第12話 レシーア邸襲撃事件 黒幕

 



「⋯⋯随分と騒がしいわね」

 丁度ペンラントらがレシーア邸に侵入した頃。

 ルカは相も変わらず研究を続けていた。

「私の錬金術は脳の機能の一部、演算器官とも呼ぶべきモノで行われている」


 物質変化や錬成。微粒子レベルでの操作や運動の計算式等を全て脳が行っていると彼女は結論付けた。

「肉体性能が違えば、それはもう類似した別の生物。地球人類とは別と考えるべきね」


 そして元々人が詰められていた箱を一瞥する。既に隈無く分解し、使ってしまった後の為、残っていないのだ。

 その結果、この場所はそこそこ充実しており、一通り生活するには困らないようになっている。


「ただ、私と彼らとでは脳の作りが違っていた。恐らく魔術師や錬金術師といった特殊な技能を持つ人間は脳の造りが違うのかも」


 次なる興味、やるべき事を考えていると。

 タンタンタン、と階段から複数の足音が聞こえてくる。

「あら?」


 ルカがその方向へ振り向くと、そこには傭兵の二人がナイフを持って立っていた。

「お客様かしら? 残念だけど、ここにお茶は無いの。正当なおもてなしを受けたいなら⋯⋯」


「何言ってんだこのガキ」

 その傭兵の装備に覚えがあるルカは手を振りながら「冗談よ」と素っ気なく椅子に座る。

 足にローラーが付いたプラスチック製の回るタイプ。この時代においては完全にオーパーツ。


 目の前の傭兵の装備は昼間にルカを襲い、既に元の形が存在しない「最初のサンプル」達に近いものだった。


「ここは工房。仮にも研究室だもの。研究材料以外は持ち込みたく無いわ」

 テーブルに置いてあった拳銃を拾い、白衣の胸ポケットにしまう。


「それで、私になんの用?」

「⋯⋯それは私から説明させて頂きます」

 そう言って階段を降りてくる少女がいた。


 ルカとあまり年の差を感じない少女性、前髪は目元まで隠れたショートの黒髪に、ルカも見慣れたメイド服。

「どこに行っていたかと思ったら⋯⋯あまり感心しないわね、スクワール」


 ルカの専属従者スクワール。彼女こそこの事件の発端である。

「申し訳ありません。ですが、この結果が私の悲願でもあるので」

「悲願、ね。安くない買い物だったんじゃないの? 上の音を考えれば相当の額だと思うけれど」


 その口振りにスクワールの隣にいる傭兵は困惑の表情を浮かべる。

「アンタ、オレたちの襲撃に驚いてないんだな」

「⋯⋯驚くまでもないというか、私は一度襲われている身だし⋯⋯」


 椅子に座りながらスクワールの前へと移動する。

「昼間も彼らが零していたけれど、依頼主が居るのは確定していた。時間的にはスクワールくらいしか有り得ないし⋯⋯第一⋯⋯使をしていたのは知っていたから」


 そう。それは一度交戦した後に合流した時。ルカは領収書で物価の確認を行っていた最中の事だ。

「あの時既に⋯⋯」

「私は探偵では無いけれど、少し頭を使えば分かることでしょ」


 誇ることも無く、ただ当然だと言わんばかりに欠伸をする。

 子供の身体故に眠くなりやすいということに苦い顔をしながらも、彼女は平常運転を崩さない。


「で、どうしてこんな事を? 怒らないから言ってみなさい?」

 スクワールに雇われた傭兵が二人。その程度であれば彼女が焦りを生む程の驚異では無い。


 最も。ルカが平成を保っている理由は別にあるのだが。


「わ、私は⋯⋯」

 スクワールは一生懸命口を紡ぐ。

 目の前の存在が一瞬にして己の命を奪える事くらい分かっている。


 齢十の少女がこうして大それた事をした上に、ここまで踏み込んだ行動を取っているが、それをルカに説明出来るかどうかは別の話。


「へぇ」

 そしてそれを見抜いたルカは素直に感嘆の声を漏らす。

「恐怖でも焦りでもなく緊張。この状況で?」


 そう薄暗い笑みを浮かべる。

「わ、私は⋯⋯私の目的は、チェルノ・レシーアを殺すことです」

「よくできました。⋯⋯続けて?」


 パチパチ、と褒めるような仕草のルカに戸惑いの表情を見せる傭兵だったが、スクワールは何一つ気にしない。

「その為に傭兵団を雇いました。今日の昼間に、ルカ様と別れたあとで⋯⋯」

「あー、そこはいいのよ。私が聞きたいのはどうしてって部分」


 彼女にとって手段はどうでもいい。何故、という部分が知りたいのだ。

「⋯⋯チェルノ・レシーアが⋯⋯許せなかったからです」

「ふぅん?」

「チェルノ様は私のお母様を⋯⋯」


「殺したんでしょ?」

 ルカにはその記憶がある。最も、瑠楓のものでは無い上に言伝だけだが。


 元奴隷だったスクワールの母親は他のメイド達からも蔑みの対象だった上に、業務上の過失も多かったらしい、というもの。

「つまりは恨みね。なんとまぁ人間らしい事で」


 見せしめの為に殺したのか、或いは⋯⋯。

「あなたの母親が死んだのは⋯⋯ここに来て数週間後だったらしいけれど⋯⋯そう」


 単純明快。分かってしまえばどうということの無い理由。

 ただ一つ引っかかりはあるものの、今は然程重要な事では無い。

「それで今上は戦闘中。そしてあなたは私を殺しに来たと」

「仰るとお⋯⋯」


「嘘ね」

 バッサリと否定する。

「彼らが私に勝てるわけがないでしょう? 目的は時間稼ぎ。こうしてあなたが目的を話したという事は、特に話しても問題は無いと考えたから。時間を稼ぐだけなら、こうして会話をしているだけで目的は達成出来る」


