【015】アプリで召喚!AI彼女 ~問おう、オメー様がオラの彼氏さだっぺ?~

 ざばぁっ!

 ――と浴槽のお湯をかき分けて姿を現したのは見知らぬ女の子だった。シャンプーの最中だった俺は咄嗟にバスチェアから跳ね上がり、を手に取って身構える。ここまでコンマ三秒。


「だ、誰だっ!?」

「河童の流々子るるこだっぺ!」


 畳二畳にじょう分の浴室に黄色い声が反響する。小麦色の肌に、童顔に似合わずぶるんと揺れる巨乳、それを包む緑色のビキニの水着。顔と肌色はどう見ても人間だが、深緑のおかっぱ頭の上には白い皿がちょこんと乗っかり、背中には小ぶりな甲羅を背負っている。


「な、なんで俺の部屋に河童がっ」


 壁を背に間合いを測る俺の前で、自称河童娘は目を輝かせて言うのだった。


「なんでも何も、呼ばれたから来たっぺ!」

「はぁ!?」

「問おう、オメー様がオラのだっぺ?」

「いや、そんな口調でFateのパロディぶっこまれても」


 目に入りそうな泡を指の先で拭ったところで、もしや、と思い至った。


「まさか、例のAI彼女の?」

「んだ! いやぁ、こんな変わり者を指名してくれる彼氏さが居るなんて、オラも思いもよらなかったっぺ」

「指名してねえよ! てか、泡流すから待って」

「オラが流してあげるっぺ!」

「いいから!」


 片手でタンマを指示して、取り急ぎシャンプーを洗い流し、俺は浴室のドアを開ける。


「とりあえず出ろっ。そんで服着ろっ!」

「これが河童の正装だっぺ」

「サンバカーニバルか!」


 裸みたいな格好で胸を張る河童娘から目を背けつつ、俺は洗いたてのバスタオルと作務衣さむえを投げ渡した。


「令和男子の部屋着が作務衣って。いつの時代の人ら?」

「河童に言われたかねえよ」

「さっきもクナイとか構えてたし、ハタチ過ぎて忍者ごっこは痛々しくて見てられねえっぺ」

「ごっこじゃなくて本職の忍者なの!」


 秒速で体を拭き終え、色違いの作務衣に袖を通しながら俺が言うと、流々子とやらは「えぇ……」と露骨に怪訝そうな目をした。


「忍者って現実に居ただか……こりゃ、とんでもねえ方のところに来ちまったっぺ……」

「河童に言われる筋合いねえんだって。てか、チェンジとか出来ねーの?」

「ふぇっ!? オラ、せっかく来たのにお払い箱だか!?」

「だって、何かの手違いだろこれ。望み通りの彼女を出してくれるAIじゃねーのかよ」

「だから、オメー様のリクエストだっぺよ。なんて打ったっぺ?」

「英語とか分からんから、とりあえず『okappa』って」


 アプリで打った文字を思い返す頃には、俺もこの河童がウチに来てしまった理由を察していた。

 見れば、流々子は作務衣を抱えたまま、しょぼんと分かりやすく肩を落としている。


「そっか、オラは間違って呼ばれたんだっぺ……。そりゃそうだ、人間様がオラを好いてくれる訳がねえろ……」

「いや、別に俺はそこまで」

「川に帰るろ……そんで一人寂しくキュウリ齧って暮らすっぺ……」


 すっと玄関に向かう背中(甲羅付き)が流石に可哀想になって、俺は思わずその腕を掴んでいた。


「わかったわかった! とりあえず居ていいから!」

「オラと付き合ってくれるだか!? 永遠に愛してくれるだか!?」

「それは知らんけど、ウチに置くくらいなら――」


 俺が言い終えるのを待たず、跳ねるようにリビングに向かう河童娘。


「んだば、夜は恋人の時間ら! オラ、裸で組み合うのは得意だっぺ!」

「相撲だろそれ! テンションの乱高下ハンパねーな!」

「メシにするっぺ? フロにするっぺ? それとも、はっ・け・よい?」

「やっぱり相撲じゃねーか! そんで風呂は今入ってただろ!」

「んじゃメシにすっぺ。こう見えて花嫁修業はバッチリら」

「キュウリ尽くしフルコースとかは勘弁してくれよ」


 流々子はがぱっと甲羅を外したかと思うと、その中から簡易コンロやら出汁だしパックやら、うどんの袋やら油揚げやらを取り出してちゃぶ台に並べていく。


「外せるんだそれ」

「荒川アンダーザブリッジも知らねえっぺか?」

「さっきから微妙にアニメの趣味が古いのは何なんだよ」


 世代でもないのに、青春を土萠ほたるセーラーサターン萌えに捧げた俺が言うことでもないけど……。


「彼氏さ、オラと二人きりがつまんねーなら、アプリでもう一人二人呼んだらよかっぺ」


 甲羅を鍋代わりにしてグツグツとうどんを煮込みながら、流々子はそんなことを言う。


「あ、複数呼んでもいいんだ」

「ハーレムはラブコメの王道らろ。オラも遊び相手は多い方が楽しいっぺ!」

「ハーレムの意味わかってる?」


 呆れながらも、言葉に甘えてスマホを手にする俺だった。


「ちゃんと英語で打つっぺよ」

「おかっぱって英語で何て言うの」

「ボブカットとからろ?」

「ああ、ボブカットね……」


 ついでに黒髪も指定しておこう。今度こそAIほたるちゃん来い。


「ブラックってLだっけRだっけ?」

「さあ? オラ、κカッパだからギリシャ文字しか分かんねえっぺ」

「微妙に偏差値高いボケかましてんじゃねえよ」


 アプリの決定ボタンを押し、鍋焼きうどんでも食って待つか、と思った数秒後。

 どんがらがっしゃーん!――と音がして、ベランダに一つの人影が転がっていた。

 網トラップに捕らわれて藻掻くその姿は、スリムなボディをピチピチのレザースーツに押し込め、頭上に猫耳を乗っけた黒ずくめガール。同業者スパイか?


「にゃんだにゃ!? こんな罠が仕掛けてあるなんて、このマンションは忍者屋敷かにゃん!?」

「まあ、間違ってはないけど」


 罠をほどいて室内に入れてやると、猫耳女子は居住まいを正して笑顔を見せた。


「はじめまして、ご主人さま! 黒猫のラムダだにゃん!」

「出たよ、またギリシャ文字が」


 なんで猫?と問いたげな俺の表情を察したのか、顔の横に拳を持ってくる猫仕草で新入りは言う。


「ご主人さまが指定したにゃん、ブラックボブキャットって。人気の猫耳女子を引き当てたのを光栄に思えにゃ」

「オメーも鍋焼きうどん食うっぺか?」

「頂くにゃん!」


 出会って数秒で先輩と意気投合しながら、ラムダはくるっと上目遣いに俺を見てきた。


「でも、ボク見かけによらず猫舌だから、ご主人さまにふーふーしてほしいにゃあ」

「見かけによらない要素あったか?」


 この後、彼女達の食事風景を見て、うわあ、AI女子って本当に麺類を手掴みで食べるんだ……とドン引いたのは余談である。



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(本文の文字数:2,500字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」)

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