第11話 レシーア邸襲撃事件 魔術戦

 


 寝静まった夜、と言うかは不明だが、少なくともペパーがベッドでスヤスヤ寝ているような時間。

 突如レシーア邸の窓ガラスが割れ、ドタドタという足音が屋敷内に響き渡った。


「一人も逃がすな。それと奪えるものは全て奪って行く」

 傭兵団がレシーア邸に侵入。目に付く人を斬って回り、略奪を繰り返す。


 彼らはアニュリア傭兵団。依頼であればどんな荒事でもやってのけるなんでも屋だ。

「チェルノ・レシーアは三階だ。お前達は一、二階を徹底的に壊せ」

「了解!」


 そして傭兵団のリーダー、ペンラント・アニュリア。氷と雷の二属性の魔術を操る魔術師であり、何度も依頼をこなしてきた凄腕の傭兵だ。

「地下工房には依頼主と共に行け。所詮は子供、なんとかなるだろう」


 そして十分が経過した頃。


 ペンラントは階段を上り、チェルノのいる場所へと足を運ぶ。


「何者っ!」


「いやぁぁぁぁぁ!」


「痛い!やめて!」


 悲鳴が飛び交い、物資が奪われ、命が消える。

「どうしてこれを望んだのか、私には分からないな」

 そして依頼主から受け取ったメモ通りチェルノの部屋の扉を開ける。


「失礼する、チェルノ・レシーアは⋯⋯」

「"氷槍アイシクルランス"!」

 その瞬間ペンラントに轟速で氷の槍が飛来する。


「ぬっ」

 それを軽く躱し、ペンラントはチェルノに顔を向ける。

「挨拶代わりの一撃、お見事」

「賊が。ここは私の館と知っての狼藉かしら?」


 そしてペンラントは周囲を見渡す。

 チェルノの私室は本棚が少しと仕事用の机。ベッドやドレッサーといった貴族らしいものがある。

 部屋の広さは四十畳近くと非常に大きく、魔術師同士の戦闘においては最低限の場所である。


「お初にお目にかかる、私はペンラント・アニュリア。早速だが、お前には死んでもらう」

「そう。何が狙い? ここまで荒らした以上、タダで帰れると思っているのかしら?」


 ギリ、と睨みつけるチェルノは手を掲げて魔術を使用。


「"氷剣の聖騎士アイスシクル・ソードパラディン"」


 パチパチと空気が凍てつき、チェルノよりも一回り大きな魔法陣が現れたかと思えば、そこから人の形をした氷が現れる。

『⋯⋯』

 屈強な鎧と巨大な氷の剣。全身が氷で出来ており、氷像のような美しさと凛々しさを併せ持つその姿は、正に巨悪に立ち向かう騎士。


 ゆっくりと浮遊する騎士はチェルノを守るように前に立ち、剣を構える。


「年老いても尚か。流石は魔術序列元十七位と言ったところ」

 魔術序列とは、国内における魔術師としての資質や戦力として考えた時の総合序列である。


 そしてチェルノが発動した魔術"氷剣の聖騎士アイスシクル・ソードパラディン"は初級、中級、上級の内の上級に位置するものであり、凡人が扱えるものでは無い。


 一般的に使用されるのが初級であり、より修練を積むことで中級を習得する事が出来る。上級魔術は更に才能を持つ存在がより鍛錬を積むことで覚えられるという、途方も無い才能と努力が必要なのだが。