「なんだと!」

「勿論、彼らは私を殺すつもりで来た。でもあなたはそう考えなかった。それだけよ」


 そう言って話しかけてきた傭兵の一人の手首を掴む。

「なんのつも」

 傭兵は言葉を言い切る前にふかふかのソファへと変化してしまう。

 ソファは二人用で少し大きいが、話を聞く体勢というものがあるとルカは考えていた。


「⋯⋯!」

「ルカ様⋯⋯」

 もう一人生き残っている傭兵は言葉が出ず、スクワールはどこか悲しい目を向けていた。


「何? 傭兵と言うからには命を掛けてもいいと思える程の金を渡されたってことでしょ?」

「で、ですが⋯⋯」

「その時点で命をドブに捨ててるようなものよ」


 とは言うものの、ルカにとってこの行動はとても意味のある行動だったのだ。

 肉体を錬成した時、血液が辺りに散ることは無かった時点で「血液に魔力が含まれている」という仮説が立証される事になる。


「⋯⋯ねぇそこのあなた、この襲撃に魔術師は何人関わっているの?」

「⋯⋯は、は? 誰が言うかよ」

「そう。分かったわ」


 その一瞬で状況を理解した傭兵は、怯えながらもルカの要求を拒否。

 しかしその時点で、ルカは白衣からリボルバー式拳銃を抜き。


 ドパン、という乾いた音と共に左脚を吹き飛ばした。


「別に素直に話してくれるならいいのだけれど、言わないのなら直接に聞くから」


 靴越しに倒れ伏す傭兵の頭に触れると、肉体は見るも無惨な形へと変化してしまった。

 四肢に加えて腹からした全て、そして眼球や耳、口といったあらゆる器官がドロドロに溶け、生命維持が最低限可能という惨状。


「安心して、痛覚は無いけれど死んではいないから。⋯⋯靴越しでも錬成出来るのはとても便利ね」

 脳や心臓といった重要な臓器は残し、それらを繋ぐ血管。呼吸器官を新たに作成し、生かされている状態である。

 人間だったモノは胎動を繰り返しながらその場で動きすらしなくなった。


「部外者を大事なお話の時に連れてくるのは感心しないわ。以後気をつけるように」

「どうして⋯⋯ですか⋯⋯?」

「ん?」


 研究が順調なルカは機嫌良くスクワールに指示するが、当の本人にとってそんなことはどうでもいいこと。

 目の前の事象に納得がいっていないのだ。


「今ルカ様がお座りになられているのは、元々人だったものです」

 それは当たり前の事。何の躊躇いも無く人を殺し、別のものに変え、それを気にすることも無く腰掛けている。


「その箱に入っていた人達もそう。既に別のものになっているのかも知れません。ただルカ様を殺そうとした報いであるというのなら、それは仕方の無いことかもしれません」


 だが、スクワールが見る限り⋯⋯。

「ですが、ルカ様にそのような感情は無い事くらい私には分かります。そうだとすれば、私は余計に分かりません」


 スクワールは賢い。

 相手の感情を読む事に長け、柔軟な思考を持った少女である。

 現にこうしてレシーア邸の襲撃ほぼ成功させたと言っても過言では無い状況まで持ち込めたのも、彼女の執念と能力の高さがあったからだ。


 それ故に分からないのだ。

 ルカ・レシーアの価値観が。

「スクワール、いい事を教えてあげる」

 すっ、とルカが立ち上がり、スクワールの顎に指を当てる。


「話が長くなるのなら、先に結論を述べるべきよ」

「⋯⋯⋯⋯はっ?」

「あなたならわかるでしょう?」


 と、それだけを言って再びソファに座る。

「つまるところ。私が何故ここまで人を傷付けるのかを聞きたいのね?」

「⋯⋯は、はい」


 ルカに触れられたスクワールは顔を青くしていた。

 当たり前である。ルカは触れるだけであらゆる物質を別のものに変化させることが出来る。あの瞬間死を覚悟していただろう。

「そうねぇ⋯⋯結論を先に言えと言ったのは私なのだから、手本を見せるべきかしら」


(そうは言っても。結局は私の目的なんて、ずっと変わっていないのだから⋯⋯)


 彼女は再確認する。


 己の目的を。


 神秘の淘汰。あらゆる未知を既知に変える。


 それすらただの通過点。


 科学者としての本質。


 研究、探求、実験。


 その全てが己の目的への道筋。


「そうねぇ⋯⋯」


 そこから導き出される結論。


 それは。 




「私は人間が大好きなの」



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