【026】黙示録はささやかに


『番組の途中ですが臨時ニュースです。現在、東京26区上空を未確認飛行物体が飛翔中であるとの情報が入りました』


 何事だ。


『正体不明飛翔物の目撃情報が多数寄せられています。未確認飛行物体を確認しても決して近付かず、直ちに地下施設や頑丈な建築物に避難してください』


 ラジオ番組が中断され、アナウンサーの緊張した声が割って入ってきた。しかしながら張り詰めた声の臨時ニュースよりも、未確認飛行物体という蠱惑ワードが私の心をざわめかせた。

 ふと仕事の手を止め、窓を覗く。空は白く曇り、その隙間に青空が垣間見えた。未確認飛行物体とやらは、見えない。


「未確認飛行物体を確認したら──」同僚が軽く嗤う。「──それはすでに確認飛行物だな。未確認ではない」


「未確認飛行物体って結局何なんですか?」


 私は窓から右を、左を眺め、上下を見通しながら聞いてみた。特に怪しいモノは見当たらない。


「知らん」


 でしょうね。知っていたらそれはすでに未確認ではない。彼自身の言質だ。


「人類に終末が訪れると告げた黙示録の一節にあったろ」


 ヨハネ文章のことか。地球史上最大のベストセラー書籍だろうが、あいにくとまだ読んだことがない。勉強不足は認める。つらつらと長そうで、なかなか手が伸びないのだ。


「空から大量の石と炎が降ってくる、とかなんとかあったろ。それが未確認飛行物体だな」


「石と炎って確認されてるじゃないですか」


 すでに確認済飛行物体だ。同僚はめんどくさそうに首を横に振るった。


「黙示録ってのはどいつもこいつも暗喩されているものだ」


「そういうものですか」


「そういうものだ」


 同僚が授業中の准教授のように指を立てて話を続ける。


「ある小さな島ではモアイ像がうたを歌ったそうだ」


「モヤイって、謎の古代文明が建造した巨大石像でしたよね。待ち合わせ場所的な」


「モアイ、だ。知ってて言ってるだろ。巨像は地中深くまでボディが埋められている。地中で振動現象が起きれば、モアイ像も共振して音を発することもあるだろうに」


 地軸振動の共振音をアポカリプティックサウンドとか呼んだような。地球人の耳に聞こえる周波数なのか。気のせいだろう。気のせい。

 仕事に戻ろう。窓から目を離して自分のコンソールに向かう。でも同僚はまだこの話を展開させようとしていた。


「あるところでは黒猫が黒装束のニンジャに化けたそうだ」


 同僚は仕事の手を休めて雑談を続けた。くるり、回転座席にもたれかかりこちらへ身体を向ける。

 話題は黒猫からニンジャへ。化け猫伝説のことか。


「先輩たちもいろいろと苦労したんでしょうね」


「先輩って言っちゃあ先輩か。よりによってニンジャだ。ニンジャ相手にどう立ち回ればいいのか。人ではない獣が人に化けるのもまた黙示録的だ」


「そもそも化け猫って外宇宙より地球に訪れた種族ですもんね」


「たしかに偉大なる宇宙の先輩だな」


 未確認飛行化け猫とかいるのだろう。


「また別の地方では河童像の皿から日本酒が溢れ出たらしい」


「何それ。飲み放題じゃないですか」


「聖マリア像が血の涙を流す現象と同じく、これもまたアポカリプスフェノメノン。終末を予見させる事象だ」


 何それ。飲み放題じゃないですか。とはさすがに言えなかった。私は血を飲む種族ではない。

 冷静に考えれば科学的検知が必要な事象だろう。永遠に血が溢れ出るならば人間の輸血用血血液製剤不足解消の妙案になるだろうに。何故誰も研究しないのだ。


「黙示録現象はまだまだある。湧水のように永遠に鍋焼きうどんが湧いてくる土鍋が出現したらしい」


「何それ。食べ放題じゃないですか」


「食べ放題は食べ放題でも聖書的食べ放題だ。キリストって有名人はそこらの石をパンに、水を葡萄酒へ転換させたそうだ。鍋焼きうどんのような複雑な食物を作り出すのもそう難しいことではないだろう」


「何それ。食べ放題じゃないですか」


 同僚がじとっと私を睨みつけた。そろそろ、この黙示録話題に無関心なのがバレてしまったか。


「おまえ、ひょっとして人類の滅亡に興味ない?」


「正直どうでもいいです。早く仕事終わらせて家に帰りたい気分です」


 同僚が冷たい視線をこちらへ送ってくる。


「何か問題でも?」


 モアイ像がうたを歌い、黒猫がニンジャに化ける。河童の皿は日本酒を溢れさせて、永遠に鍋焼きうどんが食べられる。

 アポカリプティックサウンドが地面を共振させて、外宇宙よりやってきた宇宙外来種が人類に変身して人間社会に浸透する。聖マリア像は血の涙を流し続け、某キリスト氏がパンやワインを永遠に提供する。

 順調に黙示録進行中ではないか。


「私が観測する限り、放っておいても人間文明は滅びるでしょう。私たちが手を下すまでもなく」


 私が笑って髭を揺らして見せると、同僚は肩をすくめた。


「仕事熱心なこって」


 同僚が手の甲をぺろり舐めて顔を洗う。とんがった三角耳をふるっと揺らして、太い尻尾を回転座席に絡ませた。

 偉大な先輩たちは化け猫として人間社会に溶け込んで、人類を従順な奴隷にすべく愛嬌を振り撒いていた。それこそ聖書が書かれた時代から。

 もうそろそろ、人類を刈り取る頃合いだ。


「さて、移動するか。目撃されているようだし」


 同僚が回転座席に座り直し、操縦桿を握り締めた。私はもう一度窓から外の景色を眺め、周囲に飛行物がないのを確認する。人間の飛行物と衝突でもしたら厄介だ。


「ああ、そうか」


 ようやく気付いた。傍受した人間のラジオが言っていた未確認飛行物体って、私たちのことか。そりゃそうか。私にとって猫型宇宙船はもうありきたりな型だ。未確認じゃないし。


「某キリスト氏も宇宙外来種ですか」


「ようやく気付いたか。我々化け猫型と同系列だ。人間型に変身できる」


 猫型確認飛行物体は急上昇して人類の前から消えた。いったんは。



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(本文の文字数:2,330字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》)

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