「決闘による強制もしない、という事は本当に私の命を取りに来たと受け取りましょう」

 チェルノ自身、何故このような事態になったかは理解していない。


 そもそも貴族という立ち位置故に、恨まれる事くらいひとつやふたつはあると思っている。

 こうして襲撃を受けることは予想外だが、彼女も彼女なりに覚悟はしていたのだ。


 足元から発せられる風が黄金の髪を揺らし、左手に炎を滾らせる。


「いいでしょう。それならば私が自ら貴方を断罪します」


 そして彼女が左手を広げると、赤色の魔法陣が現れ、燃え盛る炎の剣が姿を見せる。

「"烈炎の飛剣ブレイジング・ソード"」

 魔術名を呟くと大太刀程の大きさの剣が炎を纏い、目にも止まらぬ速さでペンラントに飛翔。


「"結晶氷盾クリスタルシールド""暴顎竜雷ドラグーンライトニング"」

 ペンラントは同時に魔術を使用。飛来する炎の剣を、生成した浮遊する氷の盾で受け止め、巨大な竜の形をした雷撃で辺りを焦がしながら蹂躙を始める。


「っ⋯⋯! 広範囲魔術⋯⋯! "浄化荒風クリアストーム"」

 それを目の当たりにしたチェルノは、即座に周囲の状態をリセットする風属性の魔術で打ち消すが、その隙にペンラントはチェルノに接近し、拳を繰り出そうとしていた。


 が、それを"氷剣の聖騎士アイスシクル・ソードパラディン"が剣を使うまでもなく身体で防ぎ、返しの一撃を放とうと剣を振るうが、ペンラントが先程生成していた氷の盾を移動させて防ぐ。


