた無数の星は、何処に隠れてしまったのだろうか。

「んー?まあ、東京で星は無理だろ。それより、さみーよ。窓閉めて。せっかくのうどんが冷める」

 真二が大袈裟に肩を震わせてコタツの布団を首までかける。

 確かに窓を開けた瞬間から、ヒュッと冷たい空気が入ってきていた。鍋から出ている湯気が、より真二の食欲をそそったようだ。

「やっぱすき焼きのシメは鍋焼きうどんでしょ」

 真二が待ちきれないと言わんばかりに鍋をつつく。

 そんな様子を子供みたいだなと思いつつ窓を閉めて、コタツに入った。少しは空気も入れ替わって、さっきまでの酔いもさめてきた。

「やっぱさぁ、日本酒は調子にのると、危ないね」

 普段は呑まないお酒を職場の先輩から頂いたので思い切ってあけてみたけど、やっぱり少し強かった。まだふわふわした気分がする。

「うまっ!マコも早く食べないと、俺が全部食っちまうよ」

 別に、それでもいい。美味しそうに見えはするけど、実のところ、お腹はもういっぱいだし。

 はふはふっと熱さと格闘しながら食べる真二の表情は、子供の頃と変わらない。思わず笑ったら真二に睨まれた。

「ね、覚えてる?」

「何をだよ」

「小学生の頃、天体観測の宿題があったじゃん」

「……あぁ!あったな。近所の河原に一緒に行ったっけ?」

「綺麗にみえたよね~……寒かったけどさ」

 冬に天体観測の宿題なんて、先生もふざけてる。だけど冬空は星がきれいに見えるからって。

「あれだろ?オリオン座のカッパ星で盛り上がったやつ」

 オリオン座のカッパ星。先生の話だとオリオン座の右膝下あたりにある2等星の恒星らしい。

 担任の先生が星について詳しく説明してくれたんだけど、「オリオン、河童に足とられながらサソリに追いかけられてるとか、やば過ぎっ」と名前のせいで星座の説明より盛り上がってしまった。当然だけど河童とは関係ない。ギリシャ神話に河童は出てこないだろう。

「ね、星空見に行こうよ」

「はあ?このくそ寒い中か?いやだよ。さっきお前も言ってたじゃん。東京じゃ星なんてみえないって」

「こんな話してたらなんか見たくなってきた!そうだよっ、ひょっとしたら未確認飛行物体が見えるかもしれない!ほら、それも昔流行ったじゃん。やっぱり小学生くらいの時に」

 世紀末だ、予言だと騒がれていたころ。そういうものがやたらとうけた。テレビや漫画でもこぞって取り上げたりもしたもんだ。

「ほら、真二。行こうって……うわっ」

 立ち上がった瞬間に足元がおぼつかなくて、思わずよろけたけど、すかさず真二が抱きとめてくれた。

「っとにあぶねぇなぁ。そんな足元で外に連れ出せるかよ。日本酒、合わなかったみたいだな。大人しく水飲んでここにいろ。空見たいなら寒いけどこっから見ればいいだろ。もううどんも食い終わったしな」

「うー……」

 悔しいけど真二の言う通り、さめたと思っていたのにまだお酒は残っているらしく、足に力が入らない。真二がそっと肩にダウンを掛けてくれる。

「ほら。お前のその酔いっぷりなら未確認飛行物体だろうが未確認生物だろうが見えるんじゃねぇか?」

 まったく、厭味ったらしい。それでも窓を開けると寒さより、風がひんやり心地よい。

 ――にゃおん

「ん?」

 声の方を見ると未確認生物、じゃなくて、黒猫がベランダにいた。目が合っても逃げない。人慣れしてるな、コイツ。

「なに、お前?食べ物の匂いにつられたの?でももう何もないんだよ」

 ――にゃおん

 首をかしげて鳴いてみせる。可愛い。そんな目で見られたら放っておけるわけもない。

「真二ー。ツナ缶とかあったっけ?」

「ツナ缶?なんでまた」

「いや、今ここに……あれ?」

 一瞬目を離したすきに、黒猫はいなくなっていた。

「さっきまでいたのになぁ」

 ゴトンッ

 音の方を向けば、さっきの黒猫がいつの間にか部屋に侵入していた。猫は液体だとか聞いたことあるけど、本当に音もなく、すっと入ってくるんだ。まるでニンジャみたいだ。

「あぁ!お祝いでもらったモアイ像っ!」

 黒猫が上った棚に飾ってあったモアイ像のオブジェが床に転がっていた。

「こらっ。このいたずら猫!」

 捕まえようとしても猫はぴょんぴょん飛び回って捕まりやしない。

「マコ、やっぱこれだろ?さっきお前があげようとしてたやつ」

 猫は鼻がいいのか、缶の蓋を開けた瞬間にツナ缶をロックオン!一心不乱に食べ始めた。

「お腹すいてたんだろうな。この寒い中、外猫はつらいよな」

「そうだけど……どうする?思ったより人慣れしてるし、飼い猫かもしれないよ」

「んー、迷いネコのSNSに登録して様子見るのはどうだ?これも縁だろ?」

 軽く言ってのける。真二のこういう迷いのないところ、やっぱりいいな。

 黒猫がツナ缶に夢中になっているところで、さっき落とされたモアイ像を拾う。

「しかし、なんでお祝いがモアイ像なんだ?」

 確かに真二の疑問はもっともで。意味を知らなければモアイ像の贈り物は謎かもしれない。少し得意げになって真二に教えてやる。

「なんでもモアイ像って”未来に生きる”って意味があるんだって。僕らのこれからにぴったりだねって」

「”未来に生きる”ね。確かに」

 真二と一緒に生きていく。幼馴染という事もあり、お互いの親もなんとなくわかっていたらしい。諸手を挙げて賛成されたわけじゃないけど、反対もされなかった。それでじゅうぶん。

「な、モアイ像に誓っておくか?」

「なにを?」

「“永遠の愛”」

「……くっさ!永遠なんて信じない。だって、形も気持ちも変化してくよ。それに永遠って、今がマックスなわけ?そんなのやだね」

「欲張りだなあ」

「なんとでもどうぞ」

 照れ隠しにプイッと顔を背ける。視線の先には黒猫がいて、コタツの側ですっかりくつろいでいる。やっぱこいつ、人馴れしてて図々しい。

 でも丸くなった猫を見てたら、何だか眠たくなってきた。

「ふわぁ……」

 欠伸が口からもれる。一度眠いと自覚してしまえば、酔っている事もあり、身体に力が入らない。

「マコ……誠?」

 真二が呼んでいるのが聞こえるけど、返事をする力は残ってなくて。コタツで黒猫と一緒に丸まる。

「まったく、どっちが猫なんだか……」

 その声はまるで子守りうたのように心地よく耳に響いて。そのまま僕は幸せの眠りについた。



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(本文の文字数:2,564字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》)

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