【014】あひるの子

「じゃあ最後の問題。妖怪といえば?」

問題を出した先生が踊るようにカウントダウンを始める。

俺はアレ書く! リク君、言っちゃダメだよ! と一瞬騒がしくなって、でもタブレットに向かってみんな文字を書き始めた。


どうしよう。妖怪…妖怪…何かようかい…。


金曜の帰りの会はご褒美ゲームの時間。国語で四字熟語を習った今月はずっと「以心伝心ゲーム」。


だめだ。あれしか思い浮かばない。


汗で滑るペンを持ち直し、必死に文字を書く。

「時間でーす。一斉に答えを見てみるよ。どん!」

先生がみんなの書いた文字を電子黒板に表示して読みあげる。

「一反木綿、青鬼、河童、カッパ、ぬりかべ、青鬼……。青鬼って妖怪なの?」

えー先生知らないの? また愛ちゃんと一緒だね、など声があがる。

同じ答えを書いた人数分のポイントをみんなは着実に稼いでいく。

「陽菜さん、これ何て読むの?」

先生に突然あてられた私をみんなが振り返って見た。

「う、姑獲鳥うぶめです」

小さな声で答えると、他の子たちが「なんだっけそれ」「知らね」と囁く。

先生は「難しい漢字書けるのね」と感心するけど、誰ともかぶってないから今日も私だけ0ポイント。



みんなと違う色のランドセルを背負って校門を出て歩く。

なんでみんなと一緒じゃないといけないの。合わせようと思えば思うほど焦って空回りしてしまう。

あんなゲーム、きらい。

誰とも心が通いあわない。永遠に。



通学路の途中、お庭に水を撒いていたECCのマミ先生と目が合った。

「陽菜ちゃん。先週、仔猫が産まれたよ。ちょっと覗いてみる?」

「ほんと? 見たい!」

楽しみにしてた黒猫の赤ちゃん。テラスの窓から背伸びして覗く。

みんなママのおっぱいに群がってる。


かわいい。


うじうじした気分が少しだけ晴れた。

「たくさん産まれたね。イチ、ニィ、サン……」

毛布に埋まってた一匹が頭を出した。

「ヨン、ゴ……えっ」

思わず息をのんだ。


どうして?


「かわいいでしょう? でも何匹かはお友達にあげることに決まってるの」

マミ先生は当たり前のように言う。


どうして。


「陽菜ちゃんも、一匹飼ってみる?」

「いらないっ!」

マミ先生の顔も見ずに叫び、無我夢中で走りだした。


どうして。


ママ猫もパパ猫も真っ黒なのに。なんで仔猫が一匹だけ……真っ白なの。

がむしゃらに走って家に帰り、猫の毛みたいな毛布を頭からかぶる。

きっと、あの子は他のおうちにあげられちゃうんだ。

あの子だけ、仲間外れだ。


あの子は、私だ。



その晩、食欲はないけど、いつも通り家族5人で食卓を囲んだ。

私だけ逆向きに置かれたお箸。

今日のHRなに? 以心伝心ゲーム? おもしろそうじゃん、今みんなでやろう、としつこいお兄ちゃんに負けて、仕方なく同じ問題をみんなに出した。


妖怪と言えば? 

せーの! 河童・カッパ・座敷童・座敷わらし

みんながニコニコ笑う。

「陽菜ちゃんは何て答えたの?」

「……カッパ」


次の問題、うどんと言えば?

せーの! きつね・きつね・キツネ・きつね。

みんな笑ってハイタッチする。

「陽菜は何て答えたの?」

「もちろん、キツネ……」

鍋焼きうどんって書いたことを思い出して顔がひきつる。

「やっぱりみんな家族だな。心はひとつだ」

向かいに座るパパが私の頭をわしゃわしゃ撫でまわして言った。

「父さんヤメテ。陽菜の髪が飛んできたよ。私の回鍋肉に入ったァ、もう」

お姉ちゃんが口を尖らせた。

「自分の毛だろ?」

「違うよ、ほら。赤くてクルクルじゃん。こんなの陽菜だけだもん」

お姉ちゃんはしかめっ面で髪の毛をつまんでポイっとした。



妖怪なんていっぱい知ってるのに、あの時なんで姑獲鳥が浮かんだんだろう。

下半身血まみれで赤ん坊を抱く、妖怪図鑑の姑獲鳥の姿を思い出しながら湯船に浸かる。


ずぶずぶずぶ……

私の本当のお母さん、死んじゃったんじゃないかな。

ぶくぶくぶく……

なんで髪質も利き手も、私だけ全然違うんだろう。


……ブハッ! グェホッ グェフォッ


「ちょっと、陽菜ちゃん大丈夫?」

半透明の扉の向こうから歯を磨いてたママの声がした。

「う…ゴホッゴホッ、だいじょぶ」

鼻から水入って死ぬかと思った。あぁびっくりした。

むせて咳き込んで、鼻も目も痛い。

別に、泣いてなんか、ないけど。



翌日、気になってマミ先生の家まで来た。

「あら、こんにちは。仔猫に会いに来た?」

こくんと頷く。昨日のこと、謝らなきゃ。

そんなこと気にしてない先生は、私の手をとって昨日と同じ窓の前まで連れていく。

ママの近くでスヤスヤ眠る仔猫たち。

クロ、クロ、クロ、クロ……シロ。

「マミ先生」

「うん?」

「どうして一匹だけ色が違うの。なんで?」

途中から声が震えだした私に先生はびっくりしていた。

「かわいそう…だよ。いっぴきだけ、ぜんぜん ひっ 違うの ひっ」

泣きたくないのに、目から何かが出てきて、言葉もひきつった。

「陽菜ちゃん、よく見てごらん」と、先生は優しく言った。

「一匹だけ違うことないよ。ほら、あっちのクロは、お腹が白い。こっちのクロは、ちょっとシマシマ。分かる?」

袖口で目をゴシゴシ擦ってみる。

ほんとだ。

真っ黒と思ってた仔猫たちが、よく見たらちょっとずつ違う。

「みんな少しずつ、ママとパパと、おじいちゃん、おばあちゃんの遺伝子を受け継いでるのかな」

「おじいちゃん、おばあちゃん?」

「そう。おばあちゃんは白猫。可愛かったよ。パパだって、靴下みたいに足だけ白いのよ」


そうなんだ。

おばあちゃんもおじいちゃんも、もういないけど、帰って写真を見せてもらおう。

「見た目がちょっと違っても、みんな大切な家族なんだよ」

マミ先生はにっこり微笑んで、私の髪を愛おしそうに撫でた。

先生の手は、スズランの香りがした。


「そうだ。仔猫の名前を考えてるんだけど、何かいい案あるかな」

「考えていいの? 嬉しい!」

すっかり元気になった私は、咄嗟に思いついた名前を口に出す。

「つぶあん、ニンジャ、ひじき、おこげ、大福!」

それを聞いたマミ先生が「やだア」と噴き出す。

また変なこと言っちゃった……。

しょぼんと肩を落とした私に先生が言う。

「うちの夫と発想が全く一緒だ。うふふ」

ジョージさんには会ったことないけど、なんだかちょっと嬉しくて、私もうふふと笑った。



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(本文の文字数:2,486字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」)

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