『⋯⋯』

「ぬっ!」

「遅いわ⋯⋯。"風力炸裂弾・氷礫エアリアルボム・アイス"」


 ペンラントが防ぎ、一歩後退するも、今度はチェルノが前に出ていた。

 風属性の魔法を彼女が使用すると、ペンラントの足元で空気が破裂するような音と共に、氷の礫が周囲に拡散。


「っ!」

 装備を掠めるように傷を負う。

「"炎海フレイムオーシャン"」

「"氷海アイシクルオーシャン"」


 そしてチェルノは足元から雪崩の如く炎の海を。

 対してペンラントは氷の海を生み出し互いに激突させる。

 その奔流は周囲の壁や床を軋ませ、破壊してしまう程。

 屋敷の天井が崩れでも尚、互いに魔術を放ち合う。


「"雷星の流群ライトニングスターアサルト"」


 そしてその片手間にペンラントは背後に魔法陣を生成し、数十個もの雷球を流星の如く放つ。

 大きさは手のひらサイズだが、数故に防ぐ事は難しいが。


「防ぎなさい」

 横に立つ"氷剣の聖騎士アイスシクル・ソードパラディン"が前に出て全て受け切る。

「私との魔術の押し合いに自信が無いのかしら?」

「⋯⋯どうかな"貫糸氷撃ストリングアイシクル"」


 更に左手の人差し指先から細い氷の矢を放つ。

 その一撃は"氷剣の聖騎士アイスシクル・ソードパラディン"の腹を綺麗に貫き、チェルノへと直撃。

「ぁっ!」


 貫通力に特化した氷属性の魔術で盾諸共撃破しようと考えていたペンラントだったが。

「まだです」

 奇しくも直撃したのは左肩。物理的ダメージによって着ていたドレスの下からはだくだくと血が流れている。


 それでも痛みのせいで動かせる訳では無いが。

 "氷剣の聖騎士アイスシクル・ソードパラディン"は今の一撃で消滅。ダイヤモンドダストのような欠片を撒き散らしながら虚空へと消えていった。


「勝負ありか?"雷星の流群ライトニングスターアサルト"」

 再び雷球を放ち、トドメを狙う。


「まだと言ったでしょう?」

 ダン、と前に足を踏み出すチェルノは更に魔術を使用。


「"四元剣の聖騎士フォースエレメント・ソードパラディン"」


 その魔術名と共にチェルノの周囲に四本の剣が現れ、それらが回転し盾となる事で雷球を防ぐ。


 現れた四本の剣は炎、氷、風、雷で構築され、それぞれ持つべき騎士の属性が反映されている。

「まさか、その魔術は⋯⋯!」


 今チェルノが使用した魔術"四元剣の聖騎士フォースエレメント・ソードパラディン"は上級魔術である「聖騎士」シリーズを同時に四属性各一体ずつを形成する魔術である。


 宙に舞う剣を手に取るように現れたのは四人の騎士。

 火属性の"炎剣の聖騎士ブレイジング・ソードパラディン"。

 氷属性の"氷剣の聖騎士アイシクル・ソードパラディン"。

 風属性の"風剣の聖騎士エアリアル・ソードパラディン"。

 そして雷属性の"雷剣の聖騎士ライトニング・ソードパラディン"と大盤振る舞い。


 それ故に代償も小さくは無い。

「かっ⋯⋯ゴホッ⋯⋯!」

 チェルノの口からは鮮血が溢れ、その手を汚す。


 本来、彼女の魔術適正は火、風、氷の三つのみ。

 そこに無理矢理雷属性を使用した為、身体が拒否反応を起こしたのだ。

「無様、とは言えないか」


 無論、「聖騎士」シリーズは並の魔術師を凌駕する程の魔術である為、多少のダメージを負ってでも顕現させる価値はある。


 数的状況と単体の質をもってしても、チェルノに分があると言えるこの状況は、多少の出血で揺るぎはしない。

「行きなさい」


 四騎の騎士は虚空を舞い、重厚感のある見た目からは程遠い驚くべき速度でペンラントへと向かう。

「⋯⋯」

 そしてペンラントは思考を加速させる。


 魔術戦闘において、属性に応じた相性のようなものが存在する。

 ペンラントが扱える氷と雷の属性で言えば、氷は拘束及び物理。雷は対人特化といえる。


 この眼前の四騎が迫り来る状況で最も欲しい"択"は広範囲魔術による一掃。

 しかしながら、同系統の魔術は効きにくいという特性もある。例えば雷属性の"雷剣の聖騎士ライトニング・ソードパラディン"に雷属性の魔術で応戦しても効果は薄い。


 先程氷の魔術で氷属性の"氷剣の聖騎士アイシクル・ソードパラディン"を倒したように見えたが、アレはチェルノへの本体ダメージによって術式の維持が難しくなった為、消滅したのだ。


 つまるところ、四属性の騎士を相手に広範囲魔術攻撃を仕掛けても必ずどれかが残ってしまう、という訳だが。

「ならば基盤をひっくり返す」


 そしてペンラントが選択したのは頭上。崩壊寸前の天井を崩し、物理的ダメージによる騎士の排除。

 それを行う為に手を掲げるが。

 すかさず、読んでいたと言わんばかりにチェルノは。


「"暴乱凶炎タイラントヘルフレア"」

 チェルノの指先から放たれる黒炎の巨砲。

 上級魔術においても最上位の攻撃力を誇るその魔術は、周囲の障害物をも巻き込みながら一瞬で人を溶かし尽す程の威力を誇る。

 暴れ狂うように部屋を焼き焦がしながら、先程召喚した騎士をも巻き込んでペンラントを飲み込まんと迫る。


「切り札すら⋯⋯フェイクか!」

「消えなさい⋯⋯!」


 己の身を粉にして顕現させた騎士を盾に使い、更なる必殺の一撃に賭けたその策を通していく。


 ペンラントは避け切れず、その身で受けることを覚悟した。

 しかしその寸前で。


 大火の砲弾がペンラントの眼前で掻き消える。


「何っ!?」

「何者ですか⋯⋯!」


 ペンラントに直撃すると踏んで追撃の魔術を準備していたチェルノは、一度その体勢を解く。

 そして当のペンラントは何が起きたか分からないような状態。


「はぁい、お母様。あまりお客様に暴力はいけないんじゃないかしら?」


 そして、ペンラントの背後から聞こえてくるのは。


「ルカ⋯⋯!」

「お前は⋯⋯! 地下室にいると言っていた⋯⋯どうやって逃げだした⋯⋯!」


「逃げる? 一体何の話かしら?」


 この場にいるはずの無い少女の声。


 このアルスマキアに現れた世界の異物。


「私は私なりに目的を果たしに来たの」



 人の形をした怪物、ルカ・レシーアだった。